第2話 来てくれてありがとうございます
放課後、俺はつぐみに指定された体育館裏へ向かう。
初夏がすぐそこまで迫っていることを感じさせる陽射しを浴びながらたどり着くと、つぐみは既にそこにいた。
俯きがちに両手の人差し指を合わせてそわそわしている。
朝の登校時とかに、風紀委員長としてほかの生徒を取り締まっている姿は堂々として格好いい。以前からつぐみを知っている俺としては、つぐみがほかの生徒から尊敬されているのを見るのは誇らしく思うぐらいだ。
ただ、今、俺の目に映るつぐみはどこにでもいそうな女子高生。まだ真新しい制服に身を包み不安いっぱいで俺のことを待っているみたいだ。
ほかの人には見せない、年下の女の子らしい姿を俺に見せてくれるのは嬉しい。
そのことへの感謝の気持ちも込めて、俺は優しく声をかける。
「悪い、待たせちゃったな」
「いいえ。来てくれてありがとうございます」
顔を上げたつぐみの頬は赤く染まっている……ように見える。
――これは、やっぱり、告白されるのか?
うん、この雰囲気だったらたぶん間違いはない。
少なくとも俺が何かをやらかしてしまって、つぐみが風紀委員長として注意するために俺を呼び出したっていう感じじゃない。
だったら、どぎまぎするのはかっこ悪いよな。
ここはしっかり先輩の威厳を示すべき場面だろう、と思う。
だから俺は背筋をまっすぐ伸ばす。
そして、できるだけ落ち着いた声音を心がけて口を開いた。
「いぃや、全然いいんだけど、どうしたの?」
うぐっ……、ちょっと上ずってしまった。格好悪い。
けど、つぐみは俺のそんな心の揺れには気付かなかったようで、かわいらしい唇を真横にきゅっと結んでいる。
上目遣いで真剣に俺の目を見つめている。
右手を左胸に当てて、すうはあと呼吸を整えながら、本当にまっすぐなまなざしを俺に向けてくる。
じっくりと時間をかけて、薄い唇をわずかに震わせながら口を開いた。
「あの、わたし、前からずっと、アオくんのことが好き、でした。……だから、だからっ、わたしをアオくんの彼女にしてください」
両腕をピンと下に伸ばし、拳をギュッと握って手首をちょっと返して。
すっかり上気した顔で熱のこもった言葉をぶつけてくれた。
……まじか。
ついに、俺にも彼女ができる時が来たのか。
しかも、その相手がつぐみだなんて、断る理由なんてまったくない。
……けど、ちゃんと確かめておきたいことはある。
ほら、このまま一生を二人で添い遂げることになるかもしれないわけだし、ね。
ただ、これ以上焦らすのは悪いって分かってる。
俺はつぐみを見つめ返して、一息に言う。
「つぐみ、ありがとう。俺なんかのことを好きって言ってくれて、ほんとに嬉しいよ。だけど、返事をする前に聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「……はい。何でも聞いてください」
瞳に少し不安の色が浮かんだのを見て、俺は顔の前でブンブンと手を振ってみせる。
「いや、その、難しいことじゃないよ。ただ、どうして俺のことを好きになってくれたのかだけ教えてほしいんだよ」
「はい、それならもちろんです。……えっと、中学校の時のことなんですけど。わたしってどちらかと言うと、友達が少ない方でしたよね?」
「入学したてのころは、そうだったよな」
「はい。自分でも分かってるんですけど、何でもかんでもルール通りにしないといけないって性格のせいで友達がなかなかできなかったんです。でも、アオくんが『こいつはほんとにいい奴だからもっと構ってやってくれ』って言ってくれて」
「まぁ、そんなこともあったな。俺の方こそ友達はほとんどいないのに」
「ですよね」
そう言ってつぐみは「ふふっ」と笑う。
「いや、そこはアオくんにも友達はちゃんといるじゃないですか、って言うところだろ?」
「でも、いませんよね、友達?」
「そう言われると、俺も否定できないけどな」
つぐみと一緒になって笑ってから、俺は念を押すように訊ねる。
「ほんとに、俺でいいのか?」
そんな俺に、つぐみはちょっと唇を尖らせて、
「もうっ、分かってくれないなら、もう一回ちゃんと言います」
と、大きく息を吸う。
「わたし、浮羽つぐみは、アオくん――伊達碧人くんのことが好きです。大好きですっ!」
これ以上にストレートな表現はないってぐらいに全力で思いをぶつけてきてくれた。
痛いほどに俺を思う気持ちが伝わってきた。
今すぐに華奢な体を抱き締めたくなるけれど、じっと俺を見つめている丸い瞳に俺は動けない。
「それに、アオくんなら分かりますよね? わたしが嘘をついていないってこと?」
つぐみは、そう続けた。
たしかに俺にはつぐみが嘘をついてなんていないってことが分かる。
それは、つぐみとの付き合いが長いってことが理由じゃない。
――なぜだかは分からないけれど、俺には人の嘘を見抜く能力があるからだ。
視線を逸らすとか、呼吸が変化するとか、そんな仕草から察するわけじゃない。
とにかく声を聞いただけで、嘘は嘘と分かる。
ただ、それを能力と言っていいのかは分からない。
だって、人の嘘を見抜くことができるせいで、俺には友達が少ないのだから。
無条件に嘘が嘘だと分かるなんて気持ち悪いと言って、クラスメイトをはじめとする周りの人たちは俺には近付きたがらない。
ほんとに勝手な話だと思うよ。
嘘さえつかなければ、それがばれることなんてないんだし。
普通に接してくれさえすれば、何の不都合もないはずなのに。
ただ、人っていうのは大小問わずどうしても嘘をついてしまうものらしい。
それがばれるのは、とてつもなく嫌なことらしい。
だから仕方がない。
俺は友達が少ないことは諦めている。
けれど、つぐみはそんな俺のことを疎ましく思わずに、ずっとそばにいてくれる。
なら、誠実な思いを伝えてくれたつぐみに、俺がどう応えるかなんて決まっている。
「それで、返事を聞かせてもらえますか?」
心細げなつぐみに俺は大きく頷く。
ブラウンの瞳をしっかり見つめる。
「俺もつぐみのこと――」
好きだよ、と伝えようとした時だった。