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ロルフの道2

 ユージンがクソ親父を連れてくると約束した時間の少し前、待ち合わせの店へと行く。ドアを開けてもらって中へ入ると、すぐに店員がやってきた。


「いらっしゃいませ」


 ユージンから渡されたコインを見せる。


「夜明けの夢」


 ついでに合言葉も。口にするのは少しばかり恥ずかしい言葉だけど、ユージンは昔からこういうのが好きだ。


「こちらへどうぞ」


 隠し通路のようなところを通り、個室へと案内される。

 この店に貴族が来ることは滅多にないけれど、富豪はたまに来る。その中には仲が悪いやつらもいるわけで、こうして専用の通路と個室を使うと会わなくて済む。

 いつかこういう店の個室に行ってみたいという、幼いユージンとの会話を思い出す。うきうきしながらこの店の予約をしたんだろうな。


 通されたのは、あまり広くない部屋だった。落ち着いた赤と黒で彩られた部屋は、いかにもユージン好みだ。


「御用があればお呼びください」

「適当な食事と飲み物を頼む」

「かしこまりました」


 お辞儀をして去っていく店員に軽く手を振り、椅子に座る。クソ親父が来ると食事する気分じゃなくなるし、先に食べてしまおう。

 気軽につまめるものを食べていると、ユージンと親父が来た。ふたりが椅子に座り、お酒がグラスに注がれる。店員が出ていったのを確認して、酒で喉を潤した親父が口を開いた。


「ダイソンのこと、と聞いている」

「そうだ。ダイソンの配下であるモーリス・メグレが、オルドラ領で毒を作っている可能性がある」

「モーリスは前皇后に傾倒していた。狂っていたと言ってもいい。ずっとダイソンの配下だったのだから、自然なことだな。マリーアンジュ様が一度肌につけたアクセサリーのために命をかける男だ」

「毒の研究所があるか探してもらいたい。ゆるぎない証拠となる」

「もちろんだ。オルドラ家にあらぬ疑いをかけられないため、王家に恩を売るため、全力で探そう」

「今、モーリス・メグレはバルカ領にいる。こちらはライナス殿下からの手紙だ」


 黙って受け取った親父は手紙を読むと、空の皿の上に乗せた。そのまま火をつけると、手紙は火に包まれてすぐに黒くなってしまった。


「帰り道に襲われないとは言いきれない。証拠は残しておくべきではない。ライナス殿下に、承知したとお伝えしてくれ。オルドラ家のすべてを駆使して探すと」

「わかった。これも渡しておく。モーリス・メグレに関する資料と、通信の魔道具だ。何かあれば連絡をくれ」

「わかった」


 身構えていたのに、クソ親父との会合はあっさりと終わってしまった。ユージンもいるから、安心して任せることができる。

 モーリスの資料にざっと目を通した親父は、酒を飲み干した。


「ロルフが王弟殿下につくと宣言したことだけれど、僕はどちらについても構わない。今の王家はあまりに少なく、争いもない。女に狂うのはどうかと思うが、前王にもいいところがあったね。陛下を支持している貴族は多い。王弟殿下についたほうが、目をかけてもらえることもあるだろう」

「そんな理由じゃない。ライナス殿下は尊敬しているお方だ」

「ん? 違うだろう?」


 クソ親父は、こてんと首をかしげた。おいやめろ鳥肌が立つ。


「エドガルド・バルカが王弟殿下についたから、ロルフもそうしたんだよ」


 ……ユージンにも言われたことだ。自分の人間性を浮き彫りにされたようで、途端に不快感と心細さが押し寄せる。


「王弟殿下はそれで良しとしてくれたんだね。よっぽど味方が少なかったとみえる」

「それは……だが、ライナス殿下も俺の気持ちを知っていて、それでいいと言ってくださった」

「それは甘えだよ、ロルフ。人材が潤沢ならば、ロルフは側近になど選ばれない。自分より優先するものがある人間が、命をかけて自分を守ってくれるはずがない。ロルフは、いざという時に逃げる者を側に置きたいかい? それなのに、なぜ選ばれると思っているのかな?」

「だけど……それはっ!」

「優先順位を間違えてはいけないよ。ロルフが何を一番とするかは、自分で決めればいい。だが、一番ではない者に忠誠を誓ってはいけない」


 クソ親父の言うことは真っ当で、見ないようにしていた自分の醜さを突きつけられた。

 そうだ、ライナス殿下は味方になってくれる人がいないから、第四騎士団で探していた。俺はたまたま……いや、エドガルドのおまけで呼ばれただけだ。


 ライナス殿下は尊敬している。命を預けていいお方だ。


 でも、俺にとっての一番はエドガルドだ。それは絶対に変わらない。



「……帰る。今は俺のことを言い合っている場合じゃない。ライナス殿下にオルドラ家の協力をお伝えしなければ」

「今はロルフの手も借りたいだろうからね。これが終わったら謝罪をしてきちんと身を引くんだよ」


 黙って席を立って部屋を出た直後、腕を引かれた。


「兄さん、これ。父上の言うことは間違っていないけど、勝手にやめる前に、一度王弟殿下と話しなよ。それが許される間柄なんでしょ?」

「……そうだな。クソ親父はいつも正しい。正しいから腹が立つ」

「僕なら、そういう人間だってわかって、適切な場所に配置するけどね。自分のことを一番に考えてくれるならそれが一番いいけれど、そうしたら人なんて残らないよ。父上だって、父上を一番にしている人はいないのに、何を言ってるんだか」

「王家ならば許されないということだろ」

「王族だって人間だよ。人によると思うな」


 ユージンから渡されたのは、小さなコイン型のチョコレートだ。

 クソ親父に欠点を指摘されたり正論を言われて二人で怒りがおさまらなかったとき、こっそりかじったチョコレート。いつも、親父の執事がくれたっけ。


「確かに、正しいんですがねえ……。言い方や伝え方を変えれば、もっといいんでしょうが」


 とは、執事が親父を表現した言葉だった。それでも親父にずっとついているのだから、二人にしかわからない信頼があるのだろう。


「いや、親父が正しいよ。ユージンのアドバイス通り、ちゃんと話し合ってくるさ」

「帰りに気をつけて。また帰ってきてね」

「ユージンも元気で」


 軽く手を振りあってから別れ、店を出る。すっかり月が空を支配して、月光が道を照らしている。


「さーて、行きますか」


 自分を奮い立たせるために明るく言って、軽く体をほぐす。街を出て人がいなくなったところでバイクに乗り、別荘を目指した。

 考える時間はたっぷりあった。




 ライナス殿下がいる別荘へたどり着いたのは、二日後の明け方だった。

 バイクをおり、軽く手足をぶらぶらとさせてから別荘へと入る。今起きている側近は誰か考えながらドアを開けると、そこにはライナス殿下がいた。


「おかえり、ロルフ。その顔を見ただけで、うまくいったことがわかる」

「ただいま帰還いたしました。さすがご明察、バルカ家が領内の研究所を探します」

「ありがとう、ロルフ。これで一歩近付いたな」

「はい。こんなところにひとりで危ないですよ」

「なんだか目が覚めて、別荘内を少し散歩していた。窓からロルフが帰ってくるのが見えたからな。乗っていたのは、バイクか?」

「はい。珍しいものに乗ることができました」

「いいな。今度私も乗らせてもらおう」


 少年のように笑うライナス殿下に、クソ親父からの言葉を伝えていいか迷う。今言うべきではない。だが、いつ言えばいいのかもわからない。


「……ユージン・オルドラから連絡が来た。通信の魔道具を渡してくれたのだな」

「ユージンが……?」

「悪いが、ロルフの悩みは聞かせてもらった」

「……っ!」


 こつ、と僅かな音がして、自分が後ずさっているのを知った。

 ライナス殿下に知られたくなかった。自分勝手でわがままな願いだが、知られたくなかった。ライナス殿下にお仕えしたいと思ったのは本当なのに、それでも俺は、


「正直に言えば、どうして悩んでいるかわからなかった」

「……え?」

「仕える者を第一にするのは理想だが、大切な者がいない人間は、滅多にいない。そもそも、貴族の家に生まれたのならば、家を第一にする思考が染みついているはずだ」

「あ……」

「……私は、誰かを大切にする者にこそ、側にいてほしいと思う。愛する気持ちがわからない者が側近になれるとは思えない」


 両肩に置かれたライナス殿下の手は、大きくてあたたかい。


「ロルフがエドガルドを大切に思っていることは知っている。知っていて、側近にと願った。私が命の危機に瀕したとき、動機がどうであれ、ロルフは命をかけてくれると思ったからだ」

「ライナス殿下のために、この命はいくらでもかけます! エドガルドと同時に狙われ、どちらかしか助けられないとしても。でも……そうしないと、側近としてのエドガルドの気持ちを守れないからです。そんな理由でも……」

「そんな理由でもいい。理屈をつけて逃げることは誰にだってできる。だが、理由をつけて命をかけられる者を、信頼しないはずがない。主である私がいいと言っているのだから、それでいいんだ」


 ……なんて優しく笑う人なんだろうか。怒ってもいいはずなのに、まだ俺の心を救おうとしている。

 それなのに、俺は。


 跪いて、深く首を垂れる。


「……ライナス殿下に忠誠を誓うエドガルドを支えることで、私の忠誠を示します」

「人の気持ちの示し方はそれぞれだ。私がそれについて何か言うことはない。第四騎士団でロルフに出会えて、よかった」


 差し出された手をおそるおそる取ると、勢いよく引っ張り上げられた。


「みなが寝ているうちに、バイクに乗ってみよう! シーロとアーサーが起きたら、乗りたいと騒ぐだろう?」

「……はい。お教えいたします」


 心からライナス殿下にお仕えしたいと思った朝は、眩しくて、とても目を開けていられなかった。


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