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学校最後の夜

 カレーを作ってキャロラインと食べたり、渋るトールを説得したりしていると、すぐに学校を去る日になってしまった。

 わたしが学校を出ていくと知ったトールは、とてもごねた。


「僕も姉さまと一緒に行きたいです! 無理なら、姉さまはこのまま学校にいましょう! 僕が守ってみせます!」

「ありがとう、トール。その気持ちがとても嬉しいわ」

「なら!」

「でもね、トール……ここで姉さまが引き下がれば、褒美が激減する可能性があるのよ! 姉さまは今回のご褒美として、お店を出すのに必要なものを、できるだけ手に入れる予定なの。土地、店、下ごしらえくんと調理器くん! もらえるだけもらう!」

「姉さま……」


 トールの目がきらめいた。


「さすが姉さまです!」

「でしょう? だからトールは学校にいて、時間があるときに研究をしてほしいの。将来、姉さまのお店でトールが研究したものを使えるように」

「わかりました!」

「それに、トールまでいなくなったら父さまが悲しむわ。マリナも守ってあげなきゃいけないし」

「……はい。僕は学校に残ります」


 マリナがどれだけ美人か知ったトールは、深く頷いた。

 寂しさを振り切ってトールとのお別れを終え、簡単に荷造りする。

 私物は、エドガルドが親切に貸したままにしてくれているマジックバッグに入れっぱなしだ。それを持つだけで終わるのだから、準備は一分もかからなかった。


「失礼いたします。お嬢様、準備は終わりましたか?」


 ノックをして、クリスが部屋に入ってきた。


「はい。これをマジックバッグを持っていけばいいだけです」


 クリスは学校に残って、わたしが来る前のように、ティアンネとメイドと侍従の三役をこなす生活に戻ると聞いた。キャロラインやトールとの連絡を仲介してくれたり、商人の動向を見張って、ロアさまからの指示を実行してくれるそうだ。

 せっかく美少年クリスに慣れてきたところだったのに。クリスにはたくさんお世話になったから、離れるのが寂しい。


「私も、お嬢様とお話するのが楽しみでした。将来、執事としてお仕えする日があれば、その時にお会いいたしましょう」


 ロアさまの家臣ならば、お城とかですれ違うこともあるかもしれない。


「ええ、また。どうか元気で、気を付けてくださいね」

「かしこまりました。弟君への連絡も承ります」

「……トールからたくさん手紙を預かったのなら、こまめに送らなくても大丈夫なので」


 クリスは、綺麗な顔でくすくすと笑った。今日はメイド姿なので話しやすい。


「メイド服も貸してくださって、ありがとうございます」


 ネグリジェとマント、わずかな私服とキッチンメイドの制服しか持っていないのを見かねて、未使用のメイド服を譲ってくれたのだ。

 これからわたしは、エミーリアのメイドを装う。


「お返しは結構ですよ。どうぞ、あの方をお守りください」


 深々と頭を下げられ、ちょっと困ってしまった。

 わたしができることはあまりないので、ロアさまを守ると言っても、足手まといになることのほうが多いだろう。


「ご飯なら任せてください! 掃除も洗濯もできますので、メイドらしく働きます」


 一緒に行くメンバーでは、どうしたってわたしが雑用をすることになる。

 学校でのお嬢様生活はあまり慣れなかったので、メイドのほうがほっとする。イケメンをはべらせて跪かせるのは、とても心臓に悪かった。寿命が縮んだ気がする。


「出発の前に、みんなでご飯を食べましょう。クリスは何が食べたいですか?」


 せっかくなら、お世話になったクリスが望むものを作りたい。

 クリスは少し考え、白い頬をほのかに染めた。美少女がはにかむと威力がすごい。


「……カリーが、食べたいです」

「わかりました!」


 キャロラインと一緒にカレーを食べた時にクリスもいた。茶色いカレーにずいぶんと驚いていたけれど、食べたら気に入ったようだ。


「第四騎士団でも、カリーを食べたらみんなずっと食べたがっていましたよ。何種類か用意するので、食べ比べましょう。レシピを残していきますね」

「お願いします」


 入念に作戦をたてたり、陛下と打ち合わせをするみんなの横で、ひとり時間を持て余しているわたしは、ご飯の準備をすることにした。

 クリスご所望のカレーをいくつか。ココナッツカレーは新作だ。

 シソのようなものがあったので、薄切りの牛肉と一緒に巻いて串に刺し、食べやすいようにする。騎士団で作っていたソースを何種類か作り、それをつけて食べてもらうことにした。

 新鮮な魚を揚げて作ったマリネ、エビフライ、ローストビーフ。わたし用に、豚汁と海鮮丼も作った。お刺身もりもりで、見るだけでテンションが上がるやつだ。


「ご飯ができましたよー! 運んでもらえますか?」


 まだ夕方だけど、今日は早めにご飯を食べて仮眠して、明け方に出発する予定だ。

 みんながわらわらと来て、ご飯や取り皿を運んでくれた。

 どこかにしまってあったらしいテーブルやソファを追加し、みんなで学校最後のご飯の始まりだ。

 シーロが満面の笑みでフォークを手に取る。


「ノルチェフ嬢の食事は久しぶりですね! 病人扱いだったので薄味で消化のいいものが中心で、これが恋しかったんですよ!」

「これがカリー……聞いていたより茶色くはないようですけれど……」

「エミーリア様はカリーが初めてでしたね。それはココナッツカリーで新作ですよ! 無理をしなくても大丈夫なので、食べられそうなものを食べてくださいね」

「新作なの!? ボク、もーらいっ!」

「レネ様のぶんはこちらにありますよ。辛くしてあります」

「ありがとうアリス! んん、独特な味だけど、それが癖になる感じ!」

「シーロ、わたくし、カリーが怖いわ……こんなに食べたいのに」

「俺が食べさせてさしあげますよ」


 シーロとエミーリアは、相変わらずイチャイチャしている。それをにこにこ見ているロアさまがセットのようになっている。


「アーサー様とエドガルド様のために、デザートも用意してありますよ。パンケーキにアイスとフルーツとソースをトッピングできるようにしてあります。ソースもフルーツもたくさんありますからね」

「嬉しいです。アリスのおかげで、今夜は元気でいられそうです」

「ありがとうございます! アイスがたくさん食べられるなんて嬉しいです!」

「アイスは控えめです。途中でお腹が痛くなったら大変ですから」

「……そうですね……わかっていましたよ……ええ……」


 拗ねるアーサーが珍しくて、思わず声をあげて笑ってしまった。


「アリスの笑顔で、俺たちは元気が出るよ。少し長旅になるけど、体調はどう?」

「大丈夫です。ロルフ様は馬車酔いはしないですか?」

「もちろん。騎士は馬に乗るものだからね」


 わたしよりは馬車に慣れているに違いないので、長距離を馬車で移動しても大丈夫なのだろう。

 談笑しつつもお腹を満たすことを第一としていると、しばらく経ってからシーロが思い出したように口を開いた。


「そういえば、あの後はそれなりに大変だったんですよ。ライナス殿下と別れたあと、第四騎士団に戻って、事情説明をしたんです。誰かの部屋に入ったわけじゃないので、真っ暗な廊下でひとり言を言ってるだけになっていましたけど」

「あの騒ぎだと、みな起きていただろう」

「はい。様子を窺っている気配がしたので、大声でひとり言ですよ。これから誰が来ても無関係で通せ、気付かないふりをしろ、できればキッチンメイドの名は誰にも言うなと」


 突然わたしが出てきて驚く。シーロは苦笑して肩をすくめた。


「あの時、ノルチェフ嬢が狙われるのは確定じゃありませんでした。こういったことに巻き込む覚悟を、ライナス殿下は、ノルチェフ嬢にはさせなかった。ライナス殿下の意思を守るため、ノルチェフ嬢やその家族に危害が及ぶことは、どうしても避けなければならなかったんです。キッチンメイドの名前を知らないのは不自然ではありますが、口裏を合わせればそこまで追及されない。結果的に狙われていたので、一緒に来てよかったと思いますよ」

「そうだったんですか」

「おや? 意外と冷静ですね」

「終わってから言われたからだと思います。まだびっくりしていて……」


 大きな目をくりくりと動かしたシーロは、いたずらっぽく微笑んだ。


「実際、ここへ来てよかったと思いますよ。マヨールもノルチェフ嬢を狙っていましたから」


 マヨールとは、マヨラー騎士さまの名前だ。しっくりしすぎていたからマヨラーと呼んでいた、お洒落坊ちゃん刈り騎士さまがわたしを狙う?


「ダイソンの手先だったんですか?」

「違う違う!」


 シーロが心底おかしそうに笑う。


「ノルチェフ嬢と結婚しようとしてたってこと!」

「ええ? どうしてまた……あっ、マヨネーズ目当てですね!?」

「ご名答! ノルチェフ嬢を嫁にして、ふたりきりになる時間を作れば、家でも好きなだけマヨネーズを食べられるってことじゃないですか? 本人は気付いていないみたいだけど、ノルチェフ嬢のことをかなり気に入ってたようですよ」


 心からのため息がもれる。それはもう大きなやつが。


「ロアさま、ここへ連れてきてくれてありがとうございます。……マヨネーズ目当てで結婚させられるなんて、耐えられない。マヨラー騎士さまは、マヨネーズと結婚すればいい!」

「お嬢様はたくさんの方に好かれますね」


 クリスの言葉も、今は気にならない。

 なぜなら、ロアさまが見るからに狼狽していたからだ。


「アリスが……いや、わかってはいたが……アリスはすごいな……」

「どうも」


 ぶすっと返事をする。

 商人に始まり、エドガルドとロルフの急な告白に、マヨネーズ目当てでの結婚。こうしてみるとエドガルドとロルフがいかにまともだったかよくわかるけど、あのエドガルドとロルフだ。

 いざとなればわたしよりエドガルドを優先しそうなロルフと、恋に恋しているエドガルド。


 あれからちょいちょい軽いスキンシップをしてきたり、わたしの負担にならない程度の愛をささやいてくるけれど、やっぱりふたりを恋愛感情で好きだとは思えない。

 さっさと断ればいいと言われそうだけど、今はそれを伝えるタイミングじゃない。絶対に。

 これからダイソンの尻尾を捕まえて一網打尽にしようという時に、パフォーマンスが落ちるかもしれないことを言えない。わたしのせいで失敗するかもしれないリスクは避けるべきだ。


「とにかく! 今夜出発なので、それまで仮眠を取りましょう! 馬車に乗って、エドガルドの祖父のところへ行くんですよね?」

「はい。祖父に怪しい動きはないと陛下に調べていただきましたし、僕も今の状況では祖父に頼るのが一番だと思います」

「そういうことで! 乾杯!」


 自分で話題をふったくせに、無理やり話題を変えたシーロに、冷ややかな視線を送る。

 視線で謝ってきたシーロをすぐに許せてしまいそうなので、やっぱり得な性格をしている。わたしは許しても、エミーリアは許していないようなので、これからたっぷりと謝り倒せばいいと思う。


 この夜が終われば、次はエドガルドの領地だ。エドガルドにトラウマが植え付けられた地。

 ロルフはときおり心配そうにエドガルドを見て、それに気づいたエドガルドが微笑んでみせるということが繰り返されている。

 何もかもハッピーエンドとはいかないかもしれないけれど、エドガルドのトラウマがこれ以上悪化せず、ダイソンを捕まえられたらいいと、そう思う。



これにて第二章は終了です。

一週間ほどお休みしてから再開する予定です。

いつもブクマ、コメント、評価などありがとうございます!

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