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変身タイム

 わたしたちが使っていた変身の魔道具は、学校用のものなので置いていくと聞いた。

 誰がつけても同じ顔になるように設定しているので、いざという時にいろんな人が入れ替われるようにしてあるらしい。

 そこで新たな問題になったのは「どう変装するか?」だった。


 変身の魔道具は個数も多くはなく、ぽんぽんと用意できない。

 再利用もできるけれど、手間と日数と、解除のために貴重な材料がいる。第四騎士団で使っていた変身の魔道具は、今回の出発には間に合わない。

 変身しているのもわたしたちだけではないから、どうしても数が足りないのだろう。


 なので今回は、髪と目の色を変えることにした。

 目の色を変える目薬と、髪に振りかけるだけで色が変わる粉を使う。効果は約一日。

 ファッションとして使う人も多い。わたしの友達も、こっそり外出する時に使っていた。手軽に綺麗に染まるのだ。

 一番外見の特徴があるロアさまは、茶色い髪にして、いつもざっくりと後ろへ撫でつけている前髪をおろすことにした。


「ずいぶんと雰囲気が変わりますね」


 アーサーが感心するほど、王弟殿下とは違う姿になった。

 この髪型は第四騎士団にいる時のロアさまのようで、少し嬉しい。その時より体はだいぶムキムキだし、イケメンになってしまったけれど、前のように緊張したりはしない。


「眼鏡もかけておきましょう。これでだいぶ印象が変わるはずです」


 眼鏡をかけたことがないらしいロアさまが手間取っているのを見て、シーロが黒ぶち眼鏡をかけてあげている。

 わたしがかけたらダサくなる眼鏡も、ロアさまの顔にかかれば格好いいものに変わる。

 品があるからかな? 眼鏡が似合っていて、クールと知性をアップさせている。


「これならばすぐに見破られないな」

「ええ。身代わりになれるよう、ライナス殿下と同じ色合いにしてみましたが、どうでしょう? 目立ちませんか?」


 アーサーが、くるりと回ってみせる。

 茶色い髪に緑の瞳は、色だけ見れば派手ではないのに、アーサーの華やかさは失われていない。

 むしろ、以前より親しみさえ感じさせる。金髪碧眼のほうが、王子様っぽくてあまり話しかける人がいなかったかもしれない。


「……アーサーはどこでも目立つ運命なんだよ。諦めて目立って、ほかの人を隠してくれ!」


 シーロがアーサーの背を叩いて笑う。

 明るいシーロの内面を表すようなリーフグリーンの髪は、えんじ色になっていた。


「今回はエドガルドの領地だから、俺の顔を知っている人がいるかもしれない。目立つのはアーサーに任せることにするよ」


 深緑色にした髪をゆるく三つ編みにしたロルフは、やや乱雑に編み込んだ髪を後ろに追いやった。

 いつもは後ろで結んでいる髪を前に流していたので、そうでないだけで新鮮だ。ロルフは赤髪のイメージが強いから、余計にロルフっぽくないのかもしれない。


「僕は、すぐに見破られない程度の変装でしかありませんが……」

「自分の領地なんだから、エドガルドはバレないことを優先すればいいさ」

「領民は、僕より祖父のほうを覚えているので、大丈夫だと思います」


 ロルフにはげまされているエドガルドは、淡いオレンジの髪に金色の目という、思いきった色をチョイスしていた。

 わたしはあまりオレンジ色の髪を見たことはないけれど、エドガルドの領地では特に珍しくないのだとか。

 そういえば、エドガルドの領地のお隣さんであるロルフは、赤髪だ。赤系の髪をしている人が多いのかもしれない。


「わたくしはどう? 違和感はないでしょうか?」

「エミーリアは、濃い紫色の髪も似合うな。エミーリアの顔を知っている者も少ないし、知っている者もすぐには気付かないだろう」


 ロアさまから太鼓判を押され、エミーリアは安心したと微笑んだ。美人は何色でも似合う。

 わたしは赤茶色の髪だ。もっと明るい色にしてもよかったんだけど、試しにしてみたら、髪だけ明らかに浮いていて諦めざるを得なかった。


「アリスも、よく似合っているな。その色も新鮮だな」

「ありがとうございます。前髪をおろしたロアさまも可愛いですね」

「可愛い……? 私が?」

「はい」

「……そうか」


 おろした前髪のおかげで、いつもより年相応に見えるロアさまは、微妙な顔をして黙り込んだ。


「なんだか新鮮だね。慣れるまで時間がかかりそう」


 抑えた色味のピンクオレンジの髪を梳きながら、レネがつぶやく。そのまま時計を見やって、緊張したように息を吐いた。

 仮眠を終えたわたしたちは、もうすぐ学校から去る。これからが正念場だ。


「皆様のご武運をお祈りしております。私が先に出ます。後のことはお任せください」


 ひとり残るクリスが、心配そうにロアさまを見上げる。

 美少女の姿なので、見ているだけで絵になる光景だ。未だにスカートの下にクリスがついているとは思えない。


「……連絡がきた。無事に馬車が指定の場所についたようだ。気を抜かぬように」


 ロアさまの言葉で、みんなが立ち上がる。

 頷きあって、先に部屋を出たクリスが戻ってくるのを待った。しばらくして戻ってきたクリスは小さく頷き、みんなでこっそりと部屋を出て移動する。


 初めて学校に来た日の道を、今度は出るために走る。

 一階の階段の下で、ロアさまが立ち止まる。階段の下の、何もないデッドスペースでロアさまが何かすると、静かに隠し扉が開いた。


「クリス。後のことはすべて任せる」

「かしこまりました。どうぞご無事で」


 深々とお辞儀をして見送ってくれるクリスが、わたしたちが学校で見た最後の光景だった。



 暗く長い秘密通路は、隠し扉が閉じると、ぼんやりと明かりが灯った。

 誰もここを通っていないことを念入りに確認してから、アーサーが先頭に立つ。


「今回は王城から脱出した時よりは短いですよ。テルハール嬢は、途中でシーロに抱えてもらってください。アリスはどうですか?」

「走れるところまで走ります」


 前はネグリジェにマントだったけど、今はクリスにもらったメイド服だ。ヒールの低いブーツも用意してもらったので、前よりは走れる。


「遅いと思ったら言ってください。荷物になりきって担がれますので。よろしくお願いします!」


 きちんと準備運動もしてきたから、寝起きの前とは違う!

 そう思っていたけれど、やっぱり騎士とメイドは比べてはいけなかった。走って10秒で置いていかれた。

 エミーリアは、わたしのさらに後ろにいる。スキップのような、不思議なかくかくとした動きを数秒したエミーリアは、それだけで息が上がっていた。


「も、申し訳ございません。走ったことがなくて……」


 そうか、貴族のご令嬢は走らないのか……!!

 カルチャーショックだった。わたしも一応は貴族のご令嬢だから、余計にショックだ。

 普通に走っているわたしを見て、みんなどう思っていたんだろう……。


「以前、王城から出る時は走っていたに違いないのに、夢中で覚えておらず……申し訳ございません……」


 あっ、王城から脱出する時マントをかぶっていた人は、エミーリアだったのか!


「レディと騎士が違うのは当たり前のことだ。こういう時にレディを守れるのが騎士の誇りなのだから、謝罪は不要だ。シーロ、エドガルド。ふたりを頼む」

「かしこまりました」


 シーロがエミーリアをお姫様抱っこする横で、わたしは俵担ぎされた。


「うぐっ」

「す、すみません。つらいですか?」


 エドガルドの肩の位置にちょうど内臓がきているので、わたしの体重すべてが内臓にかかっている。

 エミーリアが気の毒そうで、それでいて「わかる」という顔を向けてきた。

 エミーリアが王城から出たときは、この状態だったのか!

 あの距離を、よく我慢できたと感心してしまう。エミーリアはすごい人だ。


「今回はそこまで急いでいない。エドガルドもシーロのように抱えてあげてくれ。もし戦闘になったら、ふたりとも下りてもらうが」

「もちろんですわ。捨て置きくださいませ」

「そんなことはしない。さあ、行こう」


 エドガルドにお姫様抱っこされながら、閉め切った空気の通路を進む。おんぶでもいいと思ったんだけど、ご令嬢があんなに脚を開くのは、非常にはしたないらしい。

 いつもより地面が遠いのに、エドガルドの顔は近い。エドガルドは奥手だし、身長差もあったから、端正な顔がこんなに近いのは初めてだ。


 わたしを抱えながら、わたしが走るより速く景色が流れていく。

 遠くなっていく学校に思いをはせた。


 アリス・ノルチェフは学校には行かなかった。お金がなかったから。

 今回は少ししか学校にいなかったけれど、キャロラインという友達ができて、マリナに出会えた。

 マリナは家を継ぐかもしれないと言っていたからどうなるかはわからないけれど、ふたりで話し合って、納得してほしいと思う。


 走るエドガルドに合わせて上下に揺れるのを感じながら、できるだけ遠くを見る。

 ……少し酔いそう。



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