ケーキの先端とは?
大量のケーキを買うのに時間がかかり、お城の家に帰ってきたのは昼前だった。
エドガルドから渡されたのはマジックバッグだったから、なにが入っているかの確認で王城に入るのにも時間がかかったし、門からここまでがあまりに長い。
門をくぐってから、王城内を移動する専用の馬車で、寮まで15分もかかる。
ようやく住み込みの家までつくと、エドガルドがそわそわと駆け寄ってきた。
「ノルチェフ嬢! 僕のために、申し訳ありません」
「わたくしは、わたくしのために買い物へ行ってきただけです。ひとりでこれだけ食べるなんて知られたくありませんので、バルカ様もご一緒してくださいませんか? もちろん、ケーキは食べなくて結構ですので」
「……ありがたい申し出ですが、レディと密室でふたりきりになるなど」
「では、家にあるテーブルを外に運ぶのをお願いしてもいいでしょうか。今日は天気もいいですし、外でティータイムをするのはきっと気持ちいいですもの」
エドガルドがひょいっと出してくれたテーブルの上に、マジックバッグを置く。
昨夜は無造作にドアノブにかけてあったけど、とんでもなくお高いものだ。時間の流れがほぼ停止しているやつ。わたしじゃ一生買えないものを持ち歩くのは、正直めちゃくちゃ怖かった。
ケーキと一緒に、瓶に入っている紅茶とコーヒーを出す。エドガルドがどんな飲み物が好きかわからなかったから、ケーキ屋さんで両方買ってきた。瓶に入っていて、注ぐだけでいいものだ。
ストレート用ミルク用など、たくさんの種類があって、瓶がきれいで見ているだけで楽しい。
カップとソーサーを出すと、木陰で優雅なティータイムをする準備ができた。
「では、わたくしは家の中に入っていますので」
「いえ。一緒にいてください」
「あ、わたくしもいなければ怪しまれますものね」
「違う。そうじゃなくて……」
エドガルドは輝くケーキのなかに言葉が落ちていないか探し、まっすぐわたしを見た。
エドガルドと目が合ったのは、数えるほどしかない。けれども今は、そのどれとも違った。
底が澄んでいる黒い瞳が、わたし個人をはっきりと認識し、わたしも、ただのイケメンとしてではなくエドガルド個人を見つめている。
「……この喜びを、分かち合いたいのです。ほかでもないあなたと共に」
「それは光栄ですが……ケーキが少なくなってしまいます」
エドガルドはわずかに瞠目し、笑った。
「女性は、甘いものがお好きですからね」
遠まわしな「食い意地が張ってんな」という言葉に、つんと澄ます。
「おいしいものは正義ですもの」
「おいしいは正義……たしかに、そうですね。だからこそ、勝利の美酒をともにいただきませんか? それに」
言葉を区切り、目じりにわずかな色気を灯して、エドガルドの流し目がわたしをとらえる。
「ケーキがなくなったら、また買えばいいのでしょう? あなたが教えてくれました」
そう教えたことはない。
が、言えない。
肯定も否定もせずに微笑んで、エドガルドのそばにあった椅子に座った。お茶をいれようとすると、エドガルドから制止がかかる。
「自分のことは自分でしますから、どうぞお気遣いなく。お互い、好きなようにしませんか」
「賛成です。……不敬とか、言いませんよね?」
「もちろんです。言葉遣いも、かしこまらなくていいですから」
エドガルドは自分で紅茶をカップにそそぎ、きらきらと輝くケーキを見つめた。
手に取ったのは、シンプルでありながら王道の、一番人気のケーキだ。そうっとフォークを入れ、口に運んだエドガルドは、目をつむって感激に震えている。
まじまじと見るのも失礼なので、目をそらしてケーキを選ぶ。数分悩み、期間限定以外のものを食べることにした。お店にいつでもあるなら、わたしが食べてもまた買いに行ける。
気になっていた紅茶を飲み、ほうっと一息ついてケーキを食べる。
「お、おいしい……! バルカ様、すごくおいしいですね!」
「ああ……これはきっと神が与えた奇跡です」
エドガルドはもうケーキ3つ目なのに、食べるスピードをいっさい落としていない。これは根っからの甘党の予感。
・・・
エドガルドとは時折穏やかに会話しながら、ケーキまみれのティータイムは終わった。ケーキ10個はさすがに食べすぎだと思う。言えないけど。
帰りにケーキの入ったマジックバッグを渡そうとしたけど、拒否された。
「毎日食べてはいけないことは、さすがにわかります。手元にあったら誘惑にあらがえないでしょう。……ノルチェフ嬢には申し訳ないですが」
「お気になさらないでください。わたくしもおいしいものが食べられて嬉しかったですもの」
「……ノルチェフ嬢は、宝石のごとくきらめくケーキの先端ですね」
……褒められてる……のか……? さっぱりわからん。
エドガルドがちょっと照れつつ頬を赤らめているので、たぶん彼にとっては誉め言葉なんだろう。
「次の休日もお邪魔してもいいでしょうか? ノルチェフ嬢はお好きなことをしていて構いませんので」
「もちろんです。お待ちしておりますね」
休日は住み込みの家で、将来に備えて堂々と料理の練習ができる。レシピだって料理本だって仕事のためだといえば買ったってなにも言われない!
なにしろ貴族が働くのはよくないとされている。王城に勤めるのは例外で、国王に忠誠を見てもらう機会なんだそうだ。
貴族の女性が自分から動いて、下働きのようなことをするなんてもってのほかだ。料理を趣味でする程度なら目こぼししてくれるけど、料理本を買ったり誰かに師事したり、本格的に学ぼうとすると非難の嵐だ。
だから、今までこそこそと試行錯誤するしかなかった。
でもこれからは、仕事を理由にして好きに学べる。そして、将来これで生計を立てるのだ!
行かず後家として家に残れないから、まぁほぼ平民として生きていくことになるだろうけど、元が庶民なので抵抗はない。あとはトールをどう説得するかだけど……うーん……。
シスコンをこじらせている弟を思い出し、いま考えるのはやめた。トールにも好きな人や婚約者ができたら、すこしは姉離れするだろう。たぶん。