コレーシュの独白1
俺にとって幸運だったのは、元から頭がよかったことだ。
俺にとって不運だったのは、王族に生まれてしまったことだった。
お世継ぎだのなんだのと褒められて育った俺は、賢いがゆえに、すぐに両親のいびつさに気付いてしまった。
一般的に想像する家族や、貴族の家庭とも違う。王族だからと言われればそれまでだが、それでも、根本から決定的に違っていた。
堅実に改革を進めながら国力を高めている父は、気持ち悪いほど母に執着していた。
貴族をうまくまとめ、パワーバランスを保っている母は、陰で魔女と呼ばれていた。これで国が崩壊でもしていたら傾国の美女と呼ばれていただろうに、母はむしろ国のために役立っていた。
性格に難のある男女に異常に執着され、それを愛だと微笑んでいた母。
母の行動すべてを知りたがり、最低でも数時間おきに会わないと発狂しそうになる父。
年齢を重ねるにつれ、側近や使用人たちが口を噤むふたりの実態が明らかになっていくと、俺は盛大に吐いた。
気持ち悪くてたまらなかった。
この夫婦が国の頂点に立っていると改めて気付いた時の絶望といったらない。
「コレーシュは、太陽という意味よ。この国を照らすよう名付けたの」
そう言って無垢な少女のように微笑んだ母との会話は、いつのことだったか。
今でもはっきり覚えているほど、俺と母の……いや、両親との私的なふれあいは少ない。
なにせその後すぐに、父が来て母を連れて行ってしまったからな。こちらを睨む父の目は、息子に向けるものではなかった。
息子にまで嫉妬するって、普通の人とかなり頭の作りが違うと思うんだよね。
それに喜んで着いていく母も、正直どうかと思う。
そんなわけで、このふたりに国を任せていたらいつか取り返しのつかないことになると感じた俺は、それはもう必死に勉強した。
勉強しながら、簡単なものから少しだけ仕事を任せてもらえるようになって、俺についてきてくれる人も随分と増えた。
やっぱり、あの両親を不安に思っている人は多かったってことだな。うん。
父の側近だって、率先して俺に仕事をさせようとしていたからね。
父はそれに気付いていただろうに、何も言わなかった。母と会える時間が増えて喜んでいると、側近から聞いた。
むしろ、息子を育てるって名目で、父から仕事を回すようになった。どこまで母が中心なんだよって、やっぱりちょっと吐いた。
普通の家なら俺が家出したり、こっそり逃げ出したりしたら、それで逃げられるんだろうけどさ。
残念なことに俺は王族で、今のところ唯一の子供で、俺が王様になることはほぼ決定事項だ。
だって、あの父だよ? 側妃なんて絶対にとらないし、とっても多分近付きすらしないだろうし。
母を独り占めできなかったとか、母が子供のことを考える時間が許せないとかいう父だよ? 子供をもう一人なんて、期待できないね。
そう思っていたんだけど。
俺が15歳の時に、弟が産まれた。母は年齢的に子供を産むのはぎりぎりだったから、もうこの夫婦に子供が産まれることはないだろう。
ライナスと名付けられた子を見ることができたのは、産まれてから一か月以上経ってからだった。
本当に小さくて折れそうなほど細い指で、きゅっと俺の指を掴んできた時の感動を、忘れることは一生ない。
ライナスのためにもこの国のためにも、俺が普通の王族にならなければ!
そう決意してから、俺はもっと頑張るようになった。唯一の癒しは、ライナスとのふれあいの時だけ。
ライナスが産まれてから吐くこともなくなったし、ライナスが産まれてきてくれて本当によかった。
……まあ、そのぶん俺の側近がライナスを警戒するようになったけど。
俺が父のようになるんじゃないかと恐れていることが伝わってきて、なんとも微妙な気持ちになる。
確かにライナスがいてくれるから頑張れてるけど、さすがにあの父のようなことはしない。
俺の家族はライナスだけだって気持ちで、ライナスが暮らす国をよくしたいって一心で必死で生きてきた俺の最大の転機は、思ったよりすぐに訪れた。
母が毒殺されたのだ。
悲しむ暇もなかった。
父が仕事をすべて放棄したからだ。
母を慕っていた者も、癖はありすぎるけれど有能で、要職についていた。その人たちが一斉に仕事を放り出すものだから、城は混乱していた。
それらの指示をしながら国葬の準備をしていたら、父が俺に玉座を譲るって言うんで、さらに大混乱。
結局、腑抜けて泣くか怒ることしかしない父に任せておけないっていう結論になって、俺が王様になることになった。それと同時に、一年後に婚約者と結婚することも決定した。
王様が未婚なのはよくないからね。だから俺には、母が死んでから数年の記憶があんまりない。必死すぎたっていうのもあるし、全然寝ていないっていうのもある。
だから、ダイソンの本性に気付けなかったんだ。
母の葬式の時だって、娘の若すぎる死を悲しんでいる親だった。不審な様子は見せなかった。よくない噂は合ったけど母が否定して、仲がいい親子の姿を見せていた。
ダイソンはライナスの後ろ盾だから、ライナスの周囲を自分の派閥でかためるのも当然だ。
なんて、言い訳したってなんにもならない。
ライナスを大事にするって言いながら国のことにかかりきりだった。本人に言われるまで、ライナスの状況に全然気付けなかったんだから。