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サンドイッチ・クライシス

 毎朝パン屋さんが届けてくれるパンの残りにおかずを挟んだサンドイッチは、想像していた半分の時間で終わった。

 下ごしらえくんがいてくれてよかった。下ごしらえくんがいれば、料理の大半が終わる。


 いままでの騎士さまたちの反応から見て、人気のありそうなものを詰めてみた。ロアさまご希望の照り焼きチキンと、たまごと、食べやすいように切れ目を入れた分厚いベーコン。甘いものがほしいかもしれないと思って、たっぷり果物を入れたフルーツサンドも作った。

 フルーツサンドは果物と生クリームのバランスが難しく、何度も作り直し、結局はわたしの好みに仕上げてしまった。反応が気になる。


 訓練を終えて、今日も一番にドアを開けたアーサーに声をかけた。


「お疲れ様です、おかえりなさい」

「ああ、いいにおいです。今日のディナーはなんでしょう」

「餃子です」


 餃子が嫌いな人はいない(わたし調べ)。皮から手作りだから、もちもちカリカリ、口に入れた瞬間にじゅわぁっと肉汁があふれる仕上がりになった。


「本日は夜食を作りましたので、食べたい方はお持ちください。おひとり様4つです」

「ありがたくいただきます。いつもありがとうございます」


 アーサーはいつでも柔らかな物腰だが、女に慣れているオーラが少し苦手だ。


 いつもアーサーの次に来るエドガルドは今日も無表情だ。目が合うことがないので、すこし気が楽。

 ごはんを受け取るとき、軽くお辞儀をしていく律儀な性格だけど、今日は珍しく立ち止まった。


「……おかわりは、ありますか」

「たっぷり用意してあります。第二弾に揚げ餃子と水餃子もありますので、お好きなものをおかわりしてください」


 エドガルドの後ろから、ロルフの鮮やかな赤髪が覗く。


「水餃子っていうのは?」


 ロルフは細身なのによく食べる。ごはんを楽しみにしてくれているようで、よく話しかけてくる。チャラいと見せかけて、たぶん硬派なのに気づいたのは、つい最近だ。


「茹でた餃子です。今日は三種ありますので、食べ比べてみてください」


 ひょいひょい餃子を取っていたロルフは動きを止め、トングをそっと置いた。


「楽しみをお預けなんて、なんてことだ」


 大げさに悲しんでみせるのがおかしくて、思わずくすりと笑う。


 ここで働き始めて、前世のわたしのまわりにいた男がいかにクズだったか、よくわかった。優しくしてくるのは下心があるからで、それを拒否すると逆切れして怒鳴り散らしたり、根も葉もないことを吹聴する。

 前世のわたしは傷ついて立ち直りきれなくて、頼れる人もいなくて、いつもいっぱいいっぱいだった。自分に自信がなくて、諦めているくせに愛されたかった。そういうのがにじみ出ていたのだと思う。


 第四騎士団の騎士さまたちは、みんな人間ができている。わたしが異性が苦手なのに気づいて、あまり近づかないようにしてくれている。

 最初は事務的に接してきていたけど、わたしが結婚相手を探しにきたわけではないと気づいたらしい。やっぱり、仕事は真面目にするに限る。


「今日もおいしそう! ありがとう!」


 レネはいつものように、明るくお礼を言ってくれた。年下なのと薄ピンクの髪の毛で、異性より弟のように思える。第四騎士団のなかでは一番話しやすい。


「よければ、あとでどの餃子が一番好みだったか教えてください。今後の参考にいたします」


 それから騎士さまたちは、餃子をたくさん食べてくれた。何回おかわりしても大丈夫なようにたくさん作ったのに、全部なくなった。

 ……運動部の食欲を舐めてた。



・・・



「こ、怖ぁ……夜中の森ってどうしてこんなに怖いの? ジェイソンが出てきそう」


 怖さのあまり独り言をいいながら、忘れ物を取りに騎士団への寮へ向かう。

 別に明日の朝に行ってもいいけど、明日は休みだ。休みの日に早起きして、行く必要のない仕事場に行きたくない。


 月明りを頼りに寮の裏口を開けると、暗闇のなか、大きい影がのっそりと動いた。


「ひっ……!!」


 く、熊!? 泥棒!? まずい、手ぶらだ!

 とりあえず大声を出そうと息を吸うと、大きな何かが伸びてきて口をふさがれた。


「んーーー! んん!!」

「痛っ! お、落ち着いて。僕です。エドガルド・バルカです」


 解放されて、転びそうになりながら距離を取る。

 思いきり嚙みついた手をかばいながら、猛獣を落ち着かせる仕草をしているのは、たしかにエドガルドだった。


「バルカ様……?」

「驚かせてすみません。騒ぎを起こしたくなくて……手荒なことをしました。怖かったでしょう」

「も、申し訳ございません! 手を噛んでしまいました!」

「何かあったときこんなことができるのは、とてもいいことです。ですから、声をひそめて」


 エドガルドは、とにかく騒がれたくないらしい。頷いて、いまさら震える体を抱きしめた。

 怖かった。ようやく男性に、騎士団の人たちに慣れてきたのに。

 暗闇のなか伸ばされる手。もがいても、体格と力の差で封じ込められる。もしこれが悪党なら、今頃わたしは……。


「……本当に、申し訳ございません。守るべきレディを傷つけるなど、騎士失格です」

「……いいえ。いいえ! わたしが体を鍛えるべきだったのです。もしくは、こんな時に使える道具を持ち歩いていればよかった」


 前世であれだけ男にめちゃくちゃにされたのに、危険に対抗するすべを持たないことに、今の今まで気づかなかったなんて……!


「明日、防犯道具を探してみます。バルカ様、気づかせてくださってありがとうございます」


 エドガルドは珍しく困った顔をし、小さく、けれどはっきり首を振った。


「自分の都合を優先し、守るべきレディを怯えさせてしまったのは、自分が未熟だからです。感謝は不要です」


 エドガルドはうなだれ、ため息のような言葉をこぼした。


「ああ、つぶれてしまった」


 持っていたのは夜食のサンドイッチだった。



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