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ウマイカのピリュイ

 この街は、バルカ領で2番目に大きいらしい。行きかう人たちも、老若男女さまざまだ。

 市場は二か所あり、まずは近いところへ行ってみる予定だった。歩いて一時間ほどだから、この街の雰囲気を感じながらの散歩になる。


 しゃきしゃき歩きながら市場についたのはちょうど昼過ぎで、まだ閉店している店はなかった。

 露店がみっちり詰まっていて、雨よけの布が鮮やかだ。野菜や肉や魚などが並べられていて、活気づいている。

 少し進んだところにハーブの店があったので、覗いてみる。モーリス・メグレが来たのなら、ここでもなにか購入しているはずだ。


「こんにちはー。見てもいいですか?」

「いらっしゃい! 好きなだけ見てってよ。うちは新鮮なものしか置いてないからね!」


 店にいたのは、明るいおばちゃんだった。これも飲食関係の店になるからか、露店には女性の姿が多い。


「たくさんありますね! 目移りしちゃう」

「どんどん見て、どんどん買ってって! あっはっは!」

「じゃあ、たくさん買っちゃおうかなー!」


 こういうノリは久々で楽しい。

 それぞれ別れて店を覗いたり話しかけたりしているレネとシーロも、特に動じていないようだ。


「あっでも、本当にたくさん買う予定なんです。ほかにたくさん買っている人とかいないんですか?」

「いるっちゃいるけど、そんなの気にしなくていいよ。ほかの店で買うだけさ」

「その人が怒らないなら、それでいいんですけど」

「うーん……たぶん、大丈夫だとは思うけど」


 おばちゃんは気になるところで言葉を止め、上から下まで、じっくりとわたしを見た。


「お嬢ちゃんは可愛いからね、気を付けたほうがいいかも」

「えっ、危ない人なんですか!?」

「そうとは言いきれないんだよ。ジョークもよく言うし、金払いもいいけど、目がちょっとねえ……」


 モーリス・メグレだ。

 キャロラインが言っていた情報と一致する。


「目が見えない方なんですか?」

「そうじゃなくて、目が笑ってないというか……まあ、いいさね。あの男がうちで買ってくものは決まってるから、お嬢ちゃんがそれを買うなら、ちょいと残しといておくれよ」

「なにを残しておけば?」


 おばちゃんは特に疑うことなく、モーリスらしき人物がいつも買うものを教えてくれた。


「ありがとうございます。じゃあ、それ以外を買っていきますね」

「ありがとねー」


 今日は目立つマジックバッグではなく、地元の人がよく使うカゴバックを持ってきている。

 それにハーブを入れ、ついでにおすすめの料理などを教えてもらってから、店を後にした。

 ほかの店でも買い物をしたり、ジュースを買って飲みつつ周囲の話を聞く。いろいろ寄り道したので、一本道の市場の端までたどり着いたのは、それなりに時間が経ってからだった。


 今度は市場の一本横の道を通って、馬車に乗る予定のところへ向かう。

 通りが違うだけで、食器や調理道具や服などの店がメインになり、がらりと印象が変わる。

 こっちでもモーリス・メグレの探りを入れながら買い物をしたけれど、こっちでは目撃情報が、がくんと減った。


 街を出てしばらく歩いて、乗る予定の馬車を見つけ、さっと乗り込む。少ししてから、レネとシーロがそれぞれ時間をあけて馬車に乗り込んできた。

 すぐに馬車がゆるやかに動き出す。


「私たちだけで先に帰りましょう。あの方たちは別の馬車で帰ってくる予定です」

「乗ってきた馬車はひとつですけど、大丈夫なんですか?」

「はい。使用人がもうひとつ用意してくれました」


 まだ姿を見ていない老夫婦の使用人、本当にすごいな!

 年を取ったから別荘にいるんじゃなくて、本当に信頼できる凄腕の使用人だからこそ別荘を管理している感がすごい。


「……待ってください、ここに3人いるのにどうして馬車が動いてるんですか?」

「使用人のどちらかが御者をしてくれてるんだよ」

「ほ、本当に……?」

「うん。そう言われてるから安心して」

「私たちも、きちんと裏は取りましたよ」


 ここまで徹底して姿を見せないって、本当に忍者みたい!


「わたしでも簡単にモーリスの目撃情報が集まったんですが、おふたりはどうでした?」

「こちらもです。モーリス・メグレが近辺にいるのは間違いないようですね」

「特に自分を隠している様子もないんだよね。名前は明かしてないけど、変装もしてないし……ダイソンはそれを許してるのかな」

「知ってはいるだろうね」


 ダイソンに関しては、よくわからないことだらけだ。普通なら、毒を作っている人を隠しそうなものだけどな。


「モーリス・メグレらしき人物がいつも買っているものを聞いてきました」

「すごいじゃん、アリス! 僕は次に来そうな日とか、住んでそうな場所を聞いたよ」

「私もです。次に来そうなのは明後日なので、念のため明日も市場に行きましょう」

「おふたりのほうがすごいですよ! うまくいきそうな気がしてきました!」


 別荘へ戻ってしばらくすると、ロアさまたちも帰ってきた。

 エミーリアはすこし疲れている様子だけど、寝込むほどではなさそうだ。薬の効果があるようで、よかった。

 ひっそりと用意されていたハーブティーを飲みながら、みんなで座って話をする。


「わたくしの伝手で、モーリス・メグレの情報を聞いてきましたの。信頼できる方からの情報ですし、そちらが市場で聞いたものと同じ内容ですから、信憑性が高いですわ。次にモーリス・メグレを見かけたら後をつけて、どこに住んでいるか突き止めて中を探れば、何かしらの証拠は出てくるのではないかしら」

「その通りだが、安易に探れるとは思わないでほしい。絶対に何かある」


 たしかに、見つかったら即アウトなことをしているのに、何も仕掛けていないとは思えない。


「爆発とかしそうですしね」


 思いついたことをさらっと言ってみると、みんながぎょっとした。


「バレそうになったら、研究所ごと爆破して証拠隠滅って、ありそうじゃないですか?」

「……あり得る。モーリス・メグレがどのような人物かわからないが、ダイソンならば実行する可能性がある」

「慎重に調査しないとですね。防犯の魔道具を持っていても、無傷ではいられないかもしれません」

「その通りだ。それにしても……情報が集まりすぎている。この情報が、我々を釣る嘘かもしれないと思いながら行動しよう」


 頷きあって、今日の成果を噛みしめる。

 嘘の情報かもしれないけど、モーリス・メグレがこの街の付近にいることは確かだ。騎士団から逃げ出した時に比べれば、とても前進している。


「せっかくですし、今日買ったもので何か作りましょうか」


 立ち上がってキッチンへ行くと、下ごしらえくんと調理器くんがいた。


「こんなところにまで二人がいてくれるなんて……!」


 感極まって、思わず抱きつく。

 貴族の別荘だから、ここに下ごしらえくんと調理器くんがいるとは思っていなかった。もし二人に魂があるのなら、第四騎士団からついてきてくれていると信じている。

 二人がいれば、わたしに作れないものなどない!


「久しぶりにとんかつでも作りますか? 勝負に勝つで、とんかつです!」

「いいですね! 学校で食べた以来でしょうか。せっかくですし、一緒にウマイカのピリュイも食べませんか?」

「ウマイカのピリュイって食べられるの!?」


 何回か出てきたけど、結局なにかわかっていない謎の生物? である、ウマイカのピリュイ。


「食べられますよ。ピリュイは縁起物なんです。ウマイカのだけですけどね」


 ピリュイってそんな何種類もあるものなんだ!?


「あの、ウマイカのピリュイってどんなものなんですか……?」

「ご存じのとおり、ウマイカは素早くて、生け捕りはとても難しいですよね」


 そうなの!?

 ご存じの通りって言われても、なにもご存じじゃない!


「そのピリュイとなれば、なおさらです。ウマイカのピリュイは、勝利をもたらすと言われています。酢漬けにするのが一般的ですね」

「……では、甘酢にでも漬けますね」

「お願いします! とんかつとピリュイを一緒に食べられるなんて、嬉しいですね」


 アーサーはにっこにこで、他の人もみんな同じ顔をしているのに、わたしだけ乗り切れていない。

 ウマイカのピリュイについての謎が深まるばかりだ。


 珍しいものがこの別荘にあるかはわからなかったけど、探したらちゃんとピリュイがあった。

 サンゴ色のぐんにゃりとしたそれには、吸盤らしきものがついている。


「これ……タコとイカの脚を足して割らない感じの食べ物!」


 茹でたものをちょっと食べてみたら、タコと貝を足した味で、食感はイカだった。


「おいしいけど……酢漬けにするのもわかるけど……なんかこう……!」


 想像と違うっていうか! ウマイカっていうから、馬っぽい生き物の尻尾みたいなものだと思ってたのに!

 すっきりしきれないモヤモヤが残ったけど、甘酢漬けはおいしかった。


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[一言]  酢だこ…?
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