告白
「……このまま、なにもなくお別れというわけにはいきませんね」
エドガルドは観念したようにつぶやいた。いまから裁かれるばかりだという空気が、エドガルドのまわりに漂う。
「えー、と、なにかあたたかいものでも飲みませんか? 紅茶……は、あまりうまく淹れられませんので、ココアはいかがですか?」
お茶専属の侍女が紅茶やコーヒーを淹れてくれる人に、そんなものは出せない。ココアに自信があるかといえばそうでもないけど、トールによく作っていたから、お茶よりはマシだ。
エドガルドはなにか言いたげにわたしを見たが、黙ってうなずいた。
「どれほど甘くしましょうか」
「ノルチェフ嬢にお任せします」
「わたくしの好みになりますが、よろしいですか?」
「はい」
最低限の明かりをつけたキッチンに湯気がのぼっていく。甘さ控えめのココアを作るまで、エドガルドは一言もしゃべらなかった。
「お待たせいたしました」
「いいえ、いただきます。……ああ、おいしい」
しみじみとつぶやくエドガルドからすこし離れた椅子に座り、ココアに口をつける。思ったより少し甘く仕上がったココアが、緊張したままだった体と心をほぐしていく。
黙ってココアを飲み干したエドガルドは、カップを両手で握りしめ、部屋の一点を見つめた。
「……僕を軽蔑したでしょうね」
何がどうしてそうなった?
「守るべきレディに……というやつですか?」
「いいえ。僕が」
言葉がつまったエドガルドは、震えるほどカップを握りしめ、喉につかえたものを吐き出した。
「僕が、甘いものを好むことです」
「あ、そうなんですね」
エドガルドのシリアスさに対して、あまりに軽い返事をしてしまった。ほら、エドガルドもびっくりしてる!
「ぼ、僕が持っているのは、全部甘いパンなんですよ!」
ほら、と見せてきたのは、夜食のサンドイッチだ。今日はチョコクリームを挟んである。チョコと生クリームを挟んだものもあるけど、甘すぎて残るかと思っていた。
それもしっかり抱えているエドガルドは、断罪されることを望んでいるように見えた。
「わたくしも甘いものが好きですよ」
「レディはいいのです! 僕は……僕は、バルカ侯爵家の当主となるのに、甘いものを好んでいるんです!」
「そうなんですね」
甘いものってそんなにいけないの?
ヴァルニエだって甘いものが好きだよ? ヴァルニエとは、カレーのからさを尋ねたとき、甘口と答えたムキムキゴツイ騎士さまだ。
「食の好みは、個人の自由だと思います。ゲテモノを好まれるのならば、あまり人前で食べないほうがいいとは思いますが」
この世界のゲテモノ料理、わりとグロい。
「……それだけ?」
「わたくしの弟も、弟の友人も、甘いものが好きですよ」
エドガルドはしばし呆けてわたしを見て、やがてぽつぽつと語りだした。
「僕は、男らしくあれと育てられて……甘いものも、華やかな色も禁じられてきました。けれど、甘いものが好きで……」
なにかを抑制されると、それに執着するって聞くよね。甘いものは癒しなのに、禁止されてつらかっただろう。
「第四騎士団へ来て、はじめて自由を得ました。なのに僕は意気地なしだ。甘いものを食べるのが悪いように思えて、興味がないふりをしてきました。……あなたが夜食を作るまでは」
夜食で甘いものを食べて、欲が抑えきれなくなったってこと?
謝る……のは違うよね? はっきり言葉にできないけど、それは違う気がする。だって、エドガルドが甘味を食べるのが悪いことだとは思えない。
「……本日の夜食は、チョコクリームのみと、生クリームも一緒に挟んだものの二種ございます。どちらがお好みですか?」
「え? ……な、生クリームもあるほう」
「では、次回の夜食は、もう少し甘くしたものを多くご用意いたします」
ココアを飲み干して、カップを置く。
「わたくしはここで何があったか知りません。レディが、こんな夜更けに、男性とふたりきりで話すなんて有りえないですもの」
わたしはこの話を知らないことにしよう。
だって、どう言えばいいかわからない。ここではっきりと、エドガルドは悪くないと言うのは簡単だ。けれど、そのあと何がおこっても、わたしには責任が取れない。
「バルカ様、もしわたくしが住み込んでいる家の近くに偶然来ることがあれば、お茶をごちそうさせてください。お茶請けに甘いものをお出ししますが、お嫌いなんですから、食べる必要はありませんわ」
エドガルドは黒い瞳に光をちりばめて、はっとわたしを見た。
「バルカ様のお家で、おいしいと評判のお菓子などはありますか? せっかくのお休みですから、買い物に行こうと思っていたんです」
「……一番通り、の、クシェルの、ケーキが」
エドガルドの声が震えている。
ずっと食べたくて、でも食べられなかったのだろう。実家で誰にも知られずに食べるのは不可能だ。騎士団に入っても、エドガルドがひとりでケーキを買いに行くなんて出来なかったのだ。
「では明日、買いにいってみます。そうですね、午後のティータイムには帰ってこれるかと。ああでも大変、お給金をもらう前だわ」
しらじらしい言葉が響く。数秒のち、エドガルドは吹き出した。
「っふ、ははっ、そうですね。では日頃のお礼として、ノルチェフ嬢へ贈り物をさせてください」
エドガルドの表情筋がこんなに動いているところを初めて見た。目を細めて笑うと、少し幼く見える。
「夜も遅いですし、送ります。贈り物は明日の朝、ドアの前に」
「ありがとうございます」
エドガルドは騎士らしく送ってくれ、鍵を閉めるまでドアの前にいてくれた。
疲れてぐっすり眠った翌朝、ドアの前には数枚の金貨が入っている高そうな財布と、いくつかの防犯の魔法道具が入った袋が置かれていた。魔法道具は高いので驚いたけど、口止め料も兼ねているだろうから遠慮なくいただくことにした。