きっとあなたなら
「今モーリスは、護衛馬車で移動中ですよ。バルカ家の牢屋に入れられるので、まあ出られませんね。本人が協力的なので、おとなしく牢屋に入ってくれるでしょう」
前に座ったシーロが、上機嫌で言う。
「モーリスを連れていくため、王都から第一騎士団が来ます。それまで厳戒態勢で見張るので、逃げようと思っても逃げられません」
モーリスは馬車の中で、今もべらべらと秘密をしゃべっていると聞いた。しゃべってることが真実かはわからないけど、黙秘されるよりはいいよね。うん。
モーリスの作っていた毒は、陛下の食事に混ぜられていたものと一致していた。ダイソンの指示で毒を作ったという音声のおかげで、ダイソンを捕まえられる。
「いやあ、お手柄ですねノルチェフ嬢。助かりました」
「モーリスが勝手に、わたしをマリーアンジュ様の生まれ変わりだと勘違いしていましたからね。ワンコ様はこの馬車にいていいんですか?」
バルカ家の家へ向かう馬車には、わたしとシーロしかいない。
ロアさまの近くにいるとか、指示を出すとか、やることがいっぱいあるんじゃないの?
「ライナス殿下のご命令です。モーリス・メグレから情報を引き出すためには、ノルチェフ嬢が無事でいることが何より重要ですからね。ここはバルカ領ですし、指示はエドガルドに任せます」
にかっと笑ったシーロは不意に真剣な顔をして、深く頭を下げた。
「ノルチェフ嬢に、心からの感謝を」
「こちらこそ、ずっと守ってくださってありがとうございます。これでダイソンに命を狙われることなく生きていけます」
「そうではなく、先ほどのことです」
ようやく頭を上げてくれたシーロに、まっすぐ見つめられる。
「……ライナス殿下がどう生きてきたか、ノルチェフ嬢ならば少しは聞いているかと思います。ライナス殿下はお優しいので……家族の愛情を自分から求めたりはしませんでした。私たちがどんなにお仕えしても、ライナス殿下の心の穴を小さくはできても埋めることはできなかった」
「そんなことは……。ロアさまは、みんながいるから努力できるって言っていました」
わたしの慰めに気付いたシーロが、ふふっと笑う。
「光栄ですね。ですが、ライナス殿下の求めるものを、仕える立場では差し上げることができなかった。ライナス殿下は、対等の立場の、好意を持っている人からの愛情を欲していたんです」
シーロは、苦しそうな顔でうつむいた。
「ライナス殿下は、親の愛情を受け取れませんでしたから……。コレーシュ陛下はライナス殿下を愛していらっしゃいますが、ライナス殿下にはうまく伝わっていないのです」
「ええーと……わたしはロアさまが上流貴族だと思っていたので、対等と思ったことはないんですが」
「対等というのは、身分のことではありません。気持ちの問題です」
「余計に対等じゃないですよ! ロアさまに何かしたら不敬になるじゃないですか!」
「ノルチェフ嬢は、ライナス殿下の隣に座って、長い時間を過ごした。前ではなく、跪くでもなく、隣に。苦しい時は共感し、悲しみに寄り添った。私たちでは、ライナス殿下が苦しんでいても、慰めることはできないのです。叱咤し、支えねばならない。ライナス殿下は王族なのですから」
「あの……そこまで言ってもらえることはしていないんですが……」
本当にしていない。
だらだらと冷や汗をかきながら、そっとシーロから視線をそらす。さすがに買いかぶりすぎだ。
「はははっ! では、ノルチェフ嬢にもわかるように言いましょうか。友人のように、仲のいい同僚のように接するのが、ライナス殿下にとってはとても嬉しいことなんですよ! ノルチェフ嬢は、ライナス殿下の正体を知ったあとも態度を変えずにいてくれましたから、なおさら」
何か言おうと思って口を開いたけど、シーロの眩しい笑顔の前では、薄っぺらな言葉は粉々になって消えていった。
ロアさまのことをよく知らないわたしが、知らないまま否定するのはよくない。よくないけど。
「……やっぱり買いかぶりすぎだとは言っておきますね」
「ははっ、わかりました」
シーロに今後のことを聞いたり、わたしに知らされていなかった裏事情を聞いたりしていると、思ったより早くバルカ家についた。
わたしとモーリスがカレーを作るのを見張っていた騎士さま達は、わたしが男性を苦手だと知っていたらしい。モーリスが気持ち悪い発言をして吐きそうになった時、飛び出しそうになるのを必死に抑えていたと聞いた。
みんなわたしに同情し、時間稼ぎをやり遂げたことを素晴らしく思っていたと。そう思うと、あの不思議空間を我慢した甲斐があったというものだ。
「お手をどうぞ」
「ありがとうございます」
差し出されたエスコートの手にも、もう戸惑ったりはしない! なぜならクリスの特訓を受けたから!
できるだけご令嬢らしい顔をして手を置くと、シーロがくすくすと笑った。
「そういうところは変わりませんね」
「ご令嬢らしいということですよね?」
「もちろん」
そのままエスコートされてバルカ家へと入ると、家全体が慌ただしい空気だった。王位簒奪に加担していた人物が囚われたのだから無理もない。
「お疲れでしょう? 少し休んでいてください。ノルチェフ嬢にも簡単に事情を聞きますが、常に私たちと一緒にいたので、長引かないと思います」
「わたしのことは気にせず、みなさんはするべきことをしてください。放置されても大丈夫なので」
「ノルチェフ嬢なら、本当に大丈夫そうですね! では!」
わたしのお世話をしてくれる侍女が来ると、シーロは早足で行ってしまった。
やることがたくさんあったのに、わたしのために時間を割いてくれたんだ。シーロとロアさまの心遣いが嬉しい。
「客室へご案内いたします」
「お願いします」
案内された客室は広かったけれど、調度品は質素な部類に入るほうだったので安心した。豪華な部屋へ通されても、壊さないか心配でリラックスできないところだった。
侍女が持ってきてくれたお茶とお菓子を堪能して、ほうっと息を吐く。
「……ついに、本当に、モーリスとダイソンを捕まえたんだ……!」