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グリオンの後悔

 人気のない家の中を移動し、応接室までやってきた。


「ライナス殿下、レディ方、どうぞお座りください」


 ロアさまが座り、エミーリアも続いたので、おとなしくエミーリアの横に座る。

 そのほかの人は、ロアさまを守るように立った。グリオンがソファに深く腰かけ、一度だけ目をぎゅうっと瞑る。


「……お茶も用意せず、申し訳ない。ここにいることは、できるだけ知られないほうがいいかと思いまして」

「気遣いは不要だ。我々に協力してくれることを感謝している」

「もったいないお言葉です。ライナス殿下のお役に立てるよう尽力いたします。そのために……少しばかり、ジジイの昔話に付き合っていただきたい」


 グリオンは、ロアさまの後ろに立つエドガルドに目を向けた。ためらいなく頷いたエドガルドを見て、グリオンも腹をくくったようだった。


「今はもう過去になってしまった、戦争での若造の話です。本格的な戦争になる前の小競り合いでの武功で、私はバルカ家を陞爵させました」

「聞いている。グリオンは圧倒的な力で蹂躙し、敵国につけ入る隙を与えず、戦争の火種にしなかったと。戦いを治めたゆえの陞爵だ」

「ええ。力しかなかった若造が、周囲の人々に助けられて手にした幸運です」


 次に口にする言葉を探すように、グリオンはテーブルに視線をさまよわせた。


「愛する妻、愛する息子。……幸せでした。息子が無邪気に、私のようになりたいと言うのを聞き、その晩は何度も何度も妻にこの話をしました。……息子が本当に、私の人生を模倣するとは知らずに」

「人生を……模倣?」

「息子は、いつしか私の行動を真似するようになりました。最初は微笑ましく思っておりましたが、じきに度が過ぎていると感じるようになったのです。食事の好み、剣の鍛錬、話し方や癖まで……。そうしなくてもいいのだと、勲章などなくともお前は愛する私たちの息子だと何度も訴えたのですが……息子には、私の言葉は響きませんでした」

「そうか……そんなことが」

「息子は大きくなり、私が結婚した年齢で結婚するのだと言い張りました。相手の家からの希望もあり、私と同じ歳で結婚しました。妻となった女性に行動を強要することはなかったので、そこは安心したのですが……しばらくして、私の妻が……亡くなったのです」


 わたしの母さまと同じ病気だったという。

 この病気はゆるやかに進んでいくので、昨日まで元気だったのに突然のお別れということは、あまりない。

 残された時間を数えながら、悪化することはあってもよくなることはない病気と向き合っていくのは、本人もまわりもきついものがあると知っている。


「私は悲しみ……息子も嘆き悲しみました。逃げるように私の模倣に力を注ぎ、私はそれを止めようとしましたが、妻を失っては……私は」


 その時のことを思い出したのか、グリオンはきつく唇を噛みしめた。組んでいる両手が白くなるほど力がこめられ、ぶるぶると震えている。


「私は……息子と対立ばかりするようになり、屋敷が暗い雰囲気に包まれました。私と妻は、息子に思うままに生きてほしかった。決して、私と同じ人生を歩んでほしいわけではない。言えば言うほど、息子は頑なになっていき……。私は距離を取ることを選択したのです。妻の好きだったこの別荘で、妻の死を悼みながらしばらく頭を冷やせば、お互い冷静に話し合えると思った。……それが間違いだった。

 息子は私と会うことを拒否しました。当主を譲ったので、屋敷に自由に入ることもできなくなった。エドガルドがうまれてから関係は少しばかりよくなったのですが、やはりうまくいかず……」


 エドガルドの父がどんな人か、何を考えているかはわからない。

 グリオンからは、エドガルドとその父への愛情が伝わってくる。エドガルドだって、あまり言わないけれど、お父さんのことを嫌いじゃないと思う。

 恐れてはいるみたいだけど、愛情をもらうことを諦めきれていない、そんな感じだ。


「お恥ずかしい話ですが、私が協力していると聞いた息子がどう出るか、私にはわかりかねます」

「言いにくいことを話してくれたことに感謝する」


 ロアさまは、まずお礼を言った。痛いほど握られたグリオンの両手に手を重ねる。


「エドガルドはどう考える? グリオンからの紹介でイアンに接するのは、よくないだろうか?」

「……祖父に接する前に父に協力をあおいだとするほうが、父のためにはいいでしょう。ですが、それをライナス殿下が気になさる必要はございません。王位簒奪の前では、父の心は些事です」


 エドガルドの父の名は、イアンというらしい。

 イアン・バルカの名は聞いたことはあるけれど、人物像などはまったく知らない。


「イアンも、大事な臣下のひとりだ。確かにイアンの心など無視して命令すれば、スムーズに進むかもしれない。だが私は、甘いと言われようが、バルカ家の絡まった糸をほどく機会を逃したくはない」


 ロアさまは苦笑した。


「私は、父とはもう話し合う機会すら滅多にないだろう。己の叶わない願いをバルカ家に重ね、虚像の自分を救おうとしているのかもしれない。私の判断が間違っていると思うのなら、進言してくれ。ありがたく受け止める」


 シーロが迷わず声を上げる。


「なにを言っているんですか! 今の話を聞くかぎり、グリオン様に関することで、イアン様が素直に協力してくれるとは限りません。少し時間がかかろうとも、まずイアン様に協力を頼みましょう。そのあと、イアン様を通じてグリオン様に協力してもらえるよう頼むのです」


 こういう時、自分の意見を言えるシーロのおかげで、部屋の空気がゆるんだ。誰でも発言していい雰囲気になり、アーサーも続く。


「私もシーロと同意見です。グリオン様に会ったことを伏せ、イアン様に接触するのがいいかと。数日あれば、バルカ家の調査の報告が来るでしょう」

「そうだな。イアンはダイソンに与しているとは思わないが、ここを疎かにするわけにはいかない」


 無骨な手でゆっくりあごをなでていたグリオンが、考えながら口を開く。


「……来週、妻の、命日があります。この日だけは、イアンも家に招き入れてくれるのです。妻はいろんな人に慕われておりましてな。いつの間にか、妻と親しくしていた人が命日に集まるようになっていたのですよ。

 この日までに陛下から調査結果が来れば、直接協力を提案できます」

「感謝する」


 深く頭を下げたロアさまに、グリオンは豪快に笑った。


「お気になさらず。ライナス殿下がいらっしゃれば、妻も喜ぶでしょう。それまで、別荘をお使いください。万が一にでも私の屋敷におられることを知られるといけない。もう夜更けですから、今晩は休んでください。使用人には暇を出していますので、満足なもてなしも出来ませんが」

「私を人目にさらさないためだろう? ありがたく休ませてもらう」


 ゲストルームが少ないので、わたしとエミーリアは同じ部屋だった。グリオンは謝っていたけれど、家の中でふかふかのベッドで眠れるなんて、十分すぎる。

 ロアさまは一人部屋を用意されていたけれど、万が一を考えて誰かと一緒に眠るらしい。みんなにおやすみなさいと言ってから、エミーリアとふたりで部屋に入る。


「シャワーを使っていいと言っていただいたので、わたしはシャワーを浴びますが、エミーリア様はどうしますか?」

「わたくしもそうするわ」


 エミーリアを先にお風呂に入らせているあいだに、ふたりぶんの寝巻きなどを用意しておく。

 マジックバッグから紅茶を出して飲んでいるとエミーリアが上がってきたので、交代でお風呂に行く。


「こ、これは……! 入るだけで体も髪も洗ってくれる魔道具! すごい! 使っていいの!? 本当に!?」


 一気にテンションが上がり、浴槽の形をした魔道具に寝ころぶ。

 白と金色で作られた魔道具は、花が描いてあったり形がころんとしていたりして、とても可愛い。

 横になった途端、あたたかなお湯と泡が出てきて、体を洗っていく。目を閉じて気持ちよさを堪能していると、頭を何かですっぽり覆われた。

 お湯で髪が濡らされ、シャンプーされる。


「あああぁ~……極楽極楽……」


 優しく地肌を洗われ、トリートメントまでしてくれる。そのまま洗顔にうつり、すぐに保湿。寝転がったままで、体も髪も水を拭き取ってくれ、クリームを塗ってくれた。


「気持ちよかった……。ほしいけど、すっごく高いんだよね……」


 体験してみれば、高い理由がわかる。

 シャンプーだって洗顔料だって、わたしに合わせたものを選んでくれた。髪はサラツヤ、うるうる愛されボディの誕生だ。


 興奮したまま部屋へ戻って、思わずエミーリアとこの魔道具の良さについて熱く語り合ってしまった。


「魔道具は便利なのね。貴族はなんでもプロにさせるべきと言うけれど、使ってみたらとてもよかったわ」


 その言葉が嬉しくて、下ごしらえくんと調理器くんについて語ったら、ちょっと引かれてしまった。悲しい。



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