第10話 仲良くなったらきっといいことあるよ
俺は足早に花香さんに指定された場所へ向かう。
花香さんの言葉には、ちょっとあやしいところもあるけれど、彼女に呼び出されたらすぐに駆け付けるのは当然のことだ。
それに、彼女に頼りにされるっていうのはやっぱり気分がいい。
そんなことを考えながら、楽し気に園内を散策する他の生徒たちを横目に見ながら歩を進めていると、
「あれぇ、伊達くんじゃん? そんなに急いでどうしたのぉ?」
背後から声をかけられた。
振り返ると、そこに立っていたのは南郷。
両手で持ったソフトクリームを小っちゃな舌でぺろりとなめて、
「何かおもしろい話でもあったのぉ?」
子猫を連想させる吊り目をきらんと光らせる。
「いや、分からん」
実際、何が起きているのか分からない。
それに、もし仮に知っていたとしても軽々と南郷に言うわけにはいかない。
小動物みたいにソフトクリームを食べている姿はかわいくて、ついつい心を許してしまいそうになるけれど、南郷は新聞部の部長。
ささいな出来事であっても、南郷の筆にかかればさも大事件が起きたかのように書き立てられてもおかしくない。
「えーっ、そんな難しい顔して、分からんなんて言われたら何かあったのかなって勘ぐっちゃうよぉ?」
早速、この発言だ。
やっぱり、と俺は気を引き締めて南郷と向き合う。
「難しい顔なんてしてないって。この顔は生まれつきだよ」
「そうかなぁ? 普段はなんていうかぁ、まぁイケメンとまではいかないけどぉ、そこそこは見れる顔してるよぉ」
「なんとも返事に困る言い方だな。褒めてんのか貶してんのか、よく分からないんだけど」
「ウチはちゃんと褒めてるよぉ」
「ほんとかよ?」
ジト目を向ける俺に、南郷は「じゃあこうしよう」と声を弾ませる。
「これから伊達くんのことはアオトっちって呼ぶから。ウチのことは明日風って呼んでいいからねぇ」
「いや、この話の流れでどうしてそうなるんだよ? わけ分かんないんだけど」
「いいから、いいからぁ」
ソフトクリームを片手に持ち直し、空いた手で俺の肩をポンポン叩いてくる。
……ちょっと、そんなことはやめてほしいんだけど。
大抵の高校生男子は、女の子からボディタッチなんてされたら俺のことを好きなのかもしれないって勘違いしちゃうだろ。
いや、俺には既に三人の彼女がいるから、これ以上の彼女はいらないんだけどね。
それでも、中身はともかく見目麗しい南郷になれなれしくされると、ついついドキッとしてしまう。
そんな俺の心の内を読んだかのように
「アオトっちには彼女いないでしょ? じゃあ、ウチともうちょっと仲良くしてくれてもいいと思うんだけどなぁ」
と、南郷はさらに俺との距離を詰めてくる。
ツインテールがふわりと揺れた拍子に俺の鼻孔に届くムスクの香りに、やっぱりどうしても心は高鳴ってしまう。
邪念を振り払うために、俺は一歩後ろに下がる。
「彼女はいないけど、別に今まで通りの関係でいいだろ?」
口にして、ズキッと心が痛むのを感じた。
南郷に三人の彼女がいるなんて絶対に教えるわけにはいかない。
そんなことをしたら、どうなるか分かったもんじゃない。
けれど、嘘をついてしまったことで俺の胸の内には罪悪感が広がる。
彼女たちがこの会話を聞いてるわけじゃないんだけど、それでも堂々と彼女がいると言えないことが申し訳ない。
いつか俺たちの関係をうまいこと公にすることができたらいいんだけど、なかなか難しいかもな。
頭にそんなことがよぎり、つい黙り込んでしまった俺にめげず、南郷は甘い声を出す。
「ウチと仲良くなったらきっといいことあるよぉ?」
「いや、いいことって、それは南郷にとっていいことだろ?」
「えへ、ばれたぁ?」
ペロッと舌を出して頭をかく南郷。
どうせ、専門委員会の庶務をしている俺と仲良くなったらいろんな情報が入手できるとでも思ってるんだろう。
ほんとに調子がいい。
あまりに素っ気なくすると不自然に思われるかもしれないと思って南郷の相手をしてきたけど、もうこの辺でいいだろう。
「そろそろ俺は行くからな? ちょっと用事があるから。……って言っても新聞記事になるような話じゃないからついてきても無駄だからな」
「はいはぁい。つけたりなんかしませんよぉだ」
唇を尖らす南郷に「じゃあな。ちゃんと遠足楽しめよ」と言い残して、俺は花香さんの待つ建物を再び目指した。