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串揚げパーティ

「死なせてくださいませ! どうぞ斬首を! 今すぐ!」

「落ち着いてください! 大丈夫ですから! むしろ言ってくれてよかったので!」


 ロアさまとの話が一段落したあと、死にそうな顔で部屋から出てきたエミーリアは土下座した。

 見てすぐにわかる立ち振る舞いの上品さを発揮して流れるように土下座してから、今なお起き上がろうとしない。


「いいえ、お言葉に甘えるわけにはまいりません。力になろうと来た矢先、このような失態! わたくしの命で償えるとは思いませんが、どうぞ一思いに」

「エミーリア、立ち上がってくれ。私は君を責めなどしない」

「だからこそです! ライナス殿下はお優しすぎます!」


 エミーリアは頑固だった。

 ロアさまが言葉をかけるたびに縮こまっていく。シーロもどうにもできないようだ。


「エミーリア様、お聞きください。わたしは、ロアさまが王弟殿下ではないかと気付いていました。気付いていながら、聞けなかった。……どんな答えを突きつけられるか、恐ろしかったから」


 わたしも床に膝をつき、エミーリアの肩に手をのせる。

 華奢な体が、びくりと震えた。


「お前なんて正体を明かすに値しない……そう言われるのが、怖かったんです」

「私はそんなことを考えていない!」

「そうです。ロアさまはそんなことを考える人じゃないのに。ロアさまも、自分の名前を言うのが怖かっただけなのに」


 ようやく、おそるおそる顔を上げてくれたエミーリアに微笑んでみせる。


「このままだと、お互い怖がっているばかりで、打ち明けられないままでした。エミーリア様が来てくださってよかったです。ロアさまのことが、もっとわかった気がします」

「ああ……でも……」

「ロアさまと話すきっかけを作ってくださって、ありがとうございます。エミーリア様に来ていただいたおかげで、とても心強いです。一緒に頑張ってダイソンを捕まえましょうね」

「アリス……なんて心根が優しいレディでしょう……」

「ロアさまのおかげですよ。ロアさまは、今回のことを気にしていませんから」

「ええ……ライナス殿下の広いお心に感謝いたします」

「もっとくだけて話しても構わない。立ち上がって、シーロとの話を聞かせてくれ。ふたりの仲が深まって、本当に嬉しいんだ」


 ロアさまがエミーリアを助け起こす。

 エミーリアはまだ泣きながら詫びていたが、さっきのように死ぬとは言い出さなくなった。

 みんなほっとしていたが、特にシーロが泣きそうなほど安心していた。

 さっきまですまし顔で、なんでもないようにエミーリアを見ていたのに、今はエミーリアにしがみついている。


「俺を残して死ぬなんて言わないでくれ!」


 仲睦まじいふたりを見て、ロアさまは心底嬉しいとばかりに微笑んだ。

 本当にエミーリアとは何もなかったらしい。晴れ晴れとした表情に、未練や名残惜しさは欠片もなかった。


 空気も和やかになったところで、クリスが一歩進み出た。


「今晩は、お嬢様が串揚げなるものを用意してくださいました。聞けば、お酒にも非常に合うとのこと。皆様、あとは座って食事をしながら語り合うのはいかがでしょうか」

「クリスの言う通りだ。さぁみんな座って、食事にしよう!」


 ロアさまの言葉で、みんなが座る。


「じゃあ、今から揚げてきますね。揚げたてをどんどん持ってきますので! クリス、ソースやお皿を出すお手伝いをしてもらってもいいですか?」

「かしこまりました」


 キッチンへ行こうとして、腕を引っ張られる。

 振り返ると、ロアさまがいた。


「アリス」


 様々な思いが、ロアさまの端正な顔に浮かんでは消えていく。


「……ありがとう」


 ようやく絞り出したのは、たった一言だった。

 その一言に、ロアさまの気持ちが詰まっている。


「はい」


 どう返事をすればいいかわからなくて、短い言葉しか出てこなかった。

 でも、ロアさまにはそれで十分だった。

 泣き笑いのような表情を一瞬浮かべたあと、ロアさまはすぐにいつもの顔に戻ってしまった。腕が離れていく。


「食事を、楽しみにしている」

「すぐにお持ちしますね」


 串揚げは、みんなに好評だった。

 二度漬け禁止なんて言わず、それぞれの好みにあったソースをたっぷりと用意する。カラシやレモン、レネ用のカレー粉も。

 レネいわく、カレー粉はなんにでも合うらしい。


「アリス、これおいしいよ! チーズがすごくのびるね!」

「レネ様には、こちらのシシトウもおすすめですよ。ぴりりと辛いんです」

「これもおいしい!」

「アリスには本当に驚かされます……まさかかぼちゃを揚げたものがこんなにおいしいなんて」


 かぼちゃととうもろこしを次々と口に放り込みながら、エドガルドがしみじみと呟いた。ついでに用意しておいたごま団子は、最初に食べつくされてしまった。


「貝類もおいしいな。肉もうまいがエビも止まらない」

「玉ねぎが甘いですね。肉と一緒に食べると口がおいしいもので溢れます」


 ロルフとアーサーの食べっぷりは、いつ見ても勢いがある。


「ノルチェフ嬢のご飯は久々です! おいしいなあ!」

「まあ……本当においしいわ。初めて見る料理ですが、どれも味や食感が違って、口に入れるまでわからない楽しさがありますわ」

「エミーリア様はご病気だと聞きましたが、串揚げは重たくありませんか?」

「大丈夫よ。心配してくれてありがとう、アリス。わたくし、ずっとパン粥とおかゆばかり食べていましたの。体にいいとされる薬草やハーブや薬味を入れたものを」

「もしかして、エミーリア様独自の伝手って、その関係ですか?」

「ええ。もうずっと同じものを食べていて、正直飽き飽きしていましたの! だから、食べたかったアリスの食事をいただけて、とても嬉しいですわ!」


 エミーリアが立ち直ってくれて何よりだ。

 ロアさまお肉が気に入ったようだ。ピクルスと交互に食べながら談笑している。


「アリスとクリスも、そろそろ一緒に食べよう。座ってくれ」


 大量に揚げて持ってきたので、しばらくは持つだろう。クリスにも、揚げたての串揚げを食べてもらいたい。

 こそっとクリスを見ると、プチトマトの弾ける熱さに驚きつつも、おいしさに頬をゆるめていた。


 適当にひとつ取って食べてみると、エビだった。

 揚げたエビは、どうしてこんなにぷりぷりとしておいしいんだろう……。肉厚のしいたけやれんこん、小さなたまごも、ぎんなんも、どれもおいしい。


「アリスが作るものは、いつもお酒と合って困りますね」


 酔い覚ましの薬とともにお酒を飲みながら、アーサーはまったく困っていない顔で笑った。


「レモンを使うお酒とも合うと聞いたことがあります」

「用意してまいります」


 お酒に詳しくないわたしの代わりに、クリスが立ってささっと用意してくれた。

 わたしとエミーリアだけジュースで、再会を喜び乾杯する。グラスが当たり、お酒が軽く舞う。

 お城では絶対にありえない光景にエミーリアは驚いているが、みんなは笑っている。

 お上品に澄ましているのではない、少し荒々しい乾杯が、みんなの喜びの深さを表しているようだった。



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