第1話 ラブレターなのか?
何でもない一日になるはずだった四月中旬のある朝。
あくびをかみ殺しながらいつも通り靴箱を開けると、ピンク色のかわいらしい封筒が俺の視界に飛び込んできた。
「ん? これってもしかして……」
もしかして、ラブレターなのか?
いや、しかし、誰もがスマホを持って気軽にメッセージを送り合う時代だぞ。
どうせ誰かのいたずらかなんかだろう。
もし仮に、ラブレターだとしても、靴箱に手紙を入れる奴なんて変わった人間に決まってる。
と思いつつも、どうしても期待に胸が高鳴ってしまうのは悲しい男の性なんだよな。
はやる気持ちを抑えつつ、キョロキョロ首を振ってみるけど、幸い周りには誰もいない。
――よしっ。
小さく気合いを入れて、封筒を開く。
中身を破らないように慎重に慎重を期した。
中に入っていたのは、やはり女の子が好きそうなピンクの便箋。
俺はもう一度、周りの様子をキョロキョロ窺ってからそっと便箋を取り出す。
『放課後、体育館の裏で待っています』
手紙には短くそう記されていた。
隅に書かれていた差出人は――つぐみだった。
「やっぱり、ラブレター……なのか?」
たしかにつぐみとは、中学校の時から気が合っていた。
それに、つぐみ曰く、この高校に入るのを決めた理由は「アオくんと同じ学校に通いたかったから」だそうだ。
その言葉には少なからず俺への好意を感じていた。
だけど、わざわざ体育館の裏になんて呼び出すか?
スマホで連絡を取り合うことだってできるし、なんならお互いの家も知ってる。
「そういえば、つぐみは風紀委員長になったんだったな。もしかして、俺は何かやらかしたか? それで顔見知りのよしみでこっそり注意してくれるとか?」
自分の考えをまとめようと、小さくつぶやいてみるが、当然さっぱり分からない。
なんせこんなラブレターみたいな手紙をもらうのは初めてのこと。中学時代から俺を慕ってくれているつぐみからの呼び出しでもその意図が読めない。
そんな風に戸惑いつつ靴箱の前に突っ立っていると、
「伊達くん、どうしたの? さっきからぶつぶつ言ってるけど大丈夫?」
背後から声をかけられてしまった。
声の主は、天城萌。三つ編みお下げに眼鏡をかけた地味なクラスメイトだ。
いつの間にか俺のすぐ隣に立って、首を傾げていた。
「……俺が何て言ってたか聞いてた?」
「えっと、小さい声だったからはっきりとは聞き取れなかったけど『ラブレターなのか?』って言ってたのは聞こえたよ」
――やばっ。
一番大事なところを聞かれちゃってたよ。
高校生にもなれば彼女ができるのは珍しいことじゃないし隠す必要なんてないんだろうけど、それでもラブレターをもらったかもしれないなんてことを人に知られるのは、やっぱり気恥ずかしい。
そもそも俺の勘違いなのかもしれないわけだしね。
もし、そうだったらなおさら目を当てられない事態になりそうだ。
天城がクラスで誰かと話してるのを見ることはあんまりないから言いふらしたりとかはしないとは思うけど、一応口止めはしとこう。
「あのさ、天城、このことは黙っててもらえたら嬉しいんだけど……」
おそるおそる告げる俺に、天城はうんと素直に頷く。
「もちろんだよ。でも、ラブレターだったらいいね?」
「そう、だな。俺もそう願ってるよ」
「うん。じゃあ、そろそろいいかな?」
「えっ?」
「伊達くんがそこに立ってると、私の靴箱が開けられないんだよね」
「あぁ、悪い」
俺は急いで靴を履き替えると、天城に「じゃあ、先行くな」と言い残してそそくさと教室へ向かった。
教室に着いてカバンを机の横にかけると、俺はスマホを取り出す。
SNSアプリを起動すると、「いまどきラブレターなんてありえる?」と打ち込む。
ちょっとした悩み事がある時に、こうして自分のこととは悟られないようなツイートをするのはいつの間にか癖になっていた。
とある事情で、俺には友達が少なくて相談できる人がほとんどいないってこともあるけど、別の理由もある。
――それは、いつでもアドバイスをくれる人がフォロワーの中にいるから。
ピコン。
ほらね。スマホが音を立ててリプが付いたことを知らせてくれた。
確認すると、送り主はやっぱりいつもの人だった。
アマギゴエさん。たぶん俺より年上の社会人で、俺が高校に入学した直後に知り合った。
なんとなく女の人なんじゃないかと思うんだけど、そこははっきりしない。
ネット上で知り合った人とは、互いのことを詮索しないのがマナーだしね。
とにかく、俺が困った時はいつも的確なアドバイスをくれて助かっている。
さて、今日はどんな助言をしてくれるのかな、と期待を込めて鈴のマークをタップしてリプを確認する。
『夢があっていいんじゃないか』
夢って、と俺は思わず苦笑する。
『じゃあ体育館の裏に呼び出されるのはどう思いますか?』
またすぐに返信があった。
『しっかり闘ってこい。そして……勝て!』
『いや、昔のヤンキーじゃないんですから……』
『いいじゃないか、別に減るものもないんだし』
それは、まぁたしかにその通りだな。行ってみて話をすればいいだけだ。
全然知らない人に呼び出されたっていうんなら、もうちょっと身構えないといけないかもしれないけど、つぐみなら大丈夫だろう。変なトラブルに巻き込まれるってことはなさそうだ。
つぐみという名前はもちろん出さずに、俺の置かれた状況を簡単に説明すると、再びスマホは軽快な音を鳴らした。
……早いな。ちゃんと俺の書いたことを読んでくれているんだろうか?
訝しみながら返信を確認する。
『幼馴染からの告白なんて羨ましいねぇ』
『中学校からの知り合いだから、幼馴染って感覚はないんですけど』
『幼馴染かどうかなんてのは主観だ。幼馴染と付き合うというのは全ての男のロマンなんだから、そのロマンを壊すような言動は避けたまえ』
なぜか怒った顔の絵文字が添えられていた。
『何を怒ってるんですか?』
『気にするな』
『まぁ、どうでもいいですけど。……それより、ほんとにラブレターだったとしたらどうすればいいですかね?』
『堂々としていればいい。書きぶりからすると、君はその子のことをたぶん好きなんだろ? 大事なのは正面から彼女の気持ちに応えてやることだ』
今度はニッコリマークが文末に付いていた。
正面から気持ちに応える、か。
たしかにその通りだな。
もしつぐみが俺に気持ちを伝えてくれるのなら、アマギゴエさんの言うように、誠実に向き合おう。
そんなことを考えて、どう返信しようかと悩んでいると予鈴が鳴った。
結局、『分かりました。最善を尽くします』とだけ打ち込んでスマホをカバンにしまった。