前世と来世
ジュースを飲みながら、モーリスとしばらく雑談する。
さっきモーリスが意味が分からないくらい気持ち悪かったので、いつもよりちょっと距離をあけて座った。
モーリスは何も言わず、じっとわたしの行動を見ていた。
「手慣れているな」
「毎日作っていますから」
「得意料理は?」
「えっ……なんでしょう」
そう言われると、得意なものはすぐに思いつかない。家族も騎士さま達も、みんなおいしいと食べてくれた。
ラーメンとか変わったものじゃなくて、反応がよかったのは肉油カロリー……うーん。
「カリーじゃないのかい?」
「この料理がカリーと決まったわけじゃないので。味見をして、カリーだと断言してもらったら、得意料理はカリーって言うことにします」
ゆっくりとジュースを飲み干してから、次のカレーに取りかかる。
さっき作ったのは、本格的なおうちカレーとお店カレーの中間だ。本格的なものもおいしいけど、一番わたしに馴染んでいるのはおうちカレーだ。
本格的なものは外食すれば食べられるけど、理想のおうちカレーはなかなか見つからない。
つまり、日本人として身近にあったカレーだからこそ、こだわりが強い!
わたしは玉ねぎたっぷり、具がゴロゴロのカレーが好きだ! じゃがいもは控えめに、素揚げした野菜もあると最高! お肉はなんでもおいしいけど、よく煮込んであるのがいい!
そして譲れないのは米っ……! 一度安いお米を見つけてうきうきとして家で炊いたら、あまりのまずさに一週間落ち込みまくったことがある。
前世で当たり前に食べていた米の、なんとクオリティの高かったことか……!
第四騎士団にはいいお米が数種類仕入れてあったから、まかないとして食べさせてもらっていた。おいしかった。なんならパンより食べてた。
甘味がありもっちりしている米はやはり最高……!
「というわけで、次はちょっと味が違うカリーを作ります。こっちはいろんな野菜を形がなくなるまで煮込んでいきます」
こっちにはデミグラスソースを入れて、少し味を変える予定だ。あと、念のために見た目が似ているハヤシライスも作ることにしている。
全部食べてもらって、どれをカリーと呼んでいるか教えてもらおう。
屋台にはコンロがふたつしかないので、煮込んでいるあいだは暇だ。特にすることはない。
何かモーリスに聞ければいいけど、わたしはそういうのが得意じゃない。不審がられるだろうな。
というわけで、ふたりしてぼうっと鍋を見ている。何だこれ。
わたしが鍋をかき回して野菜をドロドロに溶かす時以外は、ただ時間が過ぎていっている。
いつもはモーリスにマリーアンジュのことを相談されているから、モーリスが何も言わないとこうなるんだな。
「……来世は、あると思うかい」
小さな、ぽつりと落ちた声が、カレーの香りとともに溶けていく。
「あります」
だって、前世を経験したわたしがいるし。
「絶対に?」
「絶対にです。でも、来世に行けない人もいそうですよね。生まれ変わっても、前世のすべてを忘れているのが普通なんじゃないですか?」
「……やけに、自信にあふれた声だ」
「だって、前世や来世があるんなら、みんなもっと普通に話してるはずじゃないですか。そうじゃないってことは、記憶がないと思うんです」
「そうじゃなくて。来世があると信じきっている」
「あったほうが、ロマンがありませんか?」
もしかしたら、来世でもロアさま達と会えるかも。そう考えるだけで、なんだか楽しい。
「……ロマンか。そうだね」
それきりモーリスは黙り込み、わたしは時折カリーを混ぜたり、様子を見る時間が過ぎた。
ひとつめのカレーが出来上がり、空いたコンロでハヤシライスを作る。すべて作り終えたのは、2時間後だった。
モーリスが研究所を出てから3時間経った。なんとか、最低限の時間稼ぎはできたことにほっとする。
「しまった! カリーを出された時、何と一緒に食べましたか!? パン? それともお米ですか?」
「平べったいパンだったよ」
ナンかあ!
ナンは作れないんだよなあ……!だってわたしのカレーのお供はご飯だから! これだけは譲れなかったから!
「まあ、ないものは仕方ないですね。今から飲み物を作るので、それと食べてみてください」
作るのはラッシーだ。簡単でおいしい、カレーがなくてもおいしいラッシー。
氷をたっぷり入れて、ストローを入れたグラスを出す。
「あっ、テーブルを広げられないですね」
折り畳み式のテーブルを屋台にのせてきたけど、この空き地に広げるスペースはない。
「ちょっと道にはみ出てテーブルを置かせてもらいましょうか」
屋台の中より、外のほうが捕獲しやすいだろうしね。