表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

125/164

エドガルドの道

 ……心臓が速い。

 全身に緊張を運んでいる音がやけに大きく聞こえて、手足の先は冷たい。


「エドガルド、大丈夫だ。なにかあれば俺が殴ってやる」


 わざと明るく言ってくれるロルフの心遣いが嬉しいのに、緊張がちっとも抜けない。

 ……ついに、父と対峙する。

 幼い頃から僕に祖父の姿を押し付けて強要した、あの父と。


 父は、僕を愛していないわけではない……と、思う。第四騎士団に行って、すこしだけわかった気がする。

 父に反発したかったのに、その勇気もない僕に、父が言ったことがある。


「グリオンになれ。そうすれば失望されない。エドガルドの心を突き刺そうと狙う言葉が、矢のように飛んでくることもない。陛下の覚えもめでたくなるだろう」


 あの時はよくわからなかったけれど、父は、そういうことで傷付いたのだと思う。

 グリオンのような働きを期待され、失望され、それでも生き方を変えられずに固執し、僕に強要した。父の人生を僕に押し付けるのはやめてほしい。けれど、親に生き方を決められることはよくあると、第四騎士団で知った。


 僕にとって嫌なことは、父にとっては愛情だった。

 第四騎士団で過ごすうちに、前ほど父が恐ろしくはなくなった。僕は父が嫌いなのではなく、怯えているのだと気付けたからだ。


「……ありがとう、ロルフ。いざとなれば一緒に殴り込みに行こう」

「言うようになったな」


 ちょっと驚いたあと、ロルフは嬉しそうに笑った。


「バルカ領のことだからな。僕がしっかりしなくては」


 バルカ領が好きだ。僕をそっと支えてくれた使用人も、民も、幸福に過ごしてほしいと願う。

 あれだけ父が恐ろしかったのに、バルカ家を継ぐ決心だけは変わらなかった。たぶん、それが僕の最初の意志だったのだと思う。


 ロルフと連れ立って下へおりてすぐ、アリスとテルハール嬢がおりてきた。

 今日バルカ家へ行くのは、僕とライナス殿下だけだ。祖父は変身の魔道具をふたつ持ってきてくれた。

 貴重なものなので、あるだけありがたい。


 父に協力を要請するために、ライナス殿下は自ら行きたいとおっしゃった。あとは、屋敷のことをよく知っている僕。


「では、いってくる。みな、留守を頼む」

「ライナス殿下の守りは私に任されよ。別行動はするが、屋敷内であればすぐに駆け付けられる」

「防犯の魔道具も持っていきます。いってまいります」


 3人で馬車に乗り、バルカ家へと向かう。街の隠れ家で別れて、別々の馬車で行く予定だ。

 バルカ家についたら、人がいないところで父に話をしたいと告げる。


「そう緊張するな。ロルフも、よく見なければエドガルドだとは気付けないと言っていただろう? 疑問を持たれるころには、もうイアンに話し合いの件を伝えている。そこまでいけば、むしろエドガルドだと気付かれたほうが、イアンにも話し合いの重大さが伝わるはずだ」


 ライナス殿下は緊張をやわらげようとしてくださるが、父と対面するだけで、冷や汗がじっとりと出てしまう。第四騎士団に行く前は、これが日常だったというのに。

 第四騎士団に行き、僕は随分と変わった。自分の意志で、グリオン・バルカの模倣はやめると誓った。ライナス殿下の力になりたいと思った。


 それでも怯えているのは…………甘いものを大量に食べてしまっているからだ。

 言い訳ができないくらいに。

 今朝はパンケーキにたっぷりのシロップとホイップクリームを添えて食べた。おいしかった。チョコレートマフィンも食べた。おいしかった。ココアも飲んだ。やはり飲み物といえばココアだ。


 父の教えを振り払って、エドガルド・バルカとして生きていきたいと思っているのに、幼い頃から刷り込まれた「悪いこと」をしているのが露見するのが恐ろしい。

 最近はアリスにも「すこし糖分をとりすぎですから、甘さ控えめのものを作りましょうね」と言われてしまった。

 ロルフにも賛成されたので、今朝のココアにはマシュマロもホイップクリームものっていなかった! それがどんなにショックだったか……!


 後ろめたいことがあるから、父に会うことを恐れているのだ。けれど、それを乗り越えなければならない。

 

「……第四騎士団に行って、僕は僕だと、当たり前のことに気付けました。父にもわかってほしいと願っています」


 結局は、それに尽きる。

 父には父の意志があり、僕には僕の意志がある。祖父にも、誰にでも。

 だから、分かり合えるとは思わないけれど、尊重しあえるようになれればと……そう願う。



 ライナス殿下とふたりでバルカ家についたのは、ちょうどいい時間だった。


 毎年バルカ家では、祖母を慕って尋ねてくる人をお茶会でもてなす。本来ならば当主の妻である母がするが、主催は父だ。

 母は幼いころに遠くの別荘へ行ってしまい、それから会っていない。

 少しだけ寂しかった記憶があるが、すぐにその感情も薄れてしまった。母とはあまり会話をしなかったし、声をかけてもらえなかった。


 母が父とうまくいかず、僕のこともあまりよく思っていないことだけは、よくわかった。


「行こう。エドガルド。グリオンは先について、何かあれば私たちを助けてくれるはずだ。もちろん、エドガルドにも期待している」

「……はい。ご期待にこたえてみせます」

「頼もしい。一緒にいるのがエドガルドでよかった」


 ライナス殿下は、僕にはもったいない言葉をかけ、馬車をおりた。僕も、もたもたと続く。

 僕は顔を変えるだけでは気付かれる可能性があるので、体に布を巻き付けて少しばかりふくよかな人間に見せかけている。これが非常に動きづらい。


 久しぶりにバルカ家へと入ると、懐かしい使用人が案内してくれた。僕に気付いた様子はなさそうだ。

 今日は天気がよく、お茶会は温室で行われる。温室にたどり着く少し前、父が……イアン・バルカが、客人を出迎えているのが見えた。


「行くぞ」

「……はい」


 客人が温室へ入り、父の顔がこちらへ向く。あの目が僕たちをとらえる。

 僕たちは、初めてこの茶会に参加する貴族だ。その設定もきちんと頭に入れてきた。


 ……それなのに。


「……エドガルド」


 父の口から出たのは、僕の名前だった。


「何をしている、エドガルド」

「エドガルド? それはご子息の名ではないでしょうか。人違いですよ」


 ライナス殿下が少し前に出て否定してくれたが、父は確信しているようで、表情も息遣いも、なにも変わらなかった。

 今回の魔道具は顔を変えるだけで、声までは変えられない。ライナス殿下がいつもより高い声で、もう一度否定した。


「ご子息は、このような顔と体格ではなかったと記憶しておりますが」

「……いいえ。エドガルドです」


 父の視線が、僕を射抜く。


「……自分の子供をわからない親はおりません。少なくとも私は、その青年がエドガルドだと確信しております」


 息すらできない緊張のなか、父は張り詰めた空気をふっと和らげた。

 父は武に向いている体ではないが、祖父のように鍛えてきた。それを目の当たりにした気持ちだった。


「このように来られるということは、何か話があるのでしょうか? 部屋を用意させますので、そちらでお待ちください。それとも、茶会に参加されますか? 私はどちらでも構いません」

「……では、部屋で待っているとしよう」


 ライナス殿下の声で正体がわかったのか、父は少しばかり目を見開いたあと、軽く頷いた。


「夜にお伺いいたします。……こちらの客人は、長旅で気分がすぐれないそうだ。客間へ案内してくれ」

「かしこまりました」


 ここまで案内してくれた使用人は、僕がうまれる前からバルカ家に仕えてくれている。こっそりと遊んだり、慰めてもらうことも多かった。

 父に気付かれないよう、あくまで「こっそり」とだが、たくさんの使用人が「こっそり」と色々してくれたおかげで、僕は卑屈にならずにすんだ。


「大きくなられましたね」


 聞き逃してしまうほど小さな声が、風に乗って耳をくすぐる。父との対面の前に、少しだけ勇気をもらえた気分だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説3巻(電子のみ)発売中です! サンプル
コミカライズ3巻はこちら! サンプル
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ