第6話 なんか面白い話があるんでしょ?
「これからのことを話し合うから」という花香さんたちを残して俺は一人、中庭に来ていた。
自分の理解を超えることが起こったからなのか、妙にのどが渇いている。
自販機に硬貨を流し込むのと同時に口からため息がこぼれた。
「あれっ、伊達くんじゃん。ため息なんてついてどうしたのぉ?」
振り向くと、同じクラスの南郷明日風が立っていた。
「いや、別にどうもしない」
友達の少ない俺に南郷がなれなれしく話してくるのは、彼女が新聞部の部長を務めているからだ。
栗色のツインテールがかわいいけれど、心を許してはいけない。
敏腕記者で知られる南郷に、俺に彼女ができたなんて話をしたら大変なことになる。
しかも、その相手が生徒会長、専門委員長、風紀委員長というこの学校を取り仕切る三役だなんて絶対に知られるわけにはいかない。
そんなことを知られてしまったら、面白おかしく書き立てられて大変なことになるのは火を見るより明らかだ。
下手すれば学校の統治機構がまるっきり変わってしまうことだってあり得る。
そんなことを考えていると、南郷は身を屈めて俺の目を覗き込んできた。
「えー、なんでもないって顔してないよぉ? なんか面白い話があるんでしょ?」
「ほんとに何もないって」
「じゃあ、飲み物おごってあげるから話してよぉ?」
そう言って南郷は、勝手に自販機のボタンを押す。
紙パックに入ったミルクティーを取り出すと、「はい」と俺に渡してきた。
「はい、じゃないだろ? お金は俺が入れたんだし」
「うわっ、こまかっ! そんな小さなことを気にしてるようじゃモテないよぉ? とにかくこれ飲んで、面白い話を聞かせてよぉ」
モテないどころか、俺にはたった今、三人の彼女ができたんだが、なんてことは当然おくびにも出さない。そんなことをするわけにはいかない。
「細かいって……。そもそも仮に南郷のおごりだったとして、物と引き換えに話を聞き出すってのはまずいんじゃないのか?」
「それはそうなんだけどねぇ」
「だけど何だよ? 取材をする時に取材相手に対価を与えたらいけないって、テレビかなんかでやってたのを見たぞ」
反論する俺に南郷はきざったらしくちっちっちっと、顔の前で人差し指を振ってみせる。
「大義のためには手段を選んだらいけないこともあるんだよぉ」
「そこまで言うのか。……じゃあ、南郷の言う大義って何なんだよ?」
「そりゃ決まってるでしょ。――ウチらの学校をより良いところにすることだよぉ」
なるほどそう来るか。
「でも、普段の学校新聞を見ると、誰と誰が付き合ってるとか下世話な週刊誌が載せるような記事ばっかり目に付くけどな」
「それは、あれだよ。一罰百戒って言うのかなぁ」
「いや、誰かと付き合うのは別に悪いことじゃないだろ? 校則で禁止されてるわけでもないし」
「そうだけどぉ、そこから大きな悪に発展するかもしれないでしょ?」
俺が視線だけで「いや分からん」と伝えると、南郷は言葉を継ぐ。
「昔ね、ニューヨークの街は落書きだらけだったんだってぇ。でも、その落書きを消して回ったら、治安も良くなったらしいんだよねぇ。だから、大事なのは小さなことからコツコツと、だよぉ」
論点がずれてるような気もしなくはないが、一方でなんとなく分かる気もする。
ということは、やっぱり俺が三人と同時に付き合ってるなんてことがばれるのだけは絶対に避けるべきだ。
南郷だったら、ニューヨークの落書きどころじゃない騒ぎにしかねない。
とにかく、この場で南郷とこのまま話を続けるのは得策じゃない。
俺は何気なさを心がけて口を開く。
「そっか。まぁ、頑張れよ」
「うん、ありがと。なんかあったら教えてねぇ。特に伊達くんは学校の三役と仲がいいんだから、いろんな情報が入ってくるでしょぉ?」
『三役と仲がいい』なんて言われると、ドキッとしてしまう。
もしかして……と、南郷の様子を窺うが、他意は感じられない。
きっと、俺が専門委員会の仕事で三人と交流があるってことを言ってるだけなんだろう。
「あぁ、じゃあまたな」
俺はもう話す意思がないことを示すために、ミルクティーのストローをくわえてちゅるりとすする。
南郷もそれ以上、俺を追及することはせずに「じゃあねぇ」と手をひらひら振ると、中庭から去っていった。
とりあえず、この場は何とかなったけど、やっぱり三人と同時に付き合っていれば、この先どんなことが起こるか分からない。
このままでいいのか……は俺の意思だけじゃ決められないけど、このままでいいにしても何か対策が必要になるかもしれない。
いつものように、あの人に相談してみるか。
俺はポケットからスマホを取り出すと、おなじみのアイコンをタップした。