第27話 あたしが一番最初になりたかったんだよ
いろいろなごたごたが解決した週の土曜日。
俺は街で一番大きな駅に併設されたショッピングモールを訪れていた。
目的は、朝霧とのデート。
花香さんやつぐみとは、なりゆきみたいな形でデートっぽいことをしたけど、朝霧とは一度もそんな機会はなかったから。
まぁ、埋め合わせってやつだ。
とはいうものの、実は俺もかなり楽しみにしている。
朝霧とは専門委員会の仕事で学校のある日は、ほぼ毎日顔を合わしているけど、それは仕事があるからで。ちゃんと二人だけで楽しい時間を過ごすっていうのは初めてだったりする。
そんな風に心を躍らせながら待ち合わせ場所へ向かっていると、見知った顔とすれ違った。
天城だった。
朝霧を待たせるわけにはいかないんだけど、どことなく浮かない表情が気になって、俺はつい声をかけた。
「天城、どうかしたのか?」
「あっ、伊達くん。……別にどうもしないけど」
「大丈夫か? 俺にできることがあれば、何かするぞ?」
つい最近、厄介ごとを解決したという自信があるからなのか、俺の口からはそんな言葉が漏れ出た。
けれど、天城は
「ううん。大丈夫。……それより、ごめんね」
と頭を下げた。
「なんで天城が俺に謝るんだよ? 何もしてないだろ?」
「そう、だけど。逆に大したことができなかったのが申し訳ないというか……」
……ん?
どういうことだろうなんて思ってると、
「あっ、変なこと言っちゃってごめん。じゃあ、朝霧さんとのデート楽しんでね?」
と言い残して天城は去っていった。
いや、なんでデートのこと知ってんだろ?
俺には『週末デートに行くんだ』なんて自慢する友達はいないから、噂が広まるはずはないんだけど。
アマギゴエさんには毎回デート前にはどんな服を着ていけばいいかとかは相談してるけど、そこから天城に伝わるはずはないしな。
朝霧と共通の友達でもいるんだろうか。
そんなことを考えているうちに、待ち合わせ場所が近付いてきた。
ショッピングモールの一階中央付近に立つ金の時計。
その前に朝霧はいた。
今日の服装は、清潔感のある白いシャツに黒のホットパンツ。シャツはかなりゆったり目だから、ちょっと前屈みになると黒いタンクトップに包まれた主張の激しい胸元につい目が引き付けられる。
俺を探してるのか、時折小さい体を大きく伸ばして額に手を当てながら周りをキョロキョロ見回している。
子どもみたいなそんな仕草がかわいくて思わず俺の口元はほころんでしまう。
……って、見とれてる場合じゃなかった。
彼女を待たせるなんて最低の行為だ。
待ち合わせ時間より十分以上も早く朝霧が来るなんて思ってなかったけど、そんなのは言い訳にすぎない。
「悪い、朝霧、待たせたな」
「ほんとだよ。彼女を待たせるなんて何考えてんの?」
優しく声をかけた俺に朝霧は唇を尖らせる。
……待たせてしまったのは事実だけど、そこまで言われることか?
さっき一人反省したのが馬鹿らしくなって、つい俺は反論してしまう。
「いや、だけど、まだ待ち合わせには時間があるだろ?」
「はぁ、伊達はほんとに分かってないなぁ」
両手のひらを上に向け、朝霧はブンブンと首を振る。
ちょっと、その仕草はイラっと来るんですけど?
「だって、あたしはずっと待ってたんだよ」
「ずっとって言っても、ほんの数分ってとこだろ?」
こらえ切れず声音に棘を含ませてしまうと、朝霧は悲しい目を向けてきた。
「違う、違うんだよ。伊達がつぐみちゃんや花香会長とデートに行くって言った時に、あたしは何も言わなかったよね? むしろ背中を押したよね? 事情が事情だったから我慢するしかなかったんだけどさ。でも、できればあたしが一番最初になりたかったんだよ……」
瞳を潤ませて俺の服の袖をギュッと握ってくる朝霧に、ようやく気付かされた。
――ほんとに俺はどうしようもなく救いようのないバカだ。
朝霧が言ってくれたように朝霧とのデートを後回しにせざるを得ない事情はあった。
でも、朝霧がずっと待っててくれていたのを忘れて、俺は軽い言葉を吐いてしまった。
なにが『ほんの数分』だ。
大切な彼女にそんなことを言った数分前の俺を殴り飛ばしてやりたい。
「ごめん、俺が悪かった。朝霧は俺のことを支えてくれていたのに、すっかり忘れてた」
腰を折り曲げ謝る俺に、朝霧は
「ううん、分かってくれたらいいよ。そんなに頭を下げないで」
微笑みかけてくれた。
だけど、このままじゃ俺の気が済まない。
俺は顔を上げると、朝霧の目をじっと見つめ、両肩にそっと手を乗せる。
「……けどな、これだけはしっかり言っておきたいんだ。俺は朝霧のことが好きだよ」
「なっ、ちょっ、えっ? いきなり何言うのっ?」
朝霧は顔を真っ赤にして、さっきまでとは違う色で目を潤ませていた。
そんなに恥ずかしがられると、俺も照れるんだけどな。
「いいだろ? 俺の正直な気持ちなんだから」
俺も恐らく上気しているであろう自分の顔を隠すように口元を手で覆いながら、そう返した。
「分かったって。分かったから。もう行こ?」
いつの間にか俺たちは周りの買い物客たちからニヤニヤして眺められていた。
その生温かい視線から逃れるように俺たちは二人並んで移動を始めた。
マカロン、ロールケーキ、プリンにシュークリーム。定番のショートケーキも忘れない。
朝霧の目の前に置かれた皿には、スイーツがこんもり。
俺たちはショッピングモール内にあるビュッフェスタイルのスイーツ食べ放題の店に来ていた。
四人掛けテーブルの対面に座り、成果を見せ合う。
「……渋いね」
朝霧が指差す先にあるのは俺の皿。
「別にいいだろ。好きなんだから」
「けど、みつ豆にあんみつに、みたらし団子って……。そもそもみつ豆とあんみつって同じじゃないの?」
「全然違うっ! あんこが入ってるのがあんみつで、入ってないのがみつ豆だ。そんなことも知らないで、朝霧はスイーツ食べ放題の店に来ようって言ったのか?」
必死に抗議する俺を朝霧は冷淡に眺める。
「普通さ、スイーツって言ったら洋菓子でしょ?」
「なっ、和菓子は日本の伝統文化だぞ? それに、和菓子は低カロリーだし、食物繊維も豊富に含まれているし……」
「あー、はいはい。分かった。もう食べよ?」
せっかく人が和菓子の素晴らしさを伝えようとしているのに、朝霧は俺の話なんてどうでもいいとばかりに、ピンク色のマカロンを頬張っていた。
「まだ話してる途中なんだけど?」
声をかけようと思ったけれど、幸せそうな顔を見ると、もう何も言えない。
自然と口元が柔らかくなるのを感じながら、俺もみつ豆を口に運んだ。




