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~Ken's home~

2回目のワクチン接種に行ったら40度の高熱を出してぶっ倒れました。皆さんもお気をつけて。







 ケンの”使い魔になってくれないか”という頼みを俺は二つ返事で了承した。出会ったばかりだけど、ケンはほわほわしていて優しく、うまく付き合っていけそうだと思ったし、そもそも身寄りのない俺には他にあてもない。飼ってくれるというなら是非とも飼ってもらおう。


「アナマナさん。ここが僕の住んでるアパートだよ」


「へぇ、結構綺麗なところだな」


 そのケンに案内されて彼のアパートへやって来た。アルバイト先があるというあの雑居ビルから15分程歩いて緑色のかわいらしい建物にたどり着く。2階建てで部屋は各階に3つずつの計6部屋。緑の屋根と白い壁の対比は何とも癒しを与えるデザインで、ケンのイメージピッタリのアパートだった。

 ケンの部屋は201号室。階段を上ってすぐそこにある角部屋だ。部屋に着くとケンはカギを開けて先に入る。


「ち、ちょっと待ってて。部屋の中片付けてくる」


 パタンと扉が閉まり、パタパタと足音が遠ざかるのが聞こえる。男の一人暮らしで部屋が散らかることは俺にとって当たり前のことだから気にしないんだけどな。先輩の家に遊びに行ったらめちゃくちゃ酒臭かったこともあるし。

 手持ち無沙汰になった俺は玄関前の壁に寄り掛かった。白のペンキが塗られた背中程の高さのやつで、上部に黒い手すりがついている。

 尻尾が揺れ、ピトピトと優しく床を叩く。腕を頭の後ろに組み、身体をのけ反らせると頭がはみ出て青い空を見上げる形になった。

 あっちの世界でも見慣れた青空に、ゆっくりと流れる白い雲。街を照らす太陽は一つだけ。異世界転生でありがちな、太陽が二つだったり、空が赤かったりとかはない。どこまでもいつも通りの空に少し嬉しい気持ちになる。歌や物語で「空はどこまでも繋がっている」という表現がよく使われる。こっちの世界に来て身体も何もかもなくなってしまったが、この空だけがあっちとの繋がりのように思えてきて少しだけ安心感を抱いた。


「お待たせ。いいよ、入って」


「おう、別に気にしなくて良かったのに」


「いや、そういうわけにいかないよ…」


 片付けを終えたケンが扉から顔を出し、俺を招いた。中へ入ると、フローリングの木の匂いがほのかに混じったケンの香りが鼻をくすぐった。

 玄関から入ってすぐ左手にあるキッチンは日常的に使われている形跡があり、右手に見える風呂場やトイレも清潔に保たれている。生活力という面でケンは俺なんかより遥かに上をいっているようだ。


「あの…アナマナさん。あんまりジロジロ見ないでもらえると…」


「ん? ああ、ごめんな。友達の家に初めて来るとさ、つい色々見ちゃうだろ?」


 廊下を抜けて奥の部屋に入るとそこはリビング兼寝室。窓は南側についていて日当たりがいい。窓の隣にクローゼットが配置されており、その前に一人用のベッドがある。部屋の中央に小さなローテーブルが置かれていて、その正面にはテレビ、そしてその下のラックには据え置き型のゲーム機が仕舞われている。

 うん、これぞ男子大学生の一人暮らしって感じの部屋だな。こちらも普段から綺麗に使われている様子。さっきは一体何を片付けていたのだろうな。

 一瞬、大学生の部屋なのに本棚がないな、と思ったけど、リビングの扉の影に戸棚や本棚があって、教科書などはそこに仕舞われていた。


 ケンが部屋の奥に行ってクローゼットを漁り始めたので、俺は何となく本棚のラインナップを眺めた。まず本棚の下部でどーんと存在感を発揮する六法全書に面食らう。その後も”社会学入門第4版”、”Essential経営学”、”現代政治学”、”実践統計学”、”経済学の活用”…と小難しい本達が並ぶ。この教科書のラインナップを見る限り、ケンは文系の学部に属しているようだ。俺は理系の学部で、数学をやったり薬品を混ぜたりしていたから知らない世界だな。ただ本棚には文系の教科書だけではなく、竜人(アギト)に関する本も多くあった。確か、興味があって調べたことがあるって言ってたな。


「アナマナさん、本が気になるの?」


「ああ、私もちょくちょく読むし、本棚を見るとそいつの趣味とか関心がどこに向いているのかを何となく知ることができるから」


 漫画やアニメが好きな奴の本棚は当然漫画がたくさん置かれているし、パソコンが好きな奴はコンピュータ関連の書籍が、ミステリー好きの奴は色々な作者の推理小説に加えて様々な分野の専門書を蓄えてたりする。相手の関心事が分かれば会話もしやすくなり、より相手と仲良くなれる。

 俺自身本は嫌いじゃないから、こうやってゼミの仲間と仲良くなった。オススメの本とかも教えてくれるようになるから、新しい本に出会えるメリットもある。


「ケンは文系の学部に所属しているのか?」


「うん、そうだよ。宮都大学社会学部竜人社会学科の2年生だ。」


「りゅうじんしゃかいがく?」


「うん、竜人(アギト)と人間が社会の中でどう付き合っていくか。そのための制度はどうなっているか。そういうことを大学で学んでいるんだ。」


 …やべぇ、こいつ俺よりよっぽど模範的な大学生だ。ちゃんとした目的意識を持って勉学に励んでいやがる。数式や構造式をちょこっといじって後は研究室でゲームをしていた俺とは大違いだ。


「へ、へぇ、すごいんだなケンは。」


「あはは、そんなことないよ。僕、頭はあまり良くなくて。勉強はしてるんだけど、成績もそんなに良くないんだ。」


 去年受けた法律の講義もテストが全然解けなくて落としちゃったし、とケンはアハハと笑った。授業で使うために買った六法全書を何度も読み込んでテストに臨んだものの、結局ダメで単位をもらえなかったらしい。

 ケンは真面目な生徒ではあるようだが、所謂天才タイプではないようだ。クラスで一人はいた、勉強を頑張っているのだけれど成績が上がらないタイプの学生だ。本人の人柄もあって、つい応援したくなる。といっても理系の俺では完全な畑違いだから、力にはなれなそうだ。


「ん? ところでケン。その服は?」


 戻ってきたケンは、白いTシャツにジーパン、靴下という服の一式セットを持っていた。


「ほら、アナマナさんいつまでもその格好じゃなぁと思って、僕の服で良ければどう?」


 確かにあの研究所で拝借したこの病衣のままなのは困る。布に穴を開けただけ、みたいな簡易的なものだし、下着なしでこれはかなり頼りない。ケンも目のやり場に困るだろう。

 ただ、服を着るとなると少し問題がある。


「…この腕と尻尾はどうやったら仕舞えるんだ?」


 俺は朝からここまで竜の腕と尻尾を出しっぱなしだ。尻尾はズボンを履く時に邪魔になるし、この無駄に太い腕ではシャツに袖を通すこともできない。それに俺はまだ竜人(アギト)の力に慣れていないので、服を受け取る時に破いてしまう危険もある。


「えっと…僕は竜人(アギト)じゃないからよく分からないけど、テレビやネットで見る竜人(アギト)の人は割と簡単に出したり仕舞ったりしてたよ。本にも竜人(アギト)本人の意思で簡単にできるって書いてあったし。」


 つまり、念じてみろってことか。

 とりあえず自分の腕を見つめて「戻れ」と心の中で言ってみる。…うーん、ダメだ。戻らない。

 次に力を出す前の白くて細い女性の腕を想像してみる。その脳内の映像を竜の腕と重ね合わせて意識してみる。…これでもダメ、戻らない。


 なんとなーく、自分の腕を観察してみた。血のように赤と黒が混じった色の鱗に覆われた豪然な腕。初めて見た時は単に化け物の腕としか思わなかったが、竜のものだと言われてみれば、生物の頂点に立つ存在の偉大さを持っているように感じる。

 …ん? 感じると言えば、今心なしか全身に力を入れているような気がする。今まで自然に動けていたので気がつかなかったが、意識と無意識の境目レベルで全身に力を込めているようだ。ふーっと息を吐きながらその力を完全に抜いて脱力してみる。


「…お、戻った。」


 ようやく腕と尻尾が引っ込み、人間の身体に戻ることができた。触って確認したところ、ツノもちゃんとなくなっている。もう一度全身に意識して力を込めるとまた竜人(アギト)の姿になった。力を抜くと人間に戻る。

 なるほど、あの形態になるための負担はほとんどない。わずかな力を込めるだけで切り替えることができる。普通の竜人(アギト)は力に目覚めた時から少しずつ慣れて自在に制御できるようになるのだろうが、俺の場合は意識は人間のまま人工的に造られた竜人(アギト)の身体になった特殊ケース。当然力の使い方なんて知らない。

 腕の出し入れだけでこんなに苦労するとは、これから先が思いやられる。


 とにかく問題は解決したので服を着替えよう。ケンから服セットを受け取り、病衣の裾に手をかけて持ち上げる。


「えっ!? わっ、わわわっ!?///」


 するとケンが声を上げて勢いよく後ろに振り返った。顔を両手で覆い、耳まで真っ赤に染めている。


「? おい、どうした?」


「ど、どうしたじゃないよっ! アナマナさん何でここで着替えようとしてるのっ!」


「?? 何をそんなに騒いで__あ~…」


 忘れてた。俺今女の身体だった。そりゃ妙齢の女が男子大学生の前で着替えようとしたら驚くわ。まぁある意味嬉しいシチュエーションではあるかもだけど、本人が嫌がっているならやめるべきだ。


「ごめん、配慮が足りなかった。じゃあ廊下で着替えてくるよ」


「お、お願いします…」


「………あ」


「っ! まだ何か…?」


「いや……その…私、下着の類いを持ってないからさ……このシャツとかズボン、直履きになるなぁって思ってさ」


「………っ!?///」


 ボンッと、湯気を出してケンの顔が真っ赤になった。


「ご、ごめん。でも持ってないものはしょうがないし、私は服これしか持ってないし…。ケンは嫌だろうけど、本当にごめん」


「い、いいからっ! べ、別に嫌じゃな……あっ! 嫌ですっ! 嫌ですけどっ! 仕方がないんでもうそれ着ちゃってくださいっ!」


 顔を真っ赤にしたケンに背中を押されて廊下に出た。リビングの扉がバンッと強く閉められる。俺は今度こそ病衣を脱いで渡された服に着替え始めた。












 あの後ケンのTシャツとジーパンに着替えた俺だが、再び顔を真っ赤にしたケンから不合格をもらった。何故かといえば俺の胸が原因だ。自慢じゃないが、この身体の胸はかなり大きい。グラマーである。このままモデルとして活躍できそうな抜群のプロポーションだ。 

 で、そんな女が下着なしで男の服を着るとどうなるかというと、浮く。何がって乳房の先端である。それはもう見事にポツンと浮いた。

 もともとケンは男子としては小柄で、俺よりも身長が少しばかり小さい。その彼のシャツだったのも悪かった。サイズが小さめなせいで胸だけでなく身体全体を締め付け、かなり目の毒になっていた。風呂場の鏡で確認したが、これは確かにダメだと思った。下手したら裸よりも刺激的だ。


 そんな経緯もあって、俺は下はジーパンのままで、上はゆったりとした白いセーターを着ることになった。今の季節は春で、もうすぐ夏に入ろうかという時期。ケンには、暑いだろうけど我慢して、と謝られたが、この身体は暑さにも強いのか苦痛に感じることはなかった。


「ふ~、無事着替えも済んだし、お昼ご飯を食べてから出発しようね」


「? 出発? どこか行くのか?」


「うん、役所に行ってアナマナさんのことを登録しに行くんだ。僕は竜人飼育免許を貰って、アナマナさんは僕の使い魔だっていう証を貰える。」


「なるほど、それでようやく野良竜人(アギト)卒業ってわけか。世話をかけるな主人(マスター)。」


「ううん、僕も望んだことだから気にしないで。じゃあご飯用意するからちょっと待っててね」


「何か手伝おうか?」


「大丈夫、簡単なものだから」


 キッチンへ向かうケンを見てフッと笑みをこぼし、俺はコテンと床に倒れた。



 


 

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