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最後の晩餐

 ……見張られている。

 普段から注意深く、用心に用心を重ねて生きているのだ。それに気付くのは当然のことだった。


「……どこから漏れた?」


 唯一、絶対に見張られていないと断言できる自室で、氷の入ったグラスを回す。カランという涼やかな音とともに、氷と酒が混じりあっていくのを見つめた。


「我が家に忍び込んできたスパイは消した。ダイソン家には数多くの防犯の魔道具を設置している。情報を持ち帰れなかったはずだ」


 この家に毒殺の証拠を残していないのだから、スパイが得る情報もないはずだ。

 酒を一口飲む。


「……やはりシーロ・ワンコを捕らえられなかったからか」


 シーロ・ワンコを捕らえるよう指示していた者は、服従の首輪によって死んだ。あの男が何かを漏らしたとは考えにくい。

 マリーアンジュに会うためならば、何でもする男だ。自身が捕らえられるくらいなら自死を選ぶ。


 男の死体は回収できたが、結局シーロ・ワンコを捕獲することはできなかった。シーロにつけた服従の首輪は、特定の言葉で毒が流れるようにはしなかった。ライナスの情報を吐かせる前に死んでもらっては困るからだ。

 エミーリア・テルハールも同様だ。シーロが自白するための弱点として連れていくことを許可したが、悪手だったかもしれない。

 せめて、エミーリア・テルハールの服従の首輪には、毒を流すようにしておくべきだった。


 シーロとエミーリアを手駒にできないのなら殺してしまおうと思ったが、あの犬は思ったよりも強かった。シーロがエミーリアを連れて逃げたあとに戦える者を向かわせたが、全員返り討ちにあった。

 元から、私の手駒は少ない。手駒が増えれば増えるほど、計画が明るみに出やすくなるからだ。


 もう戦える者がおらず、仕方なく外部に依頼した。人殺しの手練れで、金さえ積めば誰でも殺す卑しい動物だ。

 依頼した頃には、シーロは消えていた。

 服従の首輪に着けていた位置情報が消え、どこにいるかわからなくなったのだ。


 死んでいればまだいい。

 だが、生きている。位置情報の機能を壊すには、特定の順序で服従の首輪を解体しなければならない。

 魔道具の扱いに長けた者でなければ、そんなことはできない。雑に壊しただけでは、毒が注入されてシーロは死んでいるはずだ。そして、シーロが死んでも位置情報はわかるようになっている。


 シーロは生きている。おそらく、コレーシュに助けを求めた。


「……コレーシュは毒殺に勘付いているな」


 突然の人事異動もあった。私と手駒が長年かけて築いてきたものが、バラバラにされた悪夢の日だ。

 毒を仕入れる者。城へ運び入れる者。調理する者、運ぶ者、毒見係。毒殺すると決めた時から、長年かけて作ってきた道が、一瞬で消えてしまった。

 料理長だけはポジションが変わらなかったのは、偶然ではないだろう。


 ライナスは消えた。未だ見つからない。

 エミーリアとテルハール夫妻も逃げてしまった。あれだけ脅していたのに、いつまでも心を折らなかった者だ。

 死を覚悟したか、助けがきたか。



 カラン、氷が溶ける。

 手に持ったままだった酒を思い出したが、飲む気にはなれなかった。


「……コレーシュを即死させるわけにはいかない。早すぎる衰弱もいけない」


 コレーシュが毒に倒れ少ししか命が持たなかったら、離宮のことを話すのは後回しだ。

 政治が第一で、離宮など思い出さないに違いない。

 コレーシュは言っていた。離宮は内側から鍵をかけているから、こちらからは開けられないと。

 あの腐った王が考えそうなことだが、それが真実だと信じることはできない。コレーシュが鍵をかけている可能性もある。

 あんな男がとち狂って離宮から出てきても、混乱して迷惑なだけだ。出てこないよう、外側から鍵をかけてしまえば、煩わされないで済む。


「やはりコレーシュには、ある程度話せる時間があるように殺さなければ」


 ……手駒が減っていく。

 ここまで順調に来たのに、なぜ。


 見えすいた病気という嘘で、ライナスが消えたのが最初だった。

 ようやく第四騎士団にいることを突き止めたのに、捕らえ損なった。人質にするはずのキッチンメイドも、結局はどこの令嬢だったかわからずじまいだ。


 休日になると、キッチンメイドの寮には騎士が来た。一人でいれば捕らえて脅すことができるのに、エドガルド・バルカとレネ・ククラが気配に敏感で、近付いて会話を聞くことすらできなかったと報告されている。

 エドガルドは気配に気付いているだけだったが、レネは警戒していた。

 ならば寮に忍び込めと指示したが、防犯の魔道具のせいで入り込めなかった。貴重な魔道具を使ってて忍び込むのは困難だったので、諦めなければならなかった。


 魔道具に関してはモーリス・メグレが適任だったのだが、私は見張られているので連絡を取ることはできなかった。

 モーリスには毒を作らせている。絶対に繋がりがあると知られるわけにはいかない。


「モーリス・メグレ。……あの忌々しい男め」


 唯一、私の望んだ毒を作れる人物。

 救いの手を差し伸べてやったのに、魔道具を改造して私との会話を記録し、脅してきた。

 対価が「外に出たい」というささやかなものだったから叶えてやることにしたが……。


 見張りをつけても、いつの間にか消えている。モーリスが殺しているのだ。

 あの男は多才で、マリーアンジュに会うために必要だ。だが、行動が突飛で読めない。

 なぜ、外に出て薬草を買いたがる? 意味がわからない。

 しかし叶えるしかない。そうしなければ毒殺のことを暴露され、マリーアンジュに会えなくなる。


「マリーアンジュに会いたいと言うくせに、なぜ私を脅す?」


 私がいなければ、マリーアンジュに会えるはずがないのに。

 モーリスの思考はわからないが、外に出ることを条件におとなしく毒を作っているので、今は手を出せない。


「必要量の毒を作り終えたら始末するが……ああ、見張りがうっとうしいな」


 私につきまとう視線をどうにかしなければ、自由に動くことはできない。

 堂々巡りの結論に苛立ち、酒をあおる。


「マリーアンジュ……。お前に会うのが、なぜこうも難しいのだ?」


 私はただもう一度、マリーアンジュの顔を見たいだけなのに。


「会わせてくれさえすれば、コレーシュを殺すことはないというのに」


 王族は、なぜこれがわからないのだ。

 やはり王族は駄目だ。マリーアンジュを奪っていった。決して許すことはできない。


「マリーアンジュ……」


 壁に隙間なく飾られたマリーアンジュの肖像画から、返事はない。



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