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~girl meets boy~








「そこの野良竜人(アギト)っ! 動くな! 大人しく我々に付いてこい!」


 あの謎の研究所を出た翌日、俺は真っ黒い服を着た機動隊らしき屈強な男達に囲まれていた。


「…なにこれ?」










 昨日研究所から街に来た俺はあちこちうろついてみた。深夜だったようで街に人はほとんど見えず、静かなものだった。時折夜遅くまでやっている居酒屋から日々頑張るサラリーマン達の喧騒が聞こえてきた程度だ。

 歩きながら標識や看板を確認したところ、見慣れた図、見慣れた言語で記されていたことに一先ず安堵した。少なくともここは日本であるようで、言語や文化が分からなくてオロオロするということはなさそうだ。

 だが、日本であっても俺が住んでいた街とは全く違っていた。スマホがないので現在位置の確認もできない。できたとしても財布がないので移動することもできない。ついでに学生証や免許証など身分を証明するものも何一つない。

 非常に困った。思いつく最善の手は交番に駆け込んでお巡りさんに相談することだが、信じてもらえるだろうか。「気づいたら見知らぬ研究所で実験体になっていて、知らない間に改造されたみたいで女の身体になってました」って言ったら、不審者扱いされて拘束されたりするんじゃなかろうか。めちゃくちゃ不安だが現状こうするしか手がない。腹をくくるしかないか。


 歩きながら思考をまとめた俺は公園を見つけ、水飲み場で水を飲んでから綺麗なベンチで眠ったのである。





 そして起きたら冒頭の通り、知らん男達に囲まれていた。どういうこと?

 俺を囲んでいる連中は皆一様に拳銃を構えている。そして恐らく彼らを率いる立場であろう、服装が少し違う階級の高そうな男が俺の前に立っている。手には警棒のような、いやそれよりも些か見た目がいかつい武器を持って俺に構えて。


「あの、これはいったい…?」


「動くんじゃねぇ。てめぇか、通報のあった野良竜人(アギト)ってやつは。」


「はい? ”あぎと”?」


 その男は煙草をくわえて火を付けると俺をギンッと睨む。”あぎと”という耳慣れない、でも何やら重要そうなワードが聞こえたので詳しく聞こうと近づいたら、いかつい武器を首元に当てられた。


「動くなと言ったはずだ。」


「っ」


 ヒュッと喉が鳴った。この男、まるで親の仇を見るかのように瞳孔が開ききっている。持っている武器はデパートのおもちゃコーナーに売ってそうな見た目なのに、それが俺の命を容易く刈り取るものであるとその目が物語っている。


「抵抗するなら武力行使に移らせてもらう」


「あ、あの待ってください…、”あぎと”とはいったい…?」


「てめぇ、シラを切るつもりか。はっ、ならその”爪”と”尻尾”を隠してからにするんだな」


 煙草から立ち上る煙が、男の黒い前髪を揺らす。緊張感故か、そんな何気ない光景がスローに見える。

 今この男は何と言ったか、”爪”? ”尻尾”? 爪はともかく、尻尾なんてものは俺の身体になかったはずだが…


「っ! え!? 何これ!?」


 確認のため、ゆっくり身体を見下ろしてみて目を見開いた。

 まず腕、昨夜まで白くて細い女性の腕だったはずなのに、血のように赤黒い鱗に覆われた大きい化け物の手になっていた。指先の爪は猛獣の歯のように鋭く、元の腕の5倍はあるであろうその腕は、全力で殴れば岩をも粉砕できそうだ。

 さらに、腰からは同じように赤黒い鱗に覆われた尻尾が生えている。華奢な今の俺の身体に不釣り合いな程大きく、まるでワニの尻尾のような存在感のそれは、不機嫌そうにビタンビタンと地面を叩いている。結構硬かった覚えのある公園の地面はそのせいでヒビが入っていた。


 他にもペタペタと自分の身体を触って確認してみる。足首やほっぺたに同色の鱗が浮き出ていたし、頭には山羊のようにくるんと巻かれたでかいツノが二本、側頭部に対になるように生えていた。

 

 間違いなく今の俺は人間とは違う、異形の何かになり果てていた。


 困惑を隠しきれず、無意識に誰かに助けを乞おうと周りを見渡してみる。

 険しい顔をして拳銃を構え、俺を取り囲む男達。その外側で怯えを孕んだ表情で俺を見つめる市民の人々。公園の外のビルの窓からこちらの様子を見ているOLやサラリーマン達。そして、武器を構えて俺を睨み続ける目の前の男。

 皆それぞれ違う表情を浮かべていたけれど、俺を助けようと考えてくれている人は誰もいなかった。


「………っ」


 完全なる四面楚歌という今まで味わったことのない状況。それに恐れを抱いた俺の身体は一歩、また一歩と後ずさる。それを目の前の男は逃亡と捉えた。


「逃げるか…、なら力づくでねじ伏せる!」


 男の表情が変わった。瞳孔は相変わらず開きっぱなしだが、警戒の色だった表情は鳴りを潜め、殺気に満ち溢れた顔つきになる。腰を落とし、武器を居合の刀のように構えた男の左肩が俺に晒される。


「桜…」


 男の制服だろう黒い服の左肩には、あの研究所で飽きるほど見たあのマークが刻まれていた。1枚の赤い花びらに4枚の白い花びらがくっついた桜のマークだ。暢気にそのマークに気を取られた俺の隙を逃さず、男は俺にあっという間に肉薄し、襲い掛かってきた。俺はとっさに大きな化け物の腕を顔の前でクロスして男の武器から身を守ろうとする。


_ガキィィンッ!!


 すごい音がした。アニメや、ドラマの殺陣のシーンでしか聞いたことのない刀と刀が鍔迫り合うような硬い音。鱗に覆われた必要以上に大きな腕は、見た目通り頼もしく俺を守ってくれたようだ。

 咄嗟に瞑っていた目を開けると、俺の剛腕に武器を防がれた男は目を見開いて驚いていた。


竜刃刀(りゅうばとう)が通らねぇ…!?」


 竜刃刀っていうのか、そのいかつい武器。

 色は全体的に灰色でシンプル。しかしデザインとしては警棒に太くて長い刃を装着した武器らしく威圧感を与えるもの。こうやって近くでじっと観察してみると、その刃は俺が持つような鱗を加工したものだとわかる。

 名を竜刃刀という何とも厨二心がくすぐられるような武器。男はそれが俺に通用しなかったことが驚きらしい。もし通用していたら俺は今頃豆腐のように真っ二つになっていたとでもいうのか、恐ろしい。


「ちっ、てめぇ”人工竜”か!」


「え、なに? じんこう…?」


「てめぇら! 竜弾銃(りゅうだんじゅう)を撃て! 一斉射撃をこいつに浴びせろ!」


「しかし! 奴が人工竜であるならば効果は見込めないかと!」


「まずは足止めだ! その後に捕獲用の陣形を組んでとっ捕まえりゃいい」


 少しくらい説明してくれてもいいのではないか。さっきからそっちでばかり話を進めるせいで俺はその会話から推測するくらいしかできないのだが。

 竜刃刀を仕舞った男は周りの男達に指示を飛ばした。竜弾銃とは男達が構えている銃のことだろう。見た目はドラマなんかで見る拳銃とあまり大差ないが、竜刃刀と同じように鱗を加工した弾が発射されることが予想できる。

 周りの銃の照準がすべて俺に向いている。全方位の銃口から殺意を持った銃弾が発射されるのかと思うと身体がこわばる。


「撃てっ!」


 男の号令と共に、何十発という弾丸が発射された。360度どこにも避ける場所はなく、気がつくと俺は本能に従って空へ跳躍していた。


「えっ!? わっわっ!」


 凄まじい脚力が出た。助走も踏切台もなくただ足の力だけでジャンプしただけなのに、公園の木よりも高く、軽く8メートルは跳んでいた。

 人間離れしたジャンプで銃を放っていた男達も、その外側でこちらを様子を見ていた市民たちの輪も軽く飛び越え、公園から離脱した。


 後ろから、追えっ、逃がすなっ、と彼らが追ってくるのが聞こえたが、超人的な身体能力で街中を跳んで走って逃げ、公園から大分離れて入り組んだビル街に入ったところで撒くことができた。

 逃げている間、街の人達は俺を見ると悲鳴を上げて、あの男達に助けを求めていた。やっぱり俺が異形の存在で、男達は俺のような者から人々を守る立場にあるのだろう。それに気づいた俺は人目に付く大通りなどは避け、建物の壁や屋根の上を目立たないように移動した。


 雑居ビルの屋上からこっそり下の様子を見ると、男達はまだ俺のことを探し回っている様子だった。これはもっと目立たない場所でほとぼりが冷めるまで身を潜めていた方がいいだろう。

 そう判断した俺は暗い路地裏へと飛び降りた。


「わっ!? どいてどいて!」


「え?」


 だけど飛び降りた瞬間、ちょうど着地点にゴミ袋を二つ持った人がいることに気づいた。その時にはもう勢いよく落下していたのでその人物に声をかけて何とか避けてもらうしかない。とはいえ、スポーツ選手でもあるまいし、いきなり声をかけられたからと言って身体が動くわけがない。結局俺はドッシ~ンッとその人にぶつかってしまった。


「す、すみませんっ! 大丈夫ですか!?」


「う、う~ん。何とか…」


 俺が圧し潰す形になってしまい、その人はゴミ袋を放り出して倒れていた。

 歳は大体俺と近い、大学生だろうか。髪は真っ白で前髪に赤いメッシュが入った珍しい色をしているが、顔はシュッとしていてパーツも整った美少年だ。ちょっと童顔なのも相まって、何だかかまってあげたくなる印象がある。アルバイト中だったのだろうか、白いTシャツに青いシャツ、黄土色のズボンという爽やかな私服の上から紺色のエプロンをしている。


「っ!」


「わっ!? え、何!?」


 その少年が起きるのを手伝っていると、あの男達が近づいてくる足音がした。咄嗟に俺は少年を抱きかかえてゴミ捨て場の陰に隠れた。俺達の数メートル先まで来た男達の会話が聞こえる。いたか、この近くにいるはずだ、などその声が聞こえるたびに心臓の鼓動が早くなり、ギュッと少年を抱きかかえる腕に力が入る。この身体の超人的な力で潰してしまうわけにはいかないので、思いっきり抱きしめるのは我慢して。


 数分ほどそうやって隠れているとようやく男達は去っていった。別の場所を探すらしい。フーッと安堵の息を吐いた俺は精神安定剤の役割を担ってくれた少年を解放する。


「ごめんなさい、貴方に怪我をさせてしまったばかりか不躾なことまでしてしまって…」


「えっ、あ、いや。僕は別に…」


「俺はもう行きます。本当に申し訳ありませんでした。」


「俺? あ、ち、ちょっと待って!」


 街中で散々向けられた恐れを孕んだ目をされるのが嫌で、少年と目を合わせずに謝り、別れを告げる。くるりと振り返って路地裏の奥へ消えようと歩く。


「?」


 するとその先から、誰かが歩いてくるのを感じた。のしのしと重く響いてくる足音や猫背で俯いた状態で近づいてくる人影はどう見ても普通ではない。何なんだよまったく次から次へと…


「っ! まさかっ!」


 少年は人影の正体に心当たりがあるのか、素早く立ち上がった。いつでも逃げ出せるように足は大通りの方を向いて腰も落としている。その警戒の様子から察するに、危険なものが近づいてくるのか。

 やがてそれはビルの影から姿を現し、その正体があらわになる。真っ赤な鱗に覆われた化け物の腕、ビタンビタンと不機嫌そうに地面を叩く尻尾、側頭部に生えた異形なツノ、そして爪の先からピチョン…ピチョン…と赤い液体が垂れている。


 こいつは…俺と同じ化け物…?


 



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