表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/35

第17話 事情があるのよ

 これは――俺のせいだ。


 掲示板で学校新聞を確認したあと、俺は唇をかみしめながら教室へ向かっていた。

 頭の中では新聞に書かれていたことがぐるぐる回っている。


『生徒会と風紀委員会が癒着』との見出しが躍る紙面にはこう書かれていた。


 ――生徒会長の宇都宮花香は二年の伊達碧人と交際している。

 その関係は誰の目から見ても、ただれている。

 そのただれた関係を風紀委員会が見逃すことの見返りとして宇都宮生徒会長は、入学したばかりの浮羽つぐみを風紀委員長に任命した。


 そんな信じられない記事には、俺と花香さんが手をつないだ様子を写した写真も添えられていた。遠足の時の一場面だ。


 ――ふざけるな。


 行き場のない怒りが俺の中で渦巻く。大声で叫びだしたい衝動に駆られる。

 何が『ただれた関係』なのか。

 俺と花香さんの関係は断じてそんなものではないし、添えられた写真だって、ただ手をつないでいるところを写しているに過ぎない。

 それぐらい高校生のカップルなら誰でもしている。

 それに、そもそも俺と花香さんが付き合うことを認めるために、つぐみが風紀委員長に任命されただなんて。

 つぐみだって俺の彼女なんだから、そんなことはあり得ないじゃないか。


 でも……それを公にすれば、火に油を注ぐことになりかねない。

 二股をかけるなんて最低の男だと、俺が責められるのはいい。

 けれど、花香さんやつぐみが何と言われるか分かったもんじゃない。


 それに加えて、朝霧も俺の彼女だと分かれば、朝霧にだって批判の矛先が向かうことも考えられる。

 だから、俺と三人の彼女との関係を公にすることはできない。

 でも、このまま黙っていることなんて俺には耐えられない。

 じゃあ――どうすればいいんだ?



 教室にたどり着いても、考えはまとまらなかった。

 好奇の目を向けてくるクラスメイトたちを無視して俺は自分の席に向かう。

 ひそひそ話があちらこちらから聞こえてくるけれど、そんなことを気にしている場合じゃない。

 いつもみたくアマギゴエさんに相談するしかないと、スマホを取り出した時。


「おはよう、伊達くん」

 天城が目の前に立っていた。

「あぁ、おはよう」


 応えながら俺はスマホに目を向ける。

 あの新聞を見れば、俺にあいさつなんてしたくないはずだけど、それでも声をかけてくれるのはありがたい。

 あるいは、天城はまだ新聞のことを知らないのかもしれない。

 どちらにせよ、今はそんなことを考えている場合じゃない。


「あの……」

 スマホのロックを解除した俺に、天城はまた声をかけてきた。


「悪い、天城。ちょっと今忙しくて……」

「だよね。大変なことになってるみたいだね」


 ……なんだよ、知ってたのかよ。

 それなら、なおさら今は俺のことを放っておいてほしい。

 俺は再びスマホに目を落としたのだが、今日の天城はなぜだかしつこい。


「あのね、さっき廊下で宇都宮さんに会って、講堂に来るように伊達くんに伝えてほしいって言われたんだけど」

「えっ? 花香さんに?」

「うん、たまたますれ違ってさ」

「そっか。ありがとう」


 俺は手早く礼を告げると、慌てて教室を飛び出す。

 でも、なんで花香さんは俺に直接伝えてこなかったんだろう?

 確かに今の状況で俺の教室に来るのは良くないんだろうけど、それならスマホにメッセージを送るなり連絡を取る手段はあるはずなのに。

 まぁ、そんなことはどうでもいい。

 今はこの滅茶苦茶な状況をなんとかするのが先決。余計な考えを頭から振り払って、俺は講堂へ急いだ。


■  □  ■


「碧人くん。こんな時にどういうことなの?」


 俺が息を切らせて講堂にたどり着くと、既に花香さん、朝霧、つぐみの三人はそろっていた。

 けれど花香さんは腕を組んで立ち、苛立たし気に足先で床をトントン叩いている。


「どういうことって? 俺は花香さんに呼ばれたから来たんですけど……」

「あたしはつぐみちゃんが呼んでるって聞いたけど?」

「わたしは朝霧さんが招集をかけたって聞きましたけど?」


 俺に続いて、朝霧とつぐみも首を傾げる。

 みんな言ってることが違う。

 じゃあ、誰が俺たちに声をかけたんだ?


「私は碧人くんが呼んでいるというから、ここに来たのだけれど」


 花香さんもこの状況がのみ込めていないみたいだ。

 口元に手をやって何やら考えている。

 でも、すぐに顔を上げる。


「……とにかく、こんな時に私たちが集まるのは良くないわ。また、余計な邪推をされてしまうかもしれないもの」


 確かにそうなのかもしれない。

 朝霧はともかく、俺を含めた残りの三人は今回の騒動の当事者だ。

 誰かにこんな場面を見られたら、またよからぬことを企んでいると思われても仕方がない。


 けど――

「花香さんの言うことも分かります。でも、これ以上事態が悪くなる前に手を打たなくちゃいけないと思うんです」

「……それはそうだけれど」

「ですよね? なら、なんでこんなことになってるか、まずは状況を整理しませんか?」

「…………」


 俺の問いかけに応えない花香さんに、朝霧が申し訳なさそうに訊ねる。


「あの、まずあり得ないとあたしは信じてるんですけど、生徒会と風紀委員会が癒着してるなんて事実はないんですよね?」

「……ないわ」

「じゃあ、どうしてこんなことになっているんですか?」


 そう訊く朝霧に、やはり花香さんは応えない。

 けど、花香さんが『分からない』とも言わないのはどうしてなのだろうか?

 もしかすると、何か心当たりがあるのかもしれない。

 花香さんが教えてくれないというのであれば、つぐみに訊くしかない。


「つぐみはどうなんだ? 何か知ってるんじゃないのか?」

「あの……」


 体の前で両手を組んで、つぐみは花香さんの方をちらちら見ている。

 この反応は――つぐみと花香さんはやはり何か隠している。


「どうなの、つぐみちゃん?」

 朝霧が俺と同じことを考えたらしく口を挟む。

「その……」

 相変わらず花香さんの様子を窺うつぐみに、朝霧は再び訊ねる。

「……前から気になってたんだけど、つぐみちゃんが風紀委員長になったのってどうしてなの? つぐみちゃんはしっかりしてるから適任だとは思うんだけど、入学して間もないでしょ? ずっと疑問に思ってたんだ」


 優しい声音で「悪気があって聞いてるんじゃないんだよ」と、付け加えた朝霧につぐみは向き直る。

「ちょっとした事情がありまして」

「その事情を教えてくれないか? それが今回の騒動のきっかけになってる気がするんだよ」


 俺の質問に対して、つぐみは俺と花香さんの間で視線を行ったり来たりさせる。


「実はですね……」

「つぐみさん、ダメよ」

 口を開きかけたつぐみに、花香さんが鋭い目線を送る。


「花香さん、どうしてですか? それが分からなきゃ、俺たちはどうすればいいか分からないんですけど」

「言えない事情があるのよ」

「言えない事情って何なの? 俺たちって恋人同士でしょ? まだ付き合い始めたばっかりで、俺にこんなことを言う資格があるのか分からないけど、恋人同士で隠しごとって良くないよ」


 思わず普段、花香さんに向ける口調とは違ってしまったけれど、これが俺の正直な気持ちだ。

 互いに誠実で正直でないと恋人関係を維持することはできないって思ってる。

 花香さんとつぐみが肝心なことを話してくれないんじゃ、俺たちの関係を続けていくことはできない。


 ――そんなのは嫌だ。


 正直な思いを俺は言葉に乗せる。

「俺はよく分からないままこの関係がダメになるのは嫌なんだよ。だから、花香さん、その事情ってやつを教えてくれよっ!」


 つい声を荒げてしまった俺に、花香さんは驚いて目を見開く。


「碧人くん……」

 けれど、花香さんは口をつぐむと俯いてしまった。

「なぁ……」

 俺がなおも追求しようとすると、

「ねぇ、伊達」

 朝霧が俺の肩にそっと手を置いて、柔らかく語りかけてきた。


「とりあえずあたしと伊達の二人で動いてみよう?」

「けど、肝心なことが分からないまま闇雲に動いてもどうしようもないんじゃないか?」

「そうかもね……。けど、あたしも伊達がさっき言ったことが分かるんだよ。あたしもこの関係を守りたいの。この関係はとってもいびつだけど、少しずつあたしの中で大切なものになってるんだよね」

「朝霧……」

「だから、できることをやってみよ?」

「できることって?」

「とりあえず、放課後に新聞部に行ってみようよ」

「けど、そう簡単に口は割ってもらえないだろ?」

「でも、こういう時は何でもいいから具体的にやってみることが大事だよ」

「それは……そうかもな」

「うん。じゃあ、放課後ね」


 花香さんとつぐみは黙って俺たちの会話を聞いていた。

 なんで何も言ってくれないんだよと、二人を責めるのは簡単だ。

 けど、それでも俺は二人を信じたい。

 きっと今は話してくれないけど、いつかは本当の事情ってやつを教えてくれるはず。

 そのきっかけをまずは探らないといけないんだろう。


「じゃあ、教室に戻ろ?」

 俺の服の袖をつかんできた朝霧に従って、俺は講堂の扉に向かう。


「ごめんなさい……」

 講堂を出る直前、振り返った俺に、つぐみはそう言っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ