ロルフの道1
今日は月が明るくて助かった。馬車が通れる道は広く、明かりをつけずともよく見える。
しばらく走っていると、道の横に魔道具が置いてあるのが見えた。
「これは……バイオドル・イリッシア・クエーサー! 略してバイクじゃないか!」
作るのが難しく、滅多に作られない、見ることすら少ないバイク!
タイヤが前後にふたつしかなく、バランスをとるのが難しいが、そこが格好いいんだ!
月夜に紛れる漆黒のボディ! 金色で波のような模様が描いてあるのが最高だ! ボタンで移動速度を変えられる画期的な乗り物、それがバイク!
「どうしてここにバイクが……?」
興奮しながら近付くと、メモが貼り付けてあるのが見えた。
”ロルフ様、どうぞお乗りください”と書かれた文字は、魔道具で書いたように綺麗だった。わずかな癖が、人が書いたものだと教えてくれる。
これは……使用人が用意してくれたのか。アリスいわく「ニージャ」という人に似ているらしい使用人は、未だに一度も見たことがない。
時折気配を感じるが、そういう時は決まって綺麗にされた服が戻ってきていたり、必要なものが置いてあったりする。
本当に誰も姿を見ていないので、エドガルドに聞いてみると、
「おじい様に鍛えられて、この別荘を任されているからな。バルカ家でも随一の実力だよ。気配をわざと察知させて、僕たちへ合図しているんだ。その人に合わせて、どれほど気配を出すか変えているはずだ。考え事をしていると気づかないことがあるから、僕はまだまだだな。ロルフはすごいよ」
「そうか……」
返事はしたものの、正直よくわからなかった。
使用人なら、姿を現せばいいんじゃないか? なぜ出てこず、気配だけですべてを察知させようとするんだ?
エドガルドは、こういう時にバルカ家の人間だと思い知らされる。貴族にしては、ちょっと、だいぶ、思考と感覚が戦士寄りだ。エドガルドは本物の騎士を目指していて、グリオンも騎士ということになっているが、戦士に近いんじゃないかと思う。
「オルドラ領までよろしくな!」
バイクに挨拶をしてから乗り、夜道を駆ける。
本当は街で馬を買って、夜通し駆けるつもりだった。アリスには馬車で移動すると言ったが、それじゃあ時間がかかりすぎる。
乗り物の魔道具は珍しく、この街には置いていないと確認がとれている。だから馬で行くはずだったのに……まさかバイクがあるとは!
街を大きく迂回して、オルドラ領まで突っ走る。速度を変えてなめらかに走るのにコツがいるが、慣れるとスムーズにできるようになった。
朝になり人通りが増えてくると、道を外れた森の中で仮眠をとった。髪と目の色を変えることも忘れない。
日が落ちて暗くなって人通りが減ると、バイクにまたがる。この魔道具は目立つから、できるだけ人に見られたくない。
夜道をバイクで飛ばして、オルドラ伯爵が家を構えている街についたのは二日後のことだった。夜道を走るのは神経を使うし、ずっと同じ姿勢でいたから体のあちこちが痛む。
でも今は、無事にたどり着けた安堵感が大きかった。バイクをマジックバッグに入れ、街へ入る。
オルドラ家があるから、この街は領内で一番栄えている。活気があって人も多いので、念のため帽子をかぶってから、一軒の宿に入った。
「いらっしゃいませ。ご宿泊でよろしいでしょうか?」
「ああ。ジャスミンの部屋を頼む」
「かしこまりました。ご案内いたします」
人に連れられ、部屋に案内される。一人部屋なので狭いが、角部屋だ。
「さーて、ユージンに連絡をとるか」
弟と秘密のやり取りをするために、昔考えた方法だ。今まで数度しか使ったことがないから、弟が気付いてくれるかは一種の賭けだったが……。
一時間後、弟と決めた合図がドアを叩いた。
ノックを3回、1回、3回。
剣を抜き、ドアの陰になるように隠れてドアを開けると、素早く人影が入ってきた。ドアが閉められ、まっすぐに俺を見る瞳。
防音の魔道具が起動され、弟は勢いよく俺に抱き着いてきた。
「兄さん!」
「うぐっ……!」
く、首! 首がしまってる!
「ぐっ……け、剣を持ってるから、危ないぞ」
それでも首にかじりついてくる腕の強さは変わらない。なんとか剣を鞘に納め、久しぶりにハグをすると、ユージンはようやく落ち着いたようだった。
「いきなり王弟殿下につくと言ったり、行方不明になったり、こうして連絡してきたり! 一体なにがあったんです!?」
「いろいろあったのさ。王弟殿下につくと知った時、クソ親父は喜んでただろ?」
「……まあね。兄さんが、オルドラ家は関係なく自分だけが王弟殿下につくと言っても、オルドラ伯爵家が無関係だということにはならない。城にさらなる基盤ができたって言ってたよ」
ぶすっとした顔をして、ユージンは拗ねた目で俺を見上げた。俺よりほんのわずかに低い身長が嫌だと言うが、こういう時には活用してくる。
「王弟殿下についたのは、エドガルドがつくって言ったからだろ」
「それもある」
「エドガルドが頷かなかったら、兄さんもそれに続いたはずだ。誰に何を言われたって、僕は構わない。兄さんがいつでも帰って来られるようにしてある」
「ありがとうな。でも、俺が帰ったらみんなの意見が割れる。それは望んでないんだ」
「まとめ上げてみせる。だから兄さん、帰ってきたくなったらいつでも帰ってきて。夜中でも、連絡なしでもいい」
クソ親父から、すでにいくつかの仕事を任されているらしいユージン。立派に成長したのに、こういう時は夜中に怯えて一緒に寝たことを思い出す。
アリスが弟を可愛がる気持ちが、よくわかる。
「飲み物と菓子がある。一息ついて、家を出てからの話をさせてくれ」
アリスが作って入れてくれたコーヒーとチーズクッキーを、マジックバッグから取り出してテーブルに置く。甘いのが得意じゃない俺のために作ってくれたものだ。
ユージンと一緒に食べながら、俺は第四騎士団に行ってからの話をした。
姿を変えていたライナス殿下の人柄を尊敬していて、正体を明かされて側近にと言われた時に頷いたことから始まり、ダイソンの企み、騎士団への襲撃。
とある場所に姿を変えて隠れ、毒を作っているらしき人物を突き止め、今はそれを追っていることまで。ぼかしつつ話し終えた。
「……オルドラ領で毒を作られた可能性があるってこと?」
「そうだ。モーリス・メグレが外に出てきたのは最近のことだが、オルドラ領にも研究所があるかもしれない」
「……ありがとう、兄さん。ダイソンやモーリスを捕まえた後から言われるより、いま知って研究所を探すほうがいいに決まってる」
「クソ親父は、ダイソンに与しているか?」
ユージンは、ハッと顔を上げた。
「それは……いや、まさか……」
「思い当たることが!?」
「いや、ないけど」
「ないのかよ!」
思わず軽く頭をはたくと、ユージンは笑った。
「だって、有り得ないことを兄さんが言うから」
「俺だってそう思っているが、証拠もなく思い込みだけで、モーリスのことをクソ親父には言えないだろ」
「それは大丈夫だよ。父上はそんな得にならないことをしないし、するとしても、口約束でダイソンと協力すると思う?」
「思わない」
「絶対に隠し金庫かどこかに誓約書を隠している。だけど、それはないと言いきれる」
「なぜ?」
「隠し金庫がある部屋を、魔道具でずっと録画してるから。ずっと昔から」
「え……」
録画? ユージンが?
小さい頃、雷が怖くてトイレに行けないと泣きべそをかいてたユージンが?
「もし兄さんに何かしようとしているなら、僕が止めなくちゃって」
「あ……ありがとう……?」
「いいんだ、僕がしたくてしていることだから。とにかく、父上が隠し金庫に置いてあるのは、領地に関する大事な書類や誓約書だけ。ダイソンは関係してないよ」
「…………そうか」
いろいろとこみあげる感情があったが、うまく言葉にできなくて、頷くだけになってしまった。
「父上がダイソンや怪しい人間と会っていたこともないよ」
「……そうか」
なぜ言いきれるか、聞かなくちゃいけないのに、聞けない。
ごくりと喉をならす俺を見て、ユージンは笑った。金色の、綺麗な髪がさらりと揺れる。
「だって、父上は仕事はできるけど、ほかは駄目でしょ? 利益は出るけど人の恨みをかったり、後から立ち行かなくなりそうだから、色々とみんなに協力してもらってるんだ」
「あのクソ親父、どれだけ信用がないんだよ……」
「仕事はできる。そこはみんな認めて、信頼してるよ」
クソ親父の問題は、仕事以外のところなわけで。
天使のようだった弟が、いつの間にかオルドラ家を掌握している事実に、少しばかりめまいがした。
早々にオルドラ家を支配するのではなく、クソ親父の仕事の能力を活かしつつ、なんならたまに裏で手をまわしながら、オルドラ家を把握している。
クソ親父もそれに気付いて、気にすることなく放置していそうだ。
「まあ、父上が僕を次期当主に指名したからね。僕の仕事の能力は確かってことだから、そこを認めてもらってるのは助かるよ。僕も、オルドラ家を発展させる仕事がしたいし」
真面目な顔から一転、にやりと笑ったユージンは、軽く小突いてきた。
「兄さんが定期的に帰ってこないと、当主の座を兄さんに引き渡すからね」
「それはやめてくれ」
「やっぱり、兄さんに当主は向いてないよ。僕は苦痛じゃないし、むしろ向いてるから、これでよかった。まあ、兄さんが帰ってこなかったらどうするかわからないけど」
「脅すなよ」
「兄さんが帰ってくればいいだけだよ」
にっこり笑う弟には勝てそうにない。肩をすくめて、クソ親父とどう密会するか、話し合うことにした。