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思ってたのと違う

 テーブルを持って屋台から出て、ちょっぴり道にはみ出たところで広げる。今度は椅子を持ってこようと振り向くと、モーリスがまだ座っていたので、屋台からおりてもらう。

 ついでなので椅子も持ってきてもらったけど、持ち方が危なっかしい。ハラハラしてしまって、自分で運ぶより疲れてしまった。


「……自分で椅子を運ぶなんて初めてだ」


 モーリスは勘当されたからもう貴族じゃないけど、ダイソンに拾われてからは貴族と変わらない生活を送っていたんだろう。

 不思議な体験をしたように、ぼうっと椅子を見ている。

 平民相手なら椅子を運んでもらっても不敬にはならない。ちょっと時間稼ぎができたらいいなと思ってお願いしたんだけど、こんなに素直に運んでもらえるとは思わなかった。


「テーブルも、こんな粗末なものがあるんだな」


 折り畳み式でこれだけ軽いテーブルって、かなりありがたいと思うよ?

 でもそれは、自分でテーブルを掃除したり移動させたりする者の考えだ。モーリス的には、どっしりしっかりテーブルのほうが価値が高いだけだ。


「作った順番に味見してもらいますね」

「ああ、皿はこれを使ってくれ」


 小さなマジックバッグから皿を取り出して渡される。

 モーリスがマジックバッグを使うことは、市場での聞き込みで知っていた。隠れていなきゃいけないのにモーリスは目立つことを気にしていなくて、なんだか不気味だ。


「ああ、これはマジックバッグというんだ。見るのは初めてかな?」

「いえ、何回かわたしの前で使ってましたよ」

「そうだったかな?」


 わたしに関心がなさすぎない?


「じゃ、入れてきますね」


 もう一度屋台へ戻って、やたらと大きいのに入れるところは少ないお皿にカレーを盛る。

 なぜかモーリスも一緒に来て、後ろから覗き込むように見られているけど無視だ! 近くて気持ち悪いし、背後に立たれるのは本当に嫌だけど!


「さて、食べようか。……テーブルクロスやナフキンも用意されていないよ? さすがに手際が悪すぎると思うけど」

「そんなものないです。そのまま食べて感想をいただけますか?」

「……平民は、テーブルクロスを使わないんだね」


 すごく哀れみの目で見られたけど、無視して食べるようにすすめる。

 あれだけマリーアンジュのことを聞いた対価が、カレーの味見なのだ。きちんと食べてもらわないと困る。


 モーリスはカレーを少しだけ口に入れ、目を閉じて味わった。


「……うん。これはカリーだ。前に食べたものと味は違うけれど、かなり近いね」

「やったあ!」


 これで、わたしの知っているカレーと、この世界のカレーが同じことが判明した。これでわたしのお店のメニューがひとつ決まった!


 あとふたつも食べてもらうと、やはり最初のものがカレーに一番近いということだった。ハヤシライスは完全に別物だと言われたけど、一度お店に出してみよう。


 ラッシーを飲みながら、モーリスはいつもの遠くを見ている目で微笑んだ。わたしを見ているのに、視線は通り過ぎて夢の中をさまよっている。


「……きみは、」


 何かを言いかけたモーリスの声が遮られる。


「捕獲っ!!」


 鋭いロアさまの声がして、モーリスが押し倒された。

 姿を消す魔道具を使っていたのか、一瞬でたくさんの人が現れて混乱する。後ずさりしようとしてつまずいたところを、後ろにいた人に支えてもらった。


「大丈夫ですか? 少し離れていましょうね」


 わたしを支えてくれているのはシーロだった。

 いつもの明るい笑顔のまま、ひょいっと小脇に抱えられる。意外とたくましい腕がお腹にめり込んだ。


「うぐっ……!」

「緊急事態につき、失礼します!」


 そのまま走ったシーロに数メートル離れたところに置かれ、ぐったりと地面に座り込む。

 わたしを置いたシーロは、短距離走の選手のような速さで人の中に突っ込んでいってしまった。


 ……自分の体重すべてがお腹にかかったまま走るのって、こんなにつらいんだ。

 シーロの走りは、加速が凄まじかった。前からの重力とお腹への体重が合わさって、味わわなければよかったハーモニーを奏でている。


 さっきまでわたしがいたところは人が重なっていて、どうなっているかわからない。背の高いモーリスが見えないから、地面に押し倒されているのかも。


「……ん? あれ?」


 ……モーリスが着ていたような服が宙を舞ってるけど、気のせいじゃないよね?


「衣服をすべて剥げっ! 魔道具を起動させる前に全部取れ!」


 グリオンの声がする。

 えっ、まさか、今まさに裸にひん剝かれてるところなの!?


「服なんて破ってもいい! むしろ破っていけ! どこに何が仕掛けてあるかわからない!」


 エドガルドの声と共に、服の切れ端が舞う。

 捕獲ってもっとこう、優雅と言うのも違うけど、縄で縛るんだと思ってた。暴れるモーリスを抑え込んで、みたいな。


 そりゃモーリスは魔道具で身を守ってるってエミーリアも言ってたよ。バルカ家の人がそれに気付いていないわけがないよね。


 だけど、ちぎられたモーリスの衣服が綺麗な青空に舞っているのを見るなんて、思ってもいなかったんだよ。


「魔道具、すべて没収しました! 体の中にも隠していません!」


 シーロの声が響く。

 わたしのお腹が気持ち悪くなっているあいだに、モーリスは全裸にされて捕まえられた。


 ……なんか、思ってたのと違う。

 けど、捕まえられてよかった! うん! よかった!


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