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邂逅

 朝日で目覚めて、思いきり背伸びして起き上がる。寝起き特有の気だるさはあるけれど、思ったよりも頭がすっきりしている。

 ちょっと固めのベッドが体に合っているのかも。学校のベッドはふかふかで気持ちよかったけど、体が沈みすぎてるような気がしてたんだよね。


 まだ眠っているエミーリアを起こさないように、そうっと移動して顔を洗って髪をとかす。

 軽いお化粧と、低い位置でひとつに結んだ髪。昨日買った、淡いオレンジ色のリボンをつけた。

 いまこの街で流行っているそうで、端に少しだけレースがついている。これをつければもっと街に馴染めるし、購入したお店に行けばスムーズに会話できるかも。


 一階におりると、もう朝食の準備がしてあった。忍者夫婦の朝は早いらしい。

 朝食がなかったら何か作ろうかと思っていたけど、使用人の仕事を横取りしたら悪いよね。逆の立場なら、もしかして口に合わなかったのかもしれないって思っちゃうかもしれない。

 少し考えて、部屋へ戻って便箋を取り出した。忍者夫婦にお礼の言葉を書き、料理の腕が鈍らないように、ときおり自分も作りたいと書いた。


「……昨日書いておけばよかったな」


 嫌な気持ちにさせていたら申し訳ない。

 使用人の部屋に続くと思わしきドアの下に封筒を入れ、もう一度ダイニングのドアを開けると、エドガルドがいた。


「おはようございます、エドガルド様。早いですね」

「おはようございます。アリスこそ早いですね」

「習慣でつい早く起きてしまうんです」

「わかります」


 エドガルドの前には、パンとジャムがどっさり置いてある。

 わたしはクロワッサンやくるみパンが好きだけど、騎士さま達はそれじゃお腹がいっぱいにならないので、朝からどっしりしたパンを食べる。

 ふわふわスクランブルエッグに、いろんな野菜をバターで焼いてハーブをかけたもの、ローストされた数種類の肉。ソーセージ、ハム。

 よく動きよく食べる男性用の朝食は、いつ見てもすごい。


「わたしも一緒にいただきますね」

「もちろんです。玉ねぎがおすすめですよ。時間をかけて火を通したものに、ハーブバターをかけてあるんです」

「わっ、甘い……! 玉ねぎがすごく甘いですね!」

「そうなんです。他にもいろいろありますので、アリスにも楽しんでもらえればいいのですが」


 ちょっとそわそわしたエドガルドが、大型犬の子犬のように見える。

 いい思い出がないんじゃないかと勝手に心配していたけれど、エドガルドにとって大事な故郷のようでよかった。


 クロワッサンにチョコレートを挟んだものを一緒に食べて、食後のお茶を飲む。

 あんなに食べたエドガルドが、いつまでたっても細いままなのが羨ましい。運動量がすごいんだろうな。筋トレしたいけど、エミーリアと同室の今、そんなことをすれば狂ったと思われてしまう。


「……アリスにも、ぜひバルカ領を気に入ってほしいです」

「ひとつの街に行っただけですが、活気があって皆さん優しくて、とてもいい街ですね!」

「よかったです。もし……もしアリスが気に入って、定住したいというのであれば、歓迎しますから」

「えっと、それは……」

「僕と結婚して、という意味じゃありません! いえ、そうなってくれれば非常に嬉しいですが! そうではなく、ただ単純に……僕が生まれ育った土地を気に入ってもらえれば、と。それに、お店を出すんですよね? 候補のひとつにいかがですか? 住民は気のいい人が多く、助け合うことも多々ありますので、住みやすいですよ」


 バルカ領のアピールと、変わらない気持ちを混ぜてアピールしてくるエドガルドの顔は輝いている。


「この街は、とても気に入っています。二号店を出すことがあれば、第一候補にしますね」

「二号店ですか……」

「うちはトールがいますので、あまり王都から離れると……ちょっと」

「……ああ」


 トールの名前だけで察してくれたエドガルドは、残念そうに首を振った。


「僕は街へ行かず、鍛錬をすることになりました。バルカ家へ行けば、僕を知っている人間がたくさんいるので」

「変身の魔道具はないんですか?」

「もうじき送られてくる予定です。父は騎士に向いていませんが、訓練は祖父と同等のものをこなしています。別人になりきらなければ、玄関に入る前に見抜かれてしまう。街に行けないのは悔しいですが……ライナス殿下のご命令なので」

「やっぱりロアさまは優しいですね」


 それって、父親と向きあうエドガルドのために、精神統一する時間を作ってくれたってことだよね?

 上に立つ者としては甘いかもしれないけれど、そこがロアさまのいいところだと思う。


「……僕も、そう思います」


 微笑むエドガルドは、騎士団にいる時よりしっかりしたように見える。小さいときから家を継ぐためにたくさんのことを努力してきた自信というものが、最近少しずつ顔に出ているような気がする。

 わたしより年下で、トールと似たところもあるけれど、やっぱりエドガルドはエドガルドだ。


「街へ行くのは昨日の3人に任せるとおっしゃっていたので、僕にもすることがあると、考えすぎませんし」

「そうなんですか? エミーリア様と一緒に行くと思っていたんですが」

「テルハール嬢は気丈にふるまっておられますが、やはり連日の外出は難しいでしょう。ここにライナス殿下もおられる以上、これ以上人数を減らすのも難しいのです」

「では、頑張って情報収集してきますね!」

「お願いします。3人にお願いするのは、モーリス・メグレを探っている人数を悟らせないためでもあります。背後に何人いるかわからなければ、モーリス・メグレもすぐに動けないでしょうから」

「わかりました。わたしひとりで聞きまわっているってことにしておきます」

「ええ。……お気をつけて」


 エドガルドがぎゅうっと手を握ってきたけれど、これは色恋のやつじゃない。仲間の安否を気遣う、純粋な気持ちだ。

 握られた手が熱い。エドガルドがどれだけ心配してくれているか、熱を通して伝わってくるようだ。


「バスケットに防犯の魔道具をつけているので、大丈夫です。いざとなれば、生のじゃがいもをすりおろす力で作動させます!」


 そして逃げるのだ! 戦って勝てるわけがないので、とにかく逃げる!


「そういう時に逃げ込める場所を、いくつか用意しました。地図で確認してからお出かけください」

「……わかりました!」


 ぐっと握りこぶしを作るが、まったく自信がない。

 わたしはちょっぴり方向音痴なのだ。地図を見てもさっぱりわからない。握りこぶしがだんだん下がっていき、ついには力なく項垂れる。


「……街に入ったら、まずこの場所の近くを通って確認します」

「逃げ込めないようでしたら、違うところへ行ってください。逃げきるのが一番なので」


 ……エドガルドと一緒に、ちょっと鍛錬でもしようかな。走る練習だけでもしておこう。


 ちょっと走って休憩して、お昼前に街へ向かって出発した。今日は昨日の市場で昼食をとる予定だ。

 ここでモーリス・メグレが来るまで待って、状況に応じてもうひとつの市場の調査もするらしい。


 今日は馬車に3人しか乗っていないので、街には馬車に乗ったまま入る。どこかで馬車が止まり、まずはシーロがドアを開けて出た。

 馬車は、建物のすぐ横につけられている。馬車のドアと家のドアが重なっており、顔や姿を出すことなく家の中に入れた。


 ひとりずつ馬車からおりて建物の中に入ると、どこかの家の中に出た。どこか生活感がないように見えるのは、やけにきちんと整頓され、小物などがないからだろうか。


「お疲れ様です。今度はここから出入りするので、場所を覚えておいてくださいね」

「わかりました」

「アリスは好きに動いて。ボクとシーロが、絶対に近くにいるからね」

「はい。今日はまず避難場所を確認して市場に行く予定です」

「わかりました! 迷わないようにお気をつけて!」


 足音などがしないことを確認して、家を出る。天気が良くて太陽があたたかいので、風が少し冷たいのがちょうどいい。

 まずは避難場所をひとつ、しっかり覚えてから、次は市場を目指した。昨日も来たから新しいことはあまり聞けないかもしれないけれど、ようやく何か任されるようになったので、つい張り切ってしまう。


「こんにちは。今日もお買い物していいですか?」

「昨日のお嬢ちゃん! あんた……」


 おばちゃんがハッとして口をつぐむ。何が、と考える前に、体が影に覆われる。


「君が、僕を探っていたお嬢さんかな?」


 勢いよく後ろを振り返る。

 そこには、大きな男が、わたしに半ば覆いかぶさるように立っていた。


 癖のある長めの黒髪の下には整った顔があるのに、目には光がない。エドガルドより背が高いのに、思ったより筋肉があってどっしりしている。

 軽い声色が、厚めの口から吐き出された。


「よかったらお茶しない?」

「お茶……ですか?」

「そう、お茶。……あれ、違った? こういうふうに誘うって聞いたんだけど」


 首を傾げるモーリス・メグレを前に、脳みそが高速回転する。

 ……助けを呼んでは駄目だ。モーリスがレネとシーロの存在を知っているかわからないのに、こちらから情報を与えるわけにはいかない。

 防犯の魔道具も使わないほうがいい。探っていたお嬢さんと言われたあとにそんなものを使えば、疑いが確信に変わり、モーリスはこの街から逃げてしまうだろう。


 どうする、わたし!


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