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幕間 彼女は絶対に勘違いしない

「今回は大変だったねー」


 定例報告に赴いた学園長室。

 萌はこんな時でもいつも通り変わらぬ様子の学園長の声にいら立ちを覚えていた。


「誰のせいだと思ってるんですか?」

「えー、ボクは何もしてないよー」

「お言葉ですが、弾劾会議を招集するのは学園長の権限かと」

「そりゃそうだけどさー。一応、正当な理由があったからねー。生徒に裁量を与える以上は、弾劾会議もちゃんと開かなくちゃいけないからさー」


 爪にやすりをかけながらニヤニヤする学園長に、萌はつい声を荒げてしまう。


「弾劾会議を開くに値する理由はないと説明していたはずなんですけど」

「おぉ、怖い怖い。君もそんな怖い顔ができるんだねー」

「もうっ、茶化さないでください。……本当に学園長は何もしていないんですね?」


 低い萌の声が室内に響いた。その威圧感に堪えかねたかのように学園長はおずおずと口を開く。


「……その、ちょっとはしたかなー」

「ちょっとって、何をしたんですか?」

「串本さんに弾劾会議を開いてみたらって話をしたような、しなかったような?」

「なんで疑問形なんですかっ! したんですね」


 はあとため息をつく萌に、学園長は「ごめんねー」と悪びれもせず告げる。


「ボクも伊達くんがどんな男なのか試してみたかったんだよねー。それに……」

「それに、なんですか?」

 口をもごもごさせる学園長に萌は再び迫る。


「そんな怖い顔しないでよー」

「してませんっ! この顔はもともとです」

「そんなことないと思うよ。キミだって笑顔は素敵なんだからさー」

「もうっ、いい加減なことを言って誤魔化そうとしないでください。それに何なんですか?」

「はいはい。実を言うと、ちょっと伊達くんが羨ましかったんだよねー」

「羨ましい?」


 訝る萌に学園長は頷いてみせる。


「だってさー、三人も彼女がいるなんてずるいでしょ? しかも三人ともかわいいしさー」


 ようやく真相を告げた学園長に萌は冷たい目線を投げかける。

 けれど同時にずるいという言葉には思い当たる節がある。

 碧人が花香たち三人と交際を始めた当初、萌もずるいという感情とは違うが、こんな関係があっていいものかと不信感を覚えていた。

 学校の三権分立を守るためとはいえ、このまま見過ごしていいものかとも悩んでいた。

 しかし一連の騒動を乗り越えた碧人たちの姿を見て、萌は思う。


 ――信頼し合ってさえいれば、この関係もアリなんじゃないかと。


 どこか歪だけれど、間違ってはいない。

 そう今の萌には思えた。

 急に黙りこくってしまった萌に気まずさを感じて、学園長はいつものように軽い口調で言う。


「とにかく、いいじゃないかー。最終的にはうまくいったんだからさー」

「それはそうですけど……」


 急きょ弾劾会議が開かれることになったせいで、萌は前風紀委員長を探すために汗を流したのだが、それは碧人たちの関係を保つためにやったこと。

 その恨み言を並べるつもりはない。

 ただ、せめて弾劾会議が開かれることになったことぐらいは事前に教えてほしかったと、静かに学園長を睨みつける。

 そんな萌の気持ちに気付いたのか、気付いていないのか、学園長は「そういえばさー」と明るく声を出す。


「今回の騒動で伊達くんに三人の彼女がいるって、新聞部の部長に知られちゃったんだよね? 大丈夫なの? ある意味、そっちの方が大きなスキャンダルになりそうだけど」

「その件に関しては既に手を打っています」


 萌は冷静に応える。

 三権分立のバランスを保つために、萌が作り上げたとも言える碧人と三人の彼女との関係。崩壊してしまえば学校の仕組みが根本から覆ってしまうかもしれないということを今回の一件を通して萌は実感した。

 だから、以前にもまして碧人たちの関係を守るためにあらゆる可能性を考慮し、事前に打つべき手を打つようにしていた。


「へぇー、どうするの?」

「はい」

 短く言って萌は学園長に近付くと、耳元で何やらささやいた。

「なるほど、なるほどー。それはいい。実に面白いねー」

 萌の言葉を聞いた学園長は喜色満面の笑みを浮かべる。


「この方法なら、新聞部部長が伊達碧人たちの邪魔をすることはないのではないかと」

「うんうん。間違いないよー。でも、うまくいきそうなの?」

「はい、今回の騒動を受けて、あらためて彼女のことを調べましたが、問題ないかと」

「そっかー。じゃあ、次の報告も楽しみにしてるよー」

「では、失礼します」


 頭を下げて、入り口へ向かう萌。その背中に学園長が声を投げかける。


「けどさー、君はいいの?」

「はい?」

 ドアノブを掴みながら萌は振り返る。


「いや、だからさー。君は伊達くんの彼女にならなくていいの? だってさー、彼のことを一番見てるのは君なんじゃないのー?」


 この期に及んであきれることを言ってくれると、萌は小さく嘆息する。


「私はあくまで諜報組織の仕事を円滑にするためだけに伊達碧人のことを見ているんです。それ以上でもそれ以下でもありません」

「ほんとにー? 彼のこと、信頼してるんでしょ? 信頼は好意を抱く第一歩だと思うんだよねー」

「……ほかに言いたいことがないのであれば、失礼します」


 もう一度、頭を下げて萌は部屋をあとにした。

 扉を閉め、余計なことしか言えないのかと、学園長室の扉を睨みつけてから、口の中だけでつぶやく。


「まったく……。人のことを何だと思ってるんだか」

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