ダイソンの独白
私は、人間ではなく魔道具なのだそうだ。
人間として持っているはずの感情がない。だから冷酷なのだと言われ続けてきた。
私自身も感情が欠落していることを自覚している。家族と呼んでいるものの喜怒哀楽が、さっぱりわからない。
共感はできないが筋立てて説明はできるので、それをもって理解としているが、人間からすればこれが理解不能のようだった。
それよりも、我がダイソン伯爵家をなんとかする方法を考えるべきだ。由緒正しい血筋だと自慢しているくせに没落間際だ。
「私を魔道具だと責め立てて気味悪く思うことに逃げていないで、家を立て直す方法を考えたらどうですか?」
いくら案を考えても、まだ当主ではない私には権限がない。
両親に進言すると、なぜか怒った。状況を正しく把握しなければならないのに、なぜ現実を突きつけられると、怒りに逃げようとするのだろう。
それを聞くと余計に怒ることがわかっているので、さっさと部屋を出ることにした。
「お前は、どうして人の気持ちがわからないの!」
母という人間のヒステリックな声が響く。
人間の気持ちがわかることができれば、この家を立て直し、困窮した生活をしなくて済むのならばそうする。だが、そうしても没落は早まるだけだ。
そのうち、養子をとる話が出た。養子にダイソン伯爵家を継がせる計画だろう。
このままだとダイソン伯爵家の当主になれない可能性が高い。それならば身の振り方を考えねばと動いていると、両親が死んだ。
誓って私は何もしていないが、家にいる人間も貴族の人間も、私が手を下したと思っているらしかった。
どう思われても真実は変わらないので、事実を説明することなく淡々と葬式を済ませ、ダイソン伯爵家を継いだ。
両親は流行り病で死んだが、高価な薬を継続して買えなかった。
だから、安価な薬を服用した。効果はあまりなかった。体が病に勝てず死んだ。
たったこれだけのことで、使用人が泣く意味がわからなかった。
葬式の直後から、この家を立て直すべく働いていると、使用人に人でなしと怒鳴られた。
私にできることを精一杯しているのに、なぜそう言われなければならないのか。
自分から貴族に暴言を吐いたくせに怯えた使用人は、転びながら屋敷を出ていった。
それを見た人間が好きに噂する。
もうたくさんだ。
私は飢えずに生きたい。明日を心配せずに生きたい。ただそれだけなのに。
人間は私を魔道具だと言うが、ならばどうして腹が減るのだ。魔道具ならば、睡眠も食事も排泄も不要にしてくれればよかった。
私に感情が芽生えたのは、28歳の時だった。
子供がうまれたのだ。
ダイソン伯爵家は徐々に盛り返してきたが、没落を免れたとは断言できず、私の評判も悪かった。それでも結婚して子供を作らねばならず、男爵家から嫁をとった。
うまれた赤子は、変な顔をしていた。か細い声で昼夜問わず泣く。
なぜ固形物を食べないのか聞くと、歯がないからだと言われた。唇をめくってみると、確かに歯がなかった。
「旦那様! そのように引っ張っては、口が切れてしまいます」
「そうなのか」
妻にとがめられたが、赤子の口から血は出ていなかった。
歯が生えていないのが不思議でもう一度見ようとしたら、今度こそ本気で怒られた。赤子が死ねばもう一度子作りしなければならないので、しぶしぶ部屋を出た。
それからは、赤子を見るたびに不思議な気持ちになった。
私にもこんな時期があって、このころは両親に慈しまれていたと思うと、余計に胸の中でなにかがうずまく。
妻はそれを「感情」だと言った。結婚して子供ができて、人間らしくなりましたねと使用人にも微笑まれる。
家の中が明るくなったようだった。
赤子に「マリーアンジュ」と名付けると、くちゃくちゃの人間の原型が一気に人間に近付いた気がして、さらに不思議だった。
マリーアンジュは、無邪気に私を慕った。顔を見れば笑って駆け寄ってくる。
将来は美人になると今から言われるほど、顔が整っていた。
立て直しが順調で、笑い声が聞こえるようになった家が再び暗くなったのは、やはり私が原因だった。
人間から見ると、私の娘への執着は異常なのだそうだ。
娘が何をしたか把握することが、そんなにおかしいのだろうか。
「……アルヴァ様。普通の人は、子供が何回咀嚼したかまで調べようとはしないのです」
怯えた妻は、もう私のことを旦那様と呼ばなかった。
それでも娘は純粋だった。私をお父様と呼んで抱きしめてくれる。愛しいという感情を、初めて知った。
そのうち妻が常に私を恐れるようになり、娘を連れてこの家を出ていこうと計画していることが明るみに出たので、処罰することにした。
もちろん、マリーアンジュは家に残す。大事なダイソン伯爵家の跡取りだ。どこへも行かせない。
ああ、でも、結婚はしないほうがいいかもしれない。
結婚と出産は貴族の義務だが、出産で死ぬこともある。それならば養子をとればいい。
妻は、病気になった。
そういうことにした。
妻は本当に心身を病んでいたようで、処罰する前に死んでしまった。
ずっとマリーアンジュに謝罪していたらしいが、幼いマリーアンジュはよくわからない様子だった。
それでいい。そう育てた。
マリーアンジュほど可愛い子が生まれるのなら、もう一度子作りしてもよかったと、今更思った。
マリーアンジュとふたり、屋敷で過ごす。使用人はどんどん減っていった。
なぜかマリーアンジュを哀れみ、この家から出そうとするからだ。マリーアンジュは、私を慕った。それが事実だ。
年頃になった娘はできるだけ家から出さないようにしていたが、どうしても出なければならないものがあった。建国祭だ。
初めて建国祭に出た娘は、第一殿下と恋に落ちた。
人目が多く、もみ消せなかった。
そのままマリーアンジュは殿下の婚約者となり、ダイソン伯爵家では格不足だからと、エヴァット公爵家の養女にされてしまった。
すべては、マリーアンジュを奪った、憎い人間たちが思い描いた図だった。
エヴァット家に滞在しても、マリーアンジュは変わらなかった。私を父と呼んで、毎日手紙をくれる。
マリーアンジュにつけた侍女からも毎日報告の手紙が来たが、やはり家にいる時よりも圧倒的に情報が少ない。
マリーアンジュは結婚した。
マリーアンジュは子をうんだ。
またうんだ。
マリーアンジュが死んだ。
死んだと聞いてから、一度も会えなかった。
マリーアンジュを奪った人間が、マリーアンジュのすべてを持って、離宮へこもってしまったからだ。
家にあるマリーアンジュのものはすべて保管の魔道具で保ってあるが、それだけではマリーアンジュの人生には足りない。
私からマリーアンジュを奪い、毒などで死なせた人間もどきが、なぜマリーアンジュのものを持っている? それは私の物だ。
マリーアンジュは、私のものなのだから。
マリーアンジュを毒殺した物体を、憎い人間と奪い合った。
むごたらしく殺すために。
王族が相手では勝てず、実行犯を補佐した人間の形をしたものしか手に入らなかった。
マリーアンジュが死んだ。
もうどこにもいない。
なぜ死ななければならなかった? 王族となったからだ。
男の形をしたものが、マリーアンジュをさらったからだ。
ならば、死ななければならない。
王族はすべて死ななければならない。
まずはマリーアンジュの夫という肩書きを得た、人間もどきからだ。
そのためには、離宮への出入りが必要だ。
あの離宮へ入るには特殊な方法が必要らしい。開けられるのは王となったものだけ。入口さえも、どこにあるかわからなかった。
マリーアンジュの子供は、マリーアンジュほど可愛らしくなかった。
人間の形をしたものが動いているとしか思えず、人目があるので可愛がっているふりをしたが、あれで合っていたかも不明だ。
一人目の子はコレーシュと名付けられ、離宮のことは一切もらさなかった。
仕方がないので、殺すことにした。
マリーアンジュが死んでから建てた、毒の研究所で、じわじわと死んでいく毒を開発させた。
王城の料理人の家族を毒で麻痺させ、それを和らげる薬を売りつける代わりに、王族の食事に毒を混ぜさせる。
毒にはならないものの組み合わせで、毒だと発見させず、じわじわと殺していく。すぐに殺してしまったら、離宮のことを聞けない。
体調が悪くなれば、コレーシュは誰かに情報を託すだろう。子も妻も一緒に殺していくから、健康なのはライナスのみ。
ライナスの後ろ盾は私だ。離宮のことを探りやすい。
入り口と入り方を突き止めたあとは、ライナスは好きに生きればいい。国などどうでもいいのだ。
マリーアンジュを離宮から救い出さねば。
私の元へ帰ってきたいと泣いているのに、骨のひとかけらさえも渡さない、あの狂った男が王だった事実に吐き気がする。
私がマリーアンジュに肉欲を抱いているなどと見当違いなことを言う人間は殺した。私とマリーアンジュを引き離そうとする人間も殺した。私とマリーアンジュの世界を壊す人間も殺さねばならない。
私とマリーアンジュ以外、何も必要ない。
あの離宮も壊してしまおう。マリーアンジュを殺したくせにまだ建っている王城も必要ない。
ふたりで過ごした家へ、早く帰ろう。
新しいドレスを作らせた。それに合わせるアクセサリーも、香水も、靴もだ。
そして、今度こそふたりきりで過ごすのだ。マリーアンジュもそれを望んでいるから、喜んでくれるだろう。
遅くなってすみません。
風邪をひいて死んでいました…。皆様もお気をつけください。