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幕間 カノジョとカノジョとカノジョ

 碧人が立ち去ったあとの体育館裏。

「ほんとにこれでいいんですかね?」

 不安げに瞳を揺らすのはつぐみ。


「いいのよ」

 花香が寸分の迷いも見せず大きく頷く。


「ていうか、これ以上の解決策はないでしょ?」

 月奈はポケットから取り出したスマホの画面に目をやりながら言う。


「でも、風紀委員長としてのわたしの立場からすると、やっぱりまずいんじゃないかって思うんですけど」

「そこは適当に理屈を作ればいいのよ」


 こともなげに言い放つ花香につぐみは食い下がる。


「適当にって……。確かに校則で男女交際は禁止されてませんし、複数の人と付き合うことも禁止されてません。……そもそもそんなことは想定されてないんでしょうし」

「けれど、倫理的にどうなのか、ということを責められるのをつぐみさんは恐れているわけね?」

「はい。一人の男の子が三人の女の子と同時に付き合っているなんてことがばれたらアオくんは大変なことになると思うんですよ」

「……なるほど。つぐみちゃんは、そっちを心配するんだね」


 スマホから目を離して月奈が口を挟む。


「えっ、違いますか?」

「うーん、まぁ伊達は大丈夫だと思うよ」

「どうしてですか?」と訊ねるつぐみに、花香が応える。

「だって、碧人くんはもともと友達が少ないから。ばれたところで、彼の学校生活はそう変わらないはずだから心配することはないわ」

「えっ、それってちょっと冷たくないですか?」


 目を見開くつぐみに対し、「そうでもないかな」と引き取るのは月奈。


「花香会長はちょっと言葉足らずだけど」

「どういうことですか?」

「花香会長は、伊達は大丈夫だって言ったけど、それには条件があるんだよ。――それはあたしたちが非難されないということ」

「ええ、月奈さんの言う通りよ。碧人くんだけが責められるのなら、問題ないのよ。ただ、私たちに白い目が向けられるような事態になれば、大変なことになるわ」

「そうだね。あたしたちのこの関係をきっかけにして、あたしたちの誰か一人でも失脚すれば学校のパワーバランスは大きく変わるし、そうなればそのきっかけを作った伊達も間違いなく学校中の非難を浴びることになるだろうね」


 先輩二人が碧人のことを考えていなかったわけではないと知り、つぐみはホッと胸を撫で下ろす。

 けれど、懸念が根本的に解消されたわけではない。

 今の状況をしっかりと整理する必要があると、あらためて二人の顔を見据える。


「お二人の考えは分かりました。では、さっき宇都宮さんは理屈を作ればいいって言ってましたけど、どうするつもりですか?」

「それなんだけど」

 と、月奈がスマホの画面をつぐみと花香に示す。

 画面には『浮気の言い訳トップ10』というタイトルが付いたウェブサイトが表示されている。


「なるほど考えたわね」

「えっ、どういうことですか?」


 花香とつぐみが画面を確認したのを見てから、月奈は言う。


「あたしたちがこの関係に同意した以上、伊達は浮気をしてるわけじゃないんだけど、万が一ほかの人にばれた時にこの言い訳が使えると思うんだよね」


「ほら見てみて」と画面をスライドさせる。

『仕事の関係』『たまたま一緒になっただけ』『家族ぐるみの付き合い』なんて言葉がずらっと並んでいる。


「特にこの一番上の『仕事の関係』とかうってつけでしょ? 伊達は専門委員会の庶務で、生徒会と風紀委員との連絡係をしてるんだし」

「そうね。もちろんばれないのが一番だけれど、もし誰かに疑われた場合はそう言い張ればいいわね」


 そう口々に言う月奈と花香に、つぐみは「けど……」とまだ納得いかない。


「ほんとに大丈夫でしょうか?」

「もうっ、つぐみちゃんは心配性だな」


 月奈は両手でつぐみの髪をわしゃわしゃとかき混ぜる。


「やめてくださいよぉ」とその手を払いのけ、つぐみは両手で髪を整える。

「とにかくばれなければいいし、ばれたら全力で誤魔化せばいいのよ。私たち三人が揃っていれば、多少の情報操作なんて簡単だしね」


 月奈の言葉を補足する花香に、つぐみは、

「分かり、ました……けど。でも、それじゃあ……」

 と、顔を赤くして言葉をのみ込んで視線を下げる。


「つぐみさん、どうしたのかしら?」

「大丈夫?」


 突然俯いたつぐみに、花香と月奈が心配そうに声をかける。

 つぐみは三秒ほど「ううう……」と唸ってから意を決したかのようにガバっと顔を上げ、消え入るような声で言う。


「ばれないようにしたら、その、あの、アオくんと、イチャイチャできないじゃないですか……」

 真面目ぶった顔でそう告げるのを聞いて、花香と月奈は大声で笑いだす。


「ちょっ、ちょっとぉ! わたしは真剣に悩んでるのに、お二人はなんでそんなに笑うんですかっ?」


 声を荒げるつぐみに、花香は

「ご、ごめんなさい。つぐみさんが『イチャイチャ』なんて言うもんだから」

「ほんとだよー。えっ、つぐみちゃんって結構いやらしいんだ?」

「ちっ、ちっ、違いますっ! わたしはいやらしくなんてありませんっ!」


 なおも笑い声を上げる二人に、つぐみは「もうっ」と頬を膨らませる。

 しばらくして落ち着いた花香は、目の端を人差し指で拭いながらつぐみに訊ねる。


「それで、つぐみさんは碧人くんとどんなことをしたいの?」

「わたしは、ただ学校帰りにアオくんと手をつないだり、ちょっと寄り道したりしたいだけです」


 顔を真っ赤にしながらそう言うつぐみ。

 月奈も口角を柔らかく上げて同意する。


「そうだね。やっぱりそういうベタなのにはあたしも憧れるかな」

「そうね、実現できるように協力していきましょう?」

「はい。風紀委員長としてこんなことを言っていいのか分からないですけど、宇都宮さんの言うように、わたしたちが協力すれば、ばれないようにこの関係を続けていけるんじゃないかと、わたしも思います」

「だねっ! ただ、つぐみちゃんの夢を叶えるためには問題はもう一個あるけどね」

「へっ、朝霧さん、何ですか?」


 情けない声を出したつぐみに、月奈は「はあ」と小さくため息をついてから頷く。


「これはたぶん、あたしたちが簡単にどうこうできる問題じゃないんだけど……。伊達ってさぁ、ちょっとその辺の度胸がなさそうなんだよね」


「あぁ」と、花香も思い当たることがあるかのように、つぶやく。


「今までも私は碧人くんをさんざんたぶらかしてきたのに、彼は全然反応してくれなかったのよね」

「そう。だから、あたしは今日、つぐみちゃんが告白してくれたことにちょっと感謝してるんだよね」

「けれど、奥手なのは月奈さんも、そうなのではないの?」


 唇に人差し指を当てて問う花香に、月奈は目を見開く。


「あたしが? そんなことないですよ」

「そうかしら? だって、碧人くんと仕事で一番長い時間をともに過ごして、告白するチャンスだって私たちよりあったはずなのに告白していないし。なにより、彼のことをいまだに苗字で呼ぶのは月奈さんだけよ?」

「そっ、それは、ちゃんと手順を踏まないといけないというか、なんというか……」

 しどろもどろになる月奈に、つぐみはからかうような視線を向ける。

「じゃあ、朝霧さんがちゃーんと手順を踏んでいるうちに、わたしが先にアオくんと手をつなぎますねっ!」

「なっ、何を言ってるのかなぁ? それは年功序列よ、年功序列っ!」

「あら、それなら私が一番ということでいいのね?」


 花香まで一緒になってからかってきて、月奈は頭を抱えてその場にしゃがみこむ。

 けれど、すぐに立ち上がると勝気な視線を花香とつぐみに向ける。


「みっ、見てなさいよっ! 伊達と一番イチャイチャするのは、あたしなんだからっ!」

「そう? 威勢がいい割りにはいまだに苗字で呼んでいるけれど?」


 花香は縦ロールの髪先をいじりながら、余裕の笑みを浮かべる。


「えぇ、一緒に頑張りましょうね」

 つぐみは胸の前で小さくガッツポーズをつくってみせる。

「もうっ、ほんとに知らないんだからねっ!」

 そう叫ぶ月奈に、花香とつぐみは「今日はこの辺で解散しましょうか?」と、目を見合わせ微笑んだ。

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