表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/35

第4話 付き合うのはあたしだよ

「話は聞かせてもらったよ」


 体育館の角。花香さんが出てきたのとは逆の方から、朝霧が姿を現した。

 ……まじで?

 これ以上、ややこしいことになるのか?


 悪い予感しかしない。

 いや、ほとんどの男子にとっては羨ましい展開なのかもしれないけれど。

 果たして、そんなことを考える俺の横まで歩を進めた朝霧は、こう告げた。


「伊達と付き合うのは、あたしだよ」

 両手を腰に当てて、いつものように赤みがかったポニーテールを元気よく揺らしている。


「月奈さん、いったいどういうつもりかしら?」

 堂々としている朝霧に負けじと、花香さんが問う。

「言わなくったって分かりますよね?」


 朝霧に動じる様子は全くない。

 花香さんに一瞥をくれると、さらに俺との距離を詰めて俺のすぐ真横に立つ。

 落ち着き払った朝霧に、花香さんは怪訝な表情を浮かべる。


「あなたが碧人くんを横取りできると思っているの? 私はあなたの任命権も持っているのよ?」

 それはその通りだ。

 風紀委員長と同様、専門委員長も生徒会長が任命することになっている。

 だから、つぐみと同じように朝霧も立場上は簡単に花香さんに逆らうことはできないはずだ。

 けれど朝霧は小さくため息をついて、


「もちろん、そんなことは知ってますよ」

「なら、どうしてそんなに自信満々なの?」

 訊ねる花香さんの耳元に朝霧は顔を近付けて何やら耳打ちする。

 しばらくして顔を離した朝霧に、花香さんは顔を真っ赤にして声を荒げた。


「なっ、何を言っているの? 予算を盾にして私を脅すなんて!」

「はぁ、せっかく穏便に済ませてあげようと思って、こっそり伝えたのにな」


 ……なるほど。

 専門委員会の中には、財務委員がいる。

 彼らの仕事には、OBや地域の人たちから寄付を募るというものがある。

 さまざまな学校行事を立案するのは生徒会の仕事だが、財務委員が資金を集めないことには活動の原資がないことになる。

 朝霧は花香さんに、「あたしを専門委員長から下ろすのなら収入はなくなると思ってください」とでも言ったに違いない。


 なかなかあくどい手段だ。

 けれど、俺がジト目を向けても朝霧はどこ吹く風という感じで平然としている。

 それどころか、俺と目を合わせると――ガシっと両腕で俺の右腕を抱きかかえてきた。

 体はちっちゃいのに、胸元でしっかりとその存在を主張している双丘に俺の右腕は柔らかく包み込まれてしまう。

 突然何をするんだよと、朝霧を見やると、顔を真っ赤にしている。

 自分でも恥ずかしいならやめればいいのに、と無言で伝えようとするのだが、俺に密着する朝霧はそれにも気付かないほど照れているらしい。

 自分で俺の腕を抱き締めてきたくせに、どぎまぎしている。


 そんな俺たちに代わって、

「なっ? なっ! 何をしてるんですか、朝霧さん?」

 つぐみが慌てて声を上げる。

 さっきまで朝霧と花香さんのやり取りを黙って見ていたけれど、朝霧のアピールには口を開かざるを得なかったらしい。

「べっ、別に大したことじゃないよ。いいでしょ?」

 朝霧はなんとかそう言い返すが、

「ダメですっ! 風紀委員長の目の前で、こんな破廉恥なことは許されませんよ」

 つぐみにビシっと人差し指を突きつけられると、そっと俺の右腕を解放した。


 ……そうなんだよな。

 専門委員長は風紀委員長にそう簡単には逆らえないんだよ。

 風紀委員会に取り締まられると、専門委員会の活動がしにくくなることがあるからね。

 そう言う意味で、権力バランスを保つためのシステムである三権分立のトップ三人が集まると、三すくみ状態になるんだよな。

 しかし、こんな形でそれを見ることになるなんてな。

 俺が黙ったままそんなことに思いをはせていると、朝霧がつぐみに声をかける。


「でも、つぐみちゃん、あたしにも告白はさせてほしいな?」

「うぐっ。それは…………認めたくありませんけど、わたしも告白はしたので、告白することを破廉恥だとは言えませんね」

「でしょっ?」

 と、顔をほころばせると、朝霧は俺の方に向き直る。


「あたしはめんどくさい言い方なんてできないから、はっきり言うよ?」

 どんぐり形の瞳をきらきら輝かせている朝霧に、俺は何も言えず、ただ頷く。


「あたしっ、伊達のことが好きっ! だから、あたしと付き合ってよ?」


 ほんとに全力ど真ん中の告白。

 胸にずしりと重く響く言葉だった。


「朝霧、ありがとう。……けど、どうして俺なんだ?」

 俺がなんとか声を絞り出すと、朝霧は俺との距離をまた近付ける。

「ちょっと、近いですよ」と、抗議するつぐみには目もくれず、小さな唇を動かす。


「だって、専門委員会の仕事で伊達とはずっと一緒にいるから、伊達がどんな人かってのは良く知ってるからね」

「そりゃそうだけど、一緒に仕事をするのは俺だけじゃないだろ?」

「ううん」と朝霧はかぶりを振る。


「正直言うとね、あたしは最初のころ、専門委員長の仕事はあんまり好きじゃなかったんだ。ほとんど押し付けられたような形で委員長になったからね。けどね、伊達はいつも一生懸命だったから。……友達も少ないのに」

「いや、友達が少ないのは関係ないだろ」

「でも、事実でしょ?」

「……まぁ、そうだな」

「そこなんだよ」

「どこなんだよ?」

 呆れ気味に言葉を返す俺に朝霧はこの日一番の笑顔を見せる。


「伊達は誰か特定の人のためだけじゃなくて、誰のためにでも全力を尽くすんだよ。そんなところに、あたしの心はどうしても惹かれちゃうんだよ」

 ありったけの思いを込めた朝霧の言葉に、花香さんとつぐみも、うんうんと頷いている。


「だから、あたしと付き合ってよ?」


 朝霧はもう一度そう言った。

「伊達になら、あたしが嘘をついてないって分かるでしょ?」


 もちろん、朝霧が嘘をついていないことは分かる。

 朝霧が俺のことをどう思ってくれているかっていうのも、しっかりと伝わってきた。

 それに、俺だって専門委員会の仕事を通して朝霧がどんな女の子なのかはよく分かっている。

 神に誓ってもいい。

 普通に二人きりの場面なら、朝霧からの告白を断る理由なんて絶対にない。

 けど、三人に、しかもかわいくて美人で内面だって文句の付けどころがない最高の三人に同時に告白されて、俺はどうすればいいんだ?


「ちょっと、あたしは真剣なのに、そんな変な顔しないでよね」

「へぇっ?」

 責めるような口調の朝霧に俺は情けない声を出してしまった。

 でも、俺は自分で自分がどんな表情をしているのか分からない。


「そんな変な顔してたか?」


「ええ、唇をかんで真剣さを装おうとしながらも、鼻の下が伸びていて、なんとも形容し難い表情をしているわよ」

 俺の疑問に応えたのは花香さん。


「だから、アオくんは難しいことなんて考えずに、わたしのことだけ見ていればいいんですよ」

 そう言うのはつぐみ。


「で、どうなの? 返事を聞かせてよ?」

 あらためて俺に迫るのは朝霧。


 いつの間にか俺は、三方を囲まれていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ