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第13話 勇気、出したんですよ?

 俺とつぐみを乗せた赤いゴンドラはゆっくりと上がる。

 高台にある動物園。その一角にある高さ九十メートルの観覧車の中からは俺たちの住む街が一望できる。


「わたし、小さいころからこの観覧車好きだったんですよ」


 つぐみはゴンドラの窓に張り付いて、街並みを眺めながら声を弾ませる。

 指先で髪を耳にかけながら話すその横顔には、普段は控えめなあどけなさがにじむ。

 きっと、いつもは風紀委員長として気を張っているんだろうな。

 高校に入学したばっかりなのに、大役を任されていつも大変な思いをしているんだろうな。


「全然大変だとは思っていません」なんて言うけれど、口にしないだけできっといろんなストレスはあるはずだ。

 取り締まる対象も、ほかの風紀委員も、上級生ばかりだし気疲れするのも当然だ。

 だからこそ、他人の目が届かないこの二人っきりの空間では、リラックスしてほしいなって思う。

 眼下の風景にはしゃぐ横顔に俺は優しく声をかける。


「遠足でここに来られて良かったな」

「はい。車で三十分の距離だと、なかなかすぐに来るわけにもいかないですしね。それに、今日は……」


 俺に向けるかと思った視線を落として、俯きがちにつぐみは続ける。


「それに、今日はアオくんも一緒ですし」


 隣に座り、ちらりと上目遣いを向けながらつぶやくつぐみに、俺の胸は高鳴る。

 ヤバい。

 それはまずい。

 こんな誰もいないところで、そんなかわいらしい仕草で見つめられると、思わず抱き締めてしまいたくなっちゃうだろ。

 こんなにどぎまぎしていることを、つぐみには知られたくない。

 彼女とはいえ、俺の方が年上だからね。

 年上として堂々とした振る舞いを見せたい。

 まずは心を落ち着かせようと、俺は目を閉じて深呼吸する。

 なんとか呼吸を整え、目を開けると、


 ――目の前につぐみの顔があった。


「ちょっ、ちょっとつぐみ? どうした?」


 どうしたも何もない。

 つぐみと俺との顔の距離は十センチあるかないかってところ。

 スッと整ったつぐみの鼻から漏れる吐息が俺の顔を撫でてくるほど近い。


「つっ、つぐみさん? ほんとにどうしちゃったんですか?」


 慌てる俺に、つぐみは何も応えず静かにまぶたを閉じる。

 こっ、これは……キス、しようとしてる?


「ちょっ、ちょっと待て」


 俺はつぐみの両肩に手を置いて、つぐみをゴンドラの端に追いやる。


「どうしてですか?」

 何がとは言わず、つぐみはただそう訊ねてきた。


「勇気、出したんですよ?」


 すねたように唇を尖らせている。

 淡いピンクの唇につい目を奪われそうになるけど、そんな場合じゃない。

 心を激しく乱されている俺につぐみは容赦なく言葉を重ねてくる。


「さっき、できることなら何でもしてくれるって言ったじゃないですか?」

「いや、たしかにそう言ったけど、たしかにそう約束したけど、ちょっと急すぎないか?」

「でも、でも」と、駄々をこねる子供のように小さく首を振るつぐみ。

「宇都宮さんは美人だし、朝霧さんもきれいだし……。このままだと、アオくんの初めてを奪われちゃうんじゃないかと思って」

「……意外だな」


 そんな感想が思わず口から漏れる。

 三人の中では物静かな方だとばかり思っていたけれど、つぐみにこんな情熱的な一面があるなんて知らなかった。

 俺の視線の先で、つぐみは両手の人差し指を突き合わせている。


「だって、一番最初にアオくんに告白をしたのはわたしなんですよ。それなのに、、それなのに、宇都宮さんと朝霧さんはあとからしゃしゃり出てきてわたしの告白に乗っかって。……そんなのずるいですよ」


 ……そっか。


 花香さんに「学校の運営を円滑にするため」と言われたつぐみはその意図を理解して、三人そろって俺の彼女になることに同意したんだろう。

 だけど、納得はしてなかったってことか。

 頭で理解することと、心の底から納得することは違うもんな。

 ただ、俺はこの関係を守っていきたいって思ってる。

 花香さんが三人とも俺の彼女になればいいって言った時は、この人はどうかしてるんじゃないかって困惑した。

 そんなことはできっこないって思った。


 ――でも、今は三人とも俺の大切な彼女だ。


 三人とも俺のことを好きだと言ってくれている。

 だったら、三人のその気持ちに応えてあげたい。そんな風に決意している。

 もちろん言うまでもなく、つぐみもできる限り大切にしてあげたいって思ってる。

 そんなつぐみの願いはかなえてやりたいし、かなえてやるべきだ。

 それに、彼女がここまで勇気を出してくれたのに、俺が覚悟を決めないわけにはいかない。

 照れてる場合じゃない。いつかはこんな日が来るのは分かっていた。

 俺はつぐみの目を見つめる。


「つぐみ、分かったよ」


 そう告げる俺に、つぐみはきらりと瞳を輝かせる。


「じゃあ、キス……してくれるんですか?」


 俺たちの乗ったゴンドラは観覧車の一番高い所に到達しようとしていた。

 俺は小さく頷き、右手をつぐみの左頬に添える。

 つぐみは甘えるように首を傾けて、再びまぶたを閉じた。

 静かになったゴンドラの中。

 緩いイヤホンを着けたまま音楽を再生しているみたいに、高鳴る心臓の音が漏れ聞こえているような気がする。

 顔と顔の距離はあと数センチ。

 俺もそっと目をつぶる。

 抜け駆けするみたいで花香さんと朝霧には悪いけど、この埋め合わせはいずれきっとする。

 心の中で言い訳をして、俺はつぐみの唇に唇を近付ける。

 淡いピンク色をしたつぐみの唇から漏れた吐息。

 柔らかく揺れる空気が俺の唇に当たり、くすぐったいな、と口の端を緩めた時だった。


 ガタンっ――


 激しい音が響き、体が激しく揺さぶられた。

 慌てて目を開くと、ゴンドラが大きく揺れていた。


「つぐみっ、大丈夫か?」

 何がなんだか分からないまま、俺はつぐみを両腕で抱きとめる。


「……はい。でも、どうしたんでしょう?」

「分からん」


 俺たちの乗ったゴンドラはぐわんぐわんと揺れ続けている。

 実際にどれほどの時間が経ったのか分からないけれど、揺れはとても長い間続いたように感じた。

 その間、俺の胸の中にいるつぐみは、小さく震えていた。


「大丈夫だから。俺がここにいるから」


 俺はつぐみを抱き締める腕に力を入れ、そう言い続けた。

 根拠なんてもちろんないけど、とにかく俺にはつぐみを励まし続けることしかできなかった。

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