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さようなら、恋

 ふたりが真剣な顔をして、さっと跪く。椅子からおりようとしたけれど、ロルフに止められた。


「俺たちは……アリスに謝らなければならない」


 つまみ食いでもしたのかと冗談を言える雰囲気ではない。


 さっきまでの心地いい風が一気に冷たくなったように感じる。話すことにも許可が必要だとばかりにわたしを見るので、頷いて続きをうながした。


「僕はアリスに自分の気持ちを伝えました。アリスに意識してほしい。僕を好きになってほしい。そんな気持ちで……。アリスは困惑しながらも、僕の気持ちを否定せずにいてくれました」

「それは……だって、わたしのものではなく、エドガルド様の気持ちですから」

「とても嬉しかった……。僕が好きになるものを僕が決めていい。新鮮で、毎日が鮮やかで……アリスがいてくれたからです」


 エドガルドは唇をぎゅっと噛みしめ、目をかたくつぶってから、頭を深く下げた。


「今まで、僕の悪あがきに付き合ってくれて、本当にありがとうございました。僕はバルカ家を継ぎます。自分から告白しておきながら、アリスよりもバルカ家を選ぶ僕を……どうか……」


 その先はかき消えて聞こえなかった。

 椅子をおり、並んで頭を下げているエドガルドとロルフの前で正座する。


「わたしこそ、エドガルド様にはっきり言わずにすみませんでした。おふたりが気遣って心地よい空気にしてくれているのに気付いていたのに、何もしなかった」

「それは違います! アリスはすぐに僕たちの気持ちに応えられないと、偽りのない気持ちを伝えてくれました! アリスの言葉をさえぎり、猶予がほしいと言ったのは僕です。アリスは悪くありません!」

「それでも、やっぱり、言わなくちゃいけなかったと思います。いつ言えばいいかわからないなんて、今思えば言い訳で、逃げていただけでした」

「それでいい! 自分の気持ちを自分で整理できるまで、アリスはなにも言わないでいてくれた。それがどんなに嬉しかったか!」


 ぱっと頭を上げてわたしを見つめたエドガルドの目には、もう迷いはなかった。


「アリスが好きでした。きっと、ずっと忘れないでしょう」

「……はい」

「いつか、ほかに好きな人ができたとしても、アリスは僕の永遠の特別です」

「わたしだって、エドガルド様は……」


 第四騎士団で一番長く一緒にすごした人だ。イケメンは怖くないと、言葉じゃなくて態度で教えてくれた人。

 弟みたいで、可愛くて、でもたまに格好良くて、恋に浮かされた熱っぽい瞳を向けられた時、とても平常心ではいられなかった。


「……第四騎士団で、エドガルド様に出会えたことが、わたしの幸運です」


 一瞬泣きそうな顔をしたエドガルドは、それでも綺麗に微笑んだ。


「こちらこそ、アリスに出会えてよかった」


 ふたりの間を、風が駆け抜けていく。いつの日か、確かに存在していた熱をさらうように。

 エドガルドの目には、わずかに熱のなごりがあるだけだ。自分で決めた未来を目指す、力強い視線。


 父親に怯えていたエドガルドはもういない。エドガルドに任せれば、バルカ家は安泰だという予感さえ感じさせた。


「……俺は、エドガルドを近くで支えることにした。オルドラ家には戻らない」

「ロルフ様……」


 エドガルドと同様に、ロルフの目には迷いがなかった。


 自分の家であるオルドラ家へ帰ったあと、ロルフは少し変わった。

 今までロルフは、自分のことを特に大切にしていなかった。でも今は、自分で自分を認めている気がする。生きていることを受け入れているような、前向きな明るさがある。


 エドガルドが進む先が間違っているのなら、はっきり伝えられる。今のロルフなら、きっと。


「気持ちを伝えるだけでよかった。俺の気持ちを、アリスに知っていてほしかった。俺のわがままでアリスを悩ませて、悪いと思っている」


 いつも笑いかけてくれるロルフに真面目な顔を向けられるのは、ちょっぴり珍しい。


「でも、伝えられてよかった。俺の気持ちがなかったことにならなくてよかった。アリスと結ばれるなんて思っていなくて……アリスを困らせただけだったけど。自分勝手だけど、それでも」


 好きだと告げてきたわりに、ロルフとわたしの間には、あまり甘ったるい空気はなかった。


 いつだって、他の誰かを思いやっていたロルフ。

 わたしへの気持ちは偽りではなかったと思うけど、自分の気持ちより、ほかの人の気持ちを優先していた。


 そんなロルフが、自分の未来を決めたようで、よかった。心からそう思う。


「ロルフ様は、少しくらい自分勝手になってもいいと思いますよ。ロルフ様の気持ちには応えられませんでしたが……ずっとロルフ様のことを応援しています」

「俺だって、アリスの夢を応援してる! 貴族をやめて、アリスの店を手伝おうかと考えたこともあるんだ。結局は……考えるだけだったけど」


 泣きそうに歪めている顔を見上げて、手を差し出す。


「これは?」

「これからもお互いの夢を応援するための握手です。離れていても、きっと、ふとした時にお互いを思い出すでしょう? つらい時に自分を奮い立たせるための、自分はひとりじゃないと勇気づけるためのものです」


 しばらくためらってから、ロルフは震える手を伸ばしてきた。握手ではなく手が触れている程度だったので、こちらからぎゅっと握る。


「ロルフ様にはこれから、誰にも譲れないと思える女性と出会えますよ」

「……今アリスにそれを言われると、堪える」

「次はこんなことしちゃ駄目ですよ」


 エドガルドの気持ちを軽くするために告白するとかね。


 にやりと笑って、わざと握った手に力をこめると、ロルフは軽く目を見開いてから、肩をすくめた。


「……まいった」

「ふふ、乙女の観察眼を見くびっちゃいけません」

「諦めた直後に本気になりそうだなんてな」

「あっ、今まで本気じゃなかったんですね?」

「いやっ、本気だった! 嘘じゃない! 言葉のあやというやつだ!」


 慌てるロルフがおかしくて笑うと、つられてエドガルドも笑い出した。

 途方に暮れたような顔をしていたロルフも、やがて一緒になって笑い出す。

 午後のやわらかな光に照らされて、わたしたちは心から笑っていた。


 しばらくして自然と笑い声が消えると、すがすがしい沈黙が頬をなでた。

 この場を離れれば、告白は過去のことになり、友人として接していく。第四騎士団で出会って、ダイソンを捕まえるために奮闘した仲間。


 わたしのトラウマをゆっくりと薄くしていってくれて、休日にはほとんど一緒にいた。

 最初は近くにいるだけで緊張して、できるだけ距離をとっていたのに、今はこんなに近くにいるのに安心できる。


「僕も握手していいですか?」

「はい。エドガルド様、お互い頑張りましょうね」

「ええ、頑張りましょう。アリスが危険になったら、いつでも駆けつけますから」

「エドガルド様のところから絶対にハーブとソーセージを仕入れますから、友情価格でお願いします」

「販売はロルフのところに任せているんです」

「ロルフ様、お願いします!」

「わかった、任せてくれ」


 大きな手が離れていき、エドガルドが苦笑した。


「僕たちが告白した時は、途端に壁ができたのに。諦めるとなると、その壁がなくなるんですね」

「あっ……すみません」

「いいえ、最初から僕たちの気持ちを受け入れる気がないのがわかってよかったです。思わせぶりな態度をとられると、変に期待してしまいますから」

「アリスが恋をするのなら、俺たちは応援するよ。相手が誰であってもね」


 見透かしたようなロルフのウインクに、ちょっぴり顔が赤くなってしまう。


「それにしても……前に学校で言われたように、本当にアリスに迎え撃たれましたね」

「しかも俺たちの負けだ」

「もう、からかわないでください!」



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