また来世
風は冷たいけれど、日向にいればあまり気にならない、よく晴れた日。ずっと座っていると寒いので、あたたかいものを飲みながら、ベンチに座って話す。
隣にいるのはモーリスだ。出会った日に比べれば、ほんのちょっぴりだけ近くに座っているモーリスは、沈んだ顔でぐちぐちと何か言っている。
「そうしたら彼女は笑ってくれたんだけど、ほかの奴らはあれじゃだめだったと言うんだ。彼女のことを思いながら、なんならキスをしながら、僕が手ずからつんだ花だよ? 彼女は喜んでくれたのに、どうして後から駄目だと言われたんだろう?」
要約すると「生前の彼女に一輪の花をあげた時にまわりにダメ出しされたが、何が悪かったかわからない」というものだった。
「人にもよりますが、やっぱり、綺麗にラッピングされたものをあげたほうがよかったんじゃ? 高貴な人が相手っぽいですしね」
「だって……ラッピングはしたことがなかったんだ」
「他の人に任せればいいじゃないですか」
「僕が! 僕が、種から彼女を思って育てた花なのに! どうして最後の最後でほかの奴にさわらせなきゃいけないんだ!!」
「ひえっ」
いきなり激怒されるのは、未だに慣れなくて驚いてしまう。
力任せにベンチを叩いたモーリスは息を荒げていたが、しばらくしてから顔を上げた時には、もう笑みを浮かべていた。
「あの花のどこがいけなかったのかな? 僕が種から育てて、毎日彼女への愛をささやいてキスをした花は、愛情がこもってると思わない?」
「思いますけど。彼女が笑ってくれたならいいんじゃないですかね」
私だったら、好きな人以外が毎日キスして育てた花とか絶対にもらいたくない。だけどモーリスいわく、マリーアンジュは喜んでくれたらしい。
ストーカーの思考すぎる。マリーアンジュが本当に喜んだかわからないけど、それを聞くなんて恐ろしいことはしない。
「だけどみんなが駄目だと言うんだ! 彼女はいいと言ってくれたのに! あの腐った王め!!」
ついには前陛下への罵倒までナチュラルに出てきた。
やめて。不敬でわたしまで捕まえられたくない。
「わたしもうろ覚えですけど、お花を長持ちさせる切り方があるんですよ。たしか、水の中で茎を切るんです」
「……そうなのかい?」
「そうすれば長く綺麗な状態を保てるそうですよ。高貴な方に差し上げるんなら、長持ちするほうがよかったのかも」
「保存の魔道具があるから、気にしたことはなかったよ」
「あっ、そうでしたね」
「平民は使わないから、仕方ないね」
いちおうわたしも使ってるんだけど、すっかり忘れてた。
普通に話しているだけで、モーリスの中でわたしが平民ということがゆるぎなくなっていくのは、嬉しいけど複雑だ。
「保存するならやっぱり、少しでも綺麗なほうがいいんじゃないですか?」
「……そうか……そうだったんだね! 僕の愛がつまった花を、最高の状態で贈れなかったなんて!! こんなの、文句を言われて当然だ! それなのに彼女は受け取ってくれた! 微笑みながら! あの美しい瞳に僕だけを入れて! 僕だけを! 世界にふたりきりだった!」
……このテンションの差は、いつ見ても怖い。
レネたちも街の人も注意して見ていてくれるけれど、わたしより大きいモーリスが本気を出せば、わたしなんてポキンだ。
いつキレるかわからない、いきなり首を絞めてきそうな狂人が横にいるのは恐ろしい。
「次に彼女に会った時はそうするよ。ありがとう」
モーリスは、来世でマリーアンジュと出会うと信じて疑っていないらしい。
マリーアンジュ様、来世でもストーカーにつきまとわれるのかな……。モーリスを見ていると、絶対にないと言いきれないのがすごいと思う。
「そうだ、そろそろカリーを食べてほしいんですけど」
モーリスの目が、一気に暗くよどんだ。冷たいナイフのような視線に、思わず少し距離をとってしまう。
「……作るところから、見せてくれるのなら」
「もちろん、そのつもりです! 知っている作り方と違ったら、教えてほしいんです」
わたしは、この世界のカレーを食べたことがない。
わりと本気の願いを、モーリスはすぐに蹴飛ばした。
「料理を作るところなんて見たことがないよ」
「そうですか……」
そういえば、モーリスは貴族で男性だった。キッチンに入ったことすらないに違いない。
「味の評価はできるよ。じゃあ……しあさっての、朝に、またここで」
「はい! 料理する場所に案内しますね」
モーリスは、じっとわたしを見た。
真っ黒で、なにを考えているかわからない目。呼吸すら見られていることがわかる。
「……いいよ。乗ってあげる」
「はあ……」
なにに乗るの? と聞ける空気ではない。
「あの……クッションとか用意したほうがいいですか? あいにく馬とかは持ってなくて」
「なくていいよ。それじゃあ、しあさってに」
「はい」
モーリスが去っていき、一気に緊張が抜ける。汗をぬぐっていると、街の人たちが声をかけにきてくれるのがお約束になってきていた。
「よくあの男の相手をするね! 目をつけられたんじゃ仕方ないが……」
「この街にいるかぎりはお相手をしますよ。今いなくなったら、追いかけてきそうですし……」
「……確かにそうだね。これ食べて元気だしな!」
きっぷのいい女性が何人か、失敗した食べ物をくれる。形が悪いとか中身が出たとかで、味は変わりはないので、ありがたく受け取る。
その場で食べてからお礼を言って回って、本日のお仕事は終了だ。
レネとシーロに褒められながら別荘に帰ると、まだ夕方前だった。
少し疲れたので、みんなにことわってから休むことにした。みんな気遣ってくれて、ゆっくりしておいでと言ってくれるのが優しい。
「あー……体は疲れていないけど、精神的な疲労がすごい……」
別荘の外に置いてあるガーデンチェアに座って、日向ぼっこをする。
椅子はしなやかで細い木で編んでいるので、座ってもかたくなく絶妙なフィット感だ。
視界の端で、湖がきらきらと揺れている。青葉の香り。雲が流れてきて、たまに暗くなるけれど、すぐにまた明るくなる空。
「お休み中なのに、すみません。今いいでしょうか?」
「水分補給もしておいたほうがいい。さっ、飲んでくれ」
エドガルドとロルフが、レモネードと氷の入ったグラスを持って立っていた。
「ありがとうございます、いただきますね。んん、甘酸っぱくておいしい!」
疲れた体に、酸っぱさが染みわたる。
座って飲んでいるわたしとは違い、ふたりは座らなかった。真剣な……なにかを決めた顔をして立っていた。
「……話が、あるんです」
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