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幕間 彼女は一人唇をかむ

 碧人が学校新聞を見ることになる数時間前。

 誰もいるはずのない深夜の学校。


「すいません、しくじりました」


 校舎最上階にある部屋の中、天城萌は男の背中に向かって深々と頭を下げる。

 ほの暗い部屋の入り口には「学園長室」と記されたプレートがかけられていた。


「まぁ、気にすることはないよー」


 高級そうなテーブルの向かい側で回転椅子に腰かけた男――学園長は、そう言って椅子を回転させる。

 年のころは四十代に届くかどうかというところ。茶髪をオールバックにして、肩書の割には軽薄そうな見た目をしている。

 学園長は、唇をかむ萌をチラリと窺ってから、テーブルに置かれた学校新聞のコピーを手に取る。

 部屋の中で唯一の光源であるテーブルランプに近付け一瞥をくれる。


「生徒会と風紀委員会が癒着……ね。どうなの、これ?」

「間違いなく誤報です」


 顔を上げて即答する萌に、学園長は鋭い視線を投げかける。


「根拠は?」


 目を見開き戸惑う萌に、学園長は相好を崩す。


「なーんてね。聞くまでもないよねー」

「……はい」


 相変わらず意地の悪いことをすると萌は内心思うが、口には出さない。

 立場はわきまえているつもりだ。


 ――萌は学園長直轄の諜報組織の長として校内のさまざまな情報を集めている。


 時に、その活動は情報収集だけにとどまらない。

 生徒間に不穏な動きがあれば、その実現を妨げるべく介入することだってある。


「そもそも、あの伊達くんだっけ……が生徒会長と、風紀委員長、それに専門委員長の三人と交際することになったのも君の差し金みたいなものだしね?」

「はい。そこまではうまくいったと思っていたのですが……」

「そうだねー。風紀委員長が告白しようとしているのを知った君は、三権分立のパワーバランスが崩れることを恐れた。だから、残りの二人にも情報を流して告白の場に赴くように仕向けたんだったね」

「その通りです。三人が告白の場に集まれば告白は失敗すると踏んでいました。その思惑とは逆に、伊達碧人が三人と同時に付き合うことになったというのは想定外でした。……けれど、その後の彼らの様子を見る限り、結果的にはうまくいきそうだと判断していました」

「だけど、ちょっと困ったことになっちゃったねー。このままだと三権分立の仕組み自体が壊れちゃうかもしれないねー。そうなると僕としても仕事が増えて困るんだけどなー。どうしよっか?」


 学園長はオールバックの髪を両手で撫でつける。

『どうしよっか?』と訊ねられているが、これは自分がどうするかを問われているのだと萌は知っている。

 いつものことだ。

 卒業後に行きたい大学に特待生扱いの推薦で入れてやると言われて始めたこの仕事。

 ほかにも仲間はいるが、顔も名前も知らない。

 スマホのメッセージアプリでつながっているだけだ。

 孤独な仕事だけれど、仕方がない。

 決して裕福とは言えない家庭で育つ萌にとって特待生扱いで大学に進学できることが約束されているのであれば、人が嫌がる仕事でもやるしかない。

 とはいえ、今すぐに妙案が思い浮かぶわけではない。

 既に新聞の印刷は済んでいる。今からこっそり回収できたとしても、データの消去は難しいだろう。

 それどころか、回収したことがばれると、余計に問題は大きくなる。


「なんとかします」

 だから、そう言うしかない。


「なんとかって?」

「すいません、今はまだ分かりません」

「うーん、まっ、そうだよねー」

「けれど、必ず解決します」

「そっかー。でもさ、君の言う解決ってどういうこと?」

「それは……」


 言いよどむ萌に、学園長はニタリと口角を上げる。


「誤報だと認めさせること? それとも、今のままでもいいってことをみんなに認めさせること?」


 萌は、はあと、学園長に聞こえないように小さくため息をつく。

 ほんとに意地が悪い。いつもこうなのだ。

 何も考えがまとまっていなかった萌にとってのヒントが今の一言に込められていた。

 素直に言ってくれればいいのに、と思うが、いつものことだからしょうがない。

 新聞が多くの生徒の目に触れたあとだと、新聞部に単に誤報だということを認めさせても効果は薄い。

 それよりも現状をプラスに変える方策を探らなければならない。

 そのためには……きっと彼ら自身に動いてもらう必要がある。


「とにかく、私はいつも通り、影で動くだけです。情報をうまく流せば、きっと伊達くんが何とかしてくれるはずです」

「へぇー」


 学園長は目を見開き、まじまじと萌を見つめる。

 見慣れない表情に萌は戸惑う。


「どうしたんですか?」

「いやー、それはこっちが聞きたいよー」

「えっ?」

「あぁ、そっかー、自分では気付いてないんだねー」

「……何をですか?」

「君は、ついさっき伊達くん、って言ったんだよー。君が生徒について言及するときはいつもフルネームの呼び捨てだから、意外だなーって思ってねー」

「……っ」


 萌は顔を真っ赤にして口元を手で隠す。

 何かあった時に余計な情に邪魔されないように他の生徒とは常に一線を画すようにしていた。

 そんな自分が、まさかこんな失態を犯してしまうとは。

 自分で自分が信じられなかった。


「申し訳ありません」


 頭を下げる萌に、学園長はひらひらと手を振る。


「いいんだよー。君だって女子高生なんだからね。好きな男子生徒がいても不思議じゃないしねー」

「……好きだなんて。そんなことはありませんっ!」

「ほらー、そんなムキになるのが図星っぽいよー」

「とにかく、好きとかじゃありません。……ただ」

「ただ?」

「ただ信頼はしています」


 萌の真剣な声音に学園長は「ほう」と息をはく。


「今まで陰に日向に彼――伊達碧人の三人の彼女との関わり方を見てきて、誠実な人であると評価しています」

「なるほどねー。まぁ、誠実な男っていうのは、いい男だからねー」


 あなたとは正反対ですね、と萌は心の内で思う。

 やはりこの男は食えないと、歯ぎしりするが、このままこの場にとどまるのは得策ではない。

 また余計なことをツッコまれると、その分無駄な時間を費やすことになる。

 今は明日以降の対策をできるだけ練るために時間を使いたい。


「とにかく、朝になるまでにどうするかを決めますので、今日は失礼します」

 萌は勢いよく頭を下げ、クルリと学園長に背を向ける。

「じゃあ、頑張ってねー」

 相変わらず軽口を叩く学園長の声を背に受け、萌はぴしゃりと部屋の扉を閉めた。

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