赤毛と黒毛のひよこ
ロルフは、いるだけで場がパッと明るくなるような華があった。
甘党のエドガルドと辛党のロルフ。精神的にすこし頼りないところがあるエドガルドと、軽いと見せかけてしっかりしているロルフ。
少し年の差がある友人は、合っていないと見せかけて案外ぴったりだった。
一気に賑やかになった休日の大本であるロルフは、快く味見を引き受けてくれた。
「私的にもう少し辛いほうが好みだが、これはこれでうまいな。特に、各自で調味料をかけて好みの味にできるのが興味深い。ノルチェフ嬢の発想は面白いな」
前世では味変は当たり前だったけど、この世界ではそうではない。
貴族の料理人ともなると、こだわりにこだわっていて、皿の上ですべてが完結する。自分でなにかぶっかけて完成品を壊そうなんて発想はない。
「騎士団の誰かが外に漏らしたら、真似するやつが出てくるだろうな」
「じゃあ、自分だけのオリジナルソースを作らなくちゃいけませんね」
今は調味料をそのままかけているだけだから、すぐに真似できる。
ケーキを食べつつ頷いて会話を聞いているエドガルドの横で、ロルフはピクルスをかじった。
「ノルチェフ嬢は、自分の店を持ちたいのか? ノルチェフ嬢ならできると思うけどな」
自分の、店を持つ……。
調べたことはある、けど。この世界で店を持つことができるのは、男のみだ。誰かに店主になってもらい、自分がある程度の権限を持つことはできる。
でも、そんなに信頼できる異性が、自分にできるとは思わない。そんな人ができたとして、裏切らない保証なんてない。
唯一絶対に信用できる父さまとトールに頼むこともできるけど、貴族が店を持つのは卑しいことだとされている。
父さまたちは、そんなこと気にするなと言ってくれるだろう。でも、父さまとトールの、ノルチェフの名が汚されることはしたくない。
「わ、たし……わたし、は」
ぎゅっと手を握って、顔を上げた。
「申し訳ありませんが、今から出かけます!」
「今から!?」
「市場調査です! せっかくなので庶民の好み味付けを勉強しにいきます!」
エドガルドとロルフの味見は非常に嬉しく頼りになるけど、どうしても貴族の好む味付けに偏りがちだ。将来わたしが相手にするのは平民なのだから、事前調査をしておきたい。
「僕も行きます」
「買い食いとかしますよ? バルカ様には難しいのでは?」
「……一度、してみたかったんです」
「あー、なるほど。友達とか恋人と楽しそうに食べる姿を見ると、憧れますよね」
「俺も行くよ。おいしい店を聞いてるんだ」
なぜだか3人で行くことになった。休日なんだから休めばいいと思うけど、平民のすることをしてみたいお年頃なんだろう。
手早く片付け、3人でそろって城下町へ向かう。貴族たちが住むエリアを馬車で越えてしばらくすると、だんだんと活気づいてくる。
馬車から降り立ったロルフとエドガルドは、シンプルな服を着ているのに、めちゃくちゃ浮いていた。お貴族様に囲まれて、違和感なく城下町に溶け込んでいるわたし。女性の熱っぽい視線をさらりと受け流し、ふたりはきょろきょろと街を見回している。
声をかけられる前にと、適当な方向に歩き出すと、ふたりともひよこのようについてきた。
「あそこに人がたくさん並んでいる屋台がありますね。わたしが買ってきますから、ふたりはここで待っていてください」
「一緒に行くよ。買い食いってのは、自分で買って歩きながら食べるのが醍醐味なんだろ? そう聞いたよ」
「僕も行きます。レディに並ばせて自分は座っているなんて、とんでもない」
「そうですね、楽しみを奪うところでした。すみません」
「気を遣ってくれたんだろ? 謝罪は不要さ」
「僕も、その、一緒に並びますから」
にやにやしているロルフに、エドガルドがドムっと割と重めの体当たりをした。わたしが相手なら転んで怪我をしそうな衝撃なのに、鍛えているふたりは平然としている。
ふたりのじゃれあいを見ながら並んでいると、案外早く列が進んだ。ここは焼き鳥の屋台で、じゅうじゅうと煙とおいしそうなにおいが充満している。
「全種類一本ずつください」
「はいよ! あんがとさん!」
手渡しされた串を持つ。後ろのエドガルドに場所を譲ると、エドガルドは途方に暮れた顔をしていた。
「……お金を持っていませんでした」
「えっ? あっ!」
貴族はお金を持ち歩かない。裕福なところは商人などに家に来てもらって、担当者が支払いをする。外でなにかを買っても、その場で支払わず、家に請求書が届く。
「おじさん、全種類もう2本ずつ追加で」
「ちょいと待ちな」
差し出された串は、さすがに持てない。ふたりをちらりと見ると、ハッとして受け取ってくれた。もしかしたら、購入したものを自分で持つのも初めてかもしれない。
近くの広場で空いているベンチに座る。よく晴れてあたたかい日で、ベンチがぬくぬくだ。
「ノルチェフ嬢、申し訳ありません……その場で支払うとは知らずに」
「さっきのお金、あとで支払うよ。ごめんノルチェフ嬢。でも、助かった」
「わたしこそ、気付かずにすみません」
エドガルドは思いっきりしょんぼりして、ロルフもちょっとそわそわしている。
ふたりを見ていると、不意に笑いがこみあげてきた。城下町でものすごい浮いてるふたりが、屋台の前で途方に暮れているのは、何だかちょっとかわいかった。
こみあげる笑いをごまかすために、こほんこほんと咳ばらいをして微笑む。
「とりあえず、熱いうちに食べませんか?」