モーリスの思い2
モーリスは淡々と続けた。
「マリーアンジュ様は、自死を疎んじておられた。万が一彼女が先にいなくなってしまっても、後を追うことはしないでくれと言われていたんだ。だから私は死ねなかった。狂ったけれど狂いきれなかった。狂っている間に自死してしまったら、彼女との約束を破ることになってしまう」
「自殺したら来世で会えないってやつですか?」
「そうだ。酒や不摂生で自分の寿命を縮めることもできなかった。彼女の言う”自死”に繋がるから。寿命を待つなんてできない! マリーアンジュ様に会いたいのに! こうしている間に、マリーアンジュ様は生まれ変わって私を待っているのに!!」
モーリスを縛っている縄が、ぎちっと音を立てる。縛られてなかったら、きっと地面を叩いていたに違いない。
「だから私は殺されなければならなかった! ダイソンに会い、私は決めた! 細心の注意を払って毒を作り、それに気付いた誰かに殺されようと!」
「そんな……殺されるために誰かを殺すんですか!」
「そうだ! 狂っている間にダイソンが来なかったら、私は別の要因で殺されるように仕向けていただろう! もちろん、殺されないよう私を正当化して自衛して! そのうえで殺されたかったのだ!」
それで命を狙われたら、たまったものじゃない。
狂ったように高笑いを続けるモーリスが不気味なものに思えて、思わず一歩後ずさる。その背中に、あたたかい手が添えられた。
「ロアさま……」
「すまない、アリス。私の事情のために、また巻き込んだ」
「いいえ……いいえ! この場で今一番つらいのはロアさまです!」
笑いすぎて咳き込んでいるモーリスを、できるだけ怖い顔をして睨む。
「じゃあ、なぜあなたは外へ出たんですか? ダイソンを脅してまで! 細心の注意を払うというのなら、研究室から出ないのが一番だった!」
「マリーアンジュ様を探すためだ!」
「はい?」
「マリーアンジュ様はもう生まれ変わって私を待っている! きっと私の近くにいる! 研究室にいたのではマリーアンジュ様に会えない!」
マリーアンジュ様が亡くなったのは、12年前だ。
生まれ変わっているのなら、どこかにいてもおかしくはないように思える。
モーリスが一切の動きを止め、わたしを見た。目隠しをしているのに、じっとこちらを見る、ねっとりした視線を感じる。
思わずロアさまにしがみつくと、そっと腕に手を添えられた。
……あたたかい、大きな手。どんな時でも気遣うことを忘れないロアさまがかすかに震えている。
……そうだ、今モーリスが話しているのは、わたしが相手をしているからだ。わたしが怖がっていては、何も進まない。
ロアさまが抱えているのが怒りか恐怖かわからないけれど、ロアさまにはできるだけ穏やかな気持ちでいてほしい。
「……きみは、マリーアンジュ様かい?」
「…………はい?」
「きみはマリーアンジュ様じゃないのか!?」
モーリスの体が一瞬こちらに向かって動いたけれど、すぐに取り押さえられた。
こっ、怖っ!! どうしてわたしがマリーアンジュ様だと思えるの!?
「マリーアンジュ様はおっしゃっていた。生まれ変わったら私のそばにいると!」
「わたしは18歳です! マリーアンジュ様がお亡くなりになった時、わたしは6歳ですよ!?」
「マリーアンジュ様の意識が、きみの奥底に眠っているんだろう!?」
「ひいぃっ!」
思わずご令嬢らしくない悲鳴を上げてしまったが、誰も責めなかった。
取り押さえられているのに、ぐねぐねと動いているのは気持ち悪い。ちょっとゾンビみたいだ。
「マリーアンジュ様は言っていた! 今度は茶色い髪と目の平凡な娘になるのだと!」
「ちょっと、わたしに失礼じゃないですか!?」
「きみは、来世があると言いきった! それにライナスのそばにいる! マリーアンジュ様は言っていた、もう少し子供と一緒にいたいと! だから今ライナスと一緒にいるんだろう!? マリーアンジュ様の意志によって!」
ロアさまの体に、いびつに力が入るのがわかった。
カッと頭が熱くなり、怒りが体を駆け巡る。
「ふざけないで! わたしがロアさまと一緒にいるのは、わたしの意志よ! 好きな人と一緒にいたいのは当たり前のことでしょ! 過去をやり直せても、わたしは第四騎士団のキッチンメイドをする! ロアさまと、みんなと出会いたいから!」
体中が熱い。顔が怒りで燃えている。
「わたしが今ここに立てているのは、第四騎士団で出会ったみんなのおかげなのに! 会ったこともないマリーアンジュ様の気持ちが入る余地はない! わたしは、ロアさまのために、自分の意志でここにいる!」
ぐっと握りしめた手のひらの爪が食い込んで痛い。
「……そうか」
「あっ……」
モーリスが落ち込んでいるのがわかって、急速に頭が冷えた。
しまった! ここで嘘でもマリーアンジュ様の生まれ変わりとか言っておけば、情報を得られたのに!
「……わたしは、生まれ変わりがあると知っています。もしかしたらこれから、マリーアンジュ様のことを思い出せるかも」
まあ、嘘は言っていない。
「本当かい!?」
「はい。あなたがダイソンや毒の情報を言ったら、わたしも思い出せるように頑張ります。だって、わたしが知らないだけで、マリーアンジュ様がわたしの中にいるかもしれないですもんね。もしかしたら、夜に眠っているあいだだけマリーアンジュ様が出てきたりして」
「マリーアンジュ様!」
「近寄らないでください!」
「わかった、知っていることはすべて言おう! だからマリーアンジュ様に会わせてくれ!」
「善処します」
「絶対にだぞ!?」
「考えておきます」
そうしてモーリスは、おとなしく連行されていった。ダイソンのことを話しながら連れていかれたので、メモする人がすごく大変そうだ。
「……すみません、ロアさま。もう少しうまくできればよかっ……」
「アリス!」
思いきり抱きしめられて、息がつまった。
「アリス……アリス……!」
ろ、ロアさまに抱きしめられている……?
かたくも弾力のある胸が目の前にあって、たくましい腕で抱きしめられている……! なぜ!?
一気に体が固まるのがわかった。不快感ではない、過度の緊張だ。
好きな人に抱きしめられて、緊張しないなんて無理! しかもこんな状況なのに、ロアさまはいいにおいがする……! 心臓が口から飛び出そう! 助けてトール!
「……ありがとう。あの言葉だけで、私は……」
それきり黙り込んでしまったロアさまがかすかに震えているので、背中に手を回す。
そろそろと背中をなでると、抱きしめる腕に力が入っただけで、何も言わなかった。とんとん、とトールをあやすように背中を叩いていると、勢いよく体を離された。
わたしの肩を掴んでいるロアさまの顔は、見たことがないほど真っ赤だった。
「……見苦しいところを見せた」
「い、いえ、落ち着いたならよかったです」
「……モーリスを見てくる」
「気をつけてくださいね」
「ああ」
見送るわたしも、熱でも出たかと思うほど真っ赤だった。