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デートのお誘い

 ロルフが実家に行くと出て行ってから一週間ほど経った朝、一階へおりるとロルフが帰ってきていた。あまりに自然にコーヒーを飲んでいるものだから、一瞬気付かなかったほどだ。


「ロルフ様!? いつ帰ってきたんですか!?」

「今朝早くに。ニージャ? の使用人が気を利かせてくれて、早く帰れたんだ」

「少し顔色が悪いですよ」

「長旅をしたから、いつもと違うだけだよ。朝食をすませたら、さすがに少し眠らせてもらうさ。レネも少し出ていたんだろう?」

「もう帰ってきていますよ」


 オルドラ領に着くのに一週間かかると言っていたのに、こんなに早く帰ってきたのだから、疲れるのも当たり前だ。

 エドガルドとレネは起きていないけど、ロルフのために朝食を出してしまおう。


「ロアさま、ロルフ様に朝食をお出ししてもいいですか?」

「もちろんだ。私たちも一緒に食べよう。ロルフ、エドガルドとレネを起こしてきてくれないか?」

「かしこまりました」


 キッチンへ行くと、忍者夫婦が朝食を作ってくれていた。人が作った食事は参考になるので、とてもありがたい。

 まだほんのりあたたかいパンは、切って軽くトーストする。数種類のバターと、バルカ領でとれた花でできた珍しいジャム。いろんな色があって、瓶の中できらきらと輝いている。

 たくさんある白いソーセージ。分厚いベーコン。温野菜にたっぷりのチーズをかけたもの。スクランブルエッグとアスパラを添えたポーチドエッグ。ビーフシチューもたっぷりとある。

 ……朝からビーフシチューを食べるんだ。すごくおいしそうだけど、お味噌汁に慣れた体からすれば、どっしり重たく感じてしまう。食べるけども。そして毎回おいしいと思うけども。


 それらをテーブルに並べていると、シーロとアーサーが手伝ってくれた。親切をありがたく受け取りながら、まだ来ないロルフとエドガルドの様子を見るために、ドアを開けて様子をうかがってみることにした。


「本当に父君を殴りにいかなくていいのか? 僕は10発くらい殴れるぞ!」

「さすがに問題になるぞ。ははっ、ありがとうな、エドガルド」

「ロルフがライナス殿下のために命をかけるのは、わかりきっているのに! どうしてわからないんだ!」

「今まで、のらりくらりと生きてきたからな。信用がないのさ」

「ある! ロルフは人のために命をかけられる男だ。いざという時に逃げるはずがない! …………やっぱり殴りに行こう」

「エドガルドのその気持ちだけで十分だ。……本当に。ありがとう、エドガルド」

「ロルフ……」

「俺も、俺を信じきれていなかった。だけど、エドガルドがそう言うのなら……ライナス殿下の信頼を裏切らないためになら。俺は自分の命を投げ出すことに、なんのためらいもないんだ」

「投げ出すなよ!」

「痛っ、殴るなよ」

「殴る!」

「ちょっと、うるさいんだけど! そういう会話をするなら、ボクの部屋の前はやめてよね!」

「……すまない、レネ」

「ロルフが帰ってきて嬉しいのはわかるけど、ちょっと落ち着いたら? おかえり、ロルフ。ロルフがいない間のエドガルドの話をしてあげるよ」


 ちょうど部屋から出てきたらしい三人の会話が聞こえて、そうっとドアを閉めた。

 仲が良くて、よきかなよきかな。


 ロルフとエドガルドのぶんも飲み物やお皿を用意していると、ドアが開いて三人が入ってきた。


「お待たせして申し訳ございません」

「ライナス殿下、おはようございます。遅れてしまい申し訳ありません」

「エドガルドとレネは夜番だったから、あまり寝ていないだろう? 朝食をとったら、ロルフとともに少し仮眠してくればいい」

「ありがとうございます」

「そうさせていただきます」


 しばらくしてエミーリアも起きてきたので、全員揃った。エミーリアは貴族令嬢なのに早起きだ。

 ロアさまたちの生活に合わせているのだけど、まだ身の回りのことをひとりでするのに時間がかかるのだ。わたしは手を出さないでほしいと言われているので、聞かれた時にたまに答えたりアドバイスする程度だ。

 わたしからすれば、身の回りのことを全部してもらうのは憧れだけど、エミーリアは違うらしい。侍女も使用人も、ぜんぶダイソンの息がかかった人で固められていたからかな。

 ボタンを上手にとめられるようになったと喜ぶエミーリアは可愛い。


「みな揃ったな。ではいただこう」


 いただきます! と明るい声が飛び交い、みんなが思い思いに手を伸ばす。

 給仕されることなく、お皿に自分のぶんだけが盛り付けられているわけでもない。食べたいものを好きなだけ自分で取るスタイルだ。最初は驚いていたエミーリアだけれど、慣れてきたらしい。

 飾り切りされているフルーツをいくつか取り、紅茶と一緒に味わっていた。お嬢様オーラがバシバシに出ている。

 わたし? ビーフシチューおいしい。こってりかと思いきやそこまで味が濃くないので食べやすい。


「このソーセージは絶品ですね。ぜひダリア家でも購入させていただきたい」

「どこのものか聞いておきますね」

「私にも教えてくれ! レモンが入ってるのかな? さっぱりしていて食べやすい!」

「ワンコ様もぜひご購入を」

「おっ、やるねぇ!」


 いたずらっぽく笑ったエドガルドに笑い返すシーロは、ソーセージをもりもり食べている。


「ボクもほしいな。あと、ジャムも! これ、すっごくおいしいもん! 今度姉さんに送るよ」

「それは嬉しいな。レネの姉君にも気に入ってもらえるよう、とびきりのものを用意させるよ」


 久しぶりにみんなが揃った食卓は賑やかだ。軽口をたたきながらの食事は楽しくておいしく、ついつい食べすぎてしまう。

 ロルフがベーコンを切り分けながら、話しかけてくる。


「俺がオルドラ領に行っているあいだ、すごいことになっていたらしいな。帰ってきて驚いたよ」

「わたしも驚きました。まさか向こうから接触してくるとは思わなくて。……しかも、見たことがない顔だっていう理由で」

「モーリスにそんな能力があるとはな。たぶん隠していたんだろうが、ちょいと厄介だな」


 シーロとレネが知られていることが確定してしまったようなものだ。これからほかの人が行っても、顔を覚えられるだけ。ロアさまなんて、すぐに気付かれてしまうだろう。


「ロアさま達はしばらく街に行かなくてもいいと言ってくれたんですが、街の人がすごく心配してくれていたので、行くことにしたんです。顔を見せないと、わたしがどこに宿泊しているか探そうとするかもしれないので」

「確かに、有り得るな。そうなると、アリスが街にいないことが発覚してしまう。今はまだごまかせるだろうが……」

「モーリスに会うたびに、どうしてか話しかけられるんです。そのうち変に気に入られて雑談するようになってしまって……」


 わたしは変人ホイホイなのかもしれない。

 思えば友人含めみんなどこか変わっていたし、わたしも「人間ってそういうものだよね」と受け流していた。


「最初にモーリスの気持ち悪い発言を拒否したことが、モーリス的によかったみたいです。レディの心がわからないから、はっきり言ってくれるのがありがたいって」


 普通なら距離を置けばいいんだろうけど、今それをするのはよくない。今のところ、モーリスと一番接触しているのはわたしだ。


「モーリスはかなり変わっています。いつか生まれ変わってマリーアンジュ様と出会った時に、成長した自分の姿を見せるんだって張り切っていて」


 これを言われた時はロアさまに報告するかすごく悩んで、帰りの馬車でシーロとレネに相談したくらいだ。

 自分の母親が、死んだ後も夫以外にこんなに執着されていると知ったら、なんか気持ち悪くない?


 3人で悩んで、結局は報告することにした。これがモーリスの弱点に違いないから。

 今でもマリーアンジュ様の話をするときは、勝手に気まずさを感じてしまっているけれど、ロアさまはいつも淡々としている。


 黙ってみんなの雑談を聞いて微笑んでいたロアさまは、優雅な仕草でカトラリーを置いた。


「母は、仕事はできるが性格に難がある人間に好かれることが多かった。母は、普通の人間ならば拒否するような愛情表現を、喜んでいたのだ。与えられるものを愛情だと信じて疑わなかった。私も兄上も、いまだに受け入れがたいが……母は、幸せだった。それだけは間違いない」


 モーリスのことを報告すると、ロアさまはぽつぽつと家族のことを話してくれるようになった。決まって、夜のふたりきりの空間で。


 一日の発言すべてを前国王に報告され、それが愛だと思っていたロアさまの母。トイレに行った回数もすべて文書に記され、前国王しか開けられない金庫に保管されていると知った時、ロアさまはドン引きしたという。

 ロアさまらしくマイルドな言葉で伝えられたが、わたしもドン引きした。トイレくらい自由にさせてあげればいいのに……。


「明日、グリオンが来る。バルカ家の屋敷へ行ったあと、モーリスにカリーをふるまう予定だ。しばらく忙しい日々が続くので、今日は各自休養してくれ」


 ロアさまの言葉で食事を再開する。

 モーリスには数日行かないと伝えてあるし、今日はゆっくりしよう。


 食事の後片付けを終えて、うーんと伸びをする。出せるかはわからないけど、トールに手紙を書こうかな。マリナとどれくらい進展したか、姉さまはとても気になるのよ。


「アリス、少しいいか?」

「ロアさま。コーヒーですか?」

「いや。久しぶりに息抜きをしようと思う。アリスに付き合ってほしい」

「わたしでよければ、喜んで」


 ロアさまとふたりで出かけるのも、随分と久しぶりだ。

 今日は天気がいい。別荘の周囲は忍者夫婦が巡回して人が来ないようにしてくれているらしいし、ロアさまが外に出ても大丈夫だろう。


 ロアさまの目が、きらっと光った。


「お手をどうぞ、レディ?」

「もうっ、エスコートくらいわかります!」


 ちょっと怒ってしまったのに、ロアさまはおかしそうに笑うだけだった。



いつもブクマ、評価、コメントありがとうございます!

4月末くらいまで忙しいので、ちょっと更新頻度が落ちます。のんびりお待ちください。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 「エドガルドと[レネは夜番だった]から、あまり寝ていないだろう? 朝食をとったら、ロルフとともに少し仮眠してくればいい」 「ありがとうございます」 「そうさせていただきます」  しばら…
[良い点] いつも楽しく読ませて頂いています。独特の空気感が好きです。 [気になる点] あの…読み間違いではないなら、レネさんまだ帰ってきてないですよね?でもさらりとレネさんのセリフがあったので「??…
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