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第8話 意外と強引なんだね

 新学期特有のそわそわがちょっと落ち着いてきて、今度は「ゴールデンウイークには、なにするの?」なんて話題が教室で飛び交い始めるころ。


 俺は学校からバスで三十分ほど南にある動物園を訪れていた。

 小学生のころは親に連れられてよく来ていたけれど、随分と久しぶりな気がする。

 ぐるりと歩けば優に一、二時間はかかる広さの園内には、ゾウやキリンのいるアフリカゾーンや、ウサギたちをさわれるふれあいゾーンなどがある。

 古びた観覧車やミラーハウス、ゴーカートが設置された小さな遊園地みたいなのも敷地内にはあって、子どものころは動物を見るよりそっちの方が楽しみだったな。

 入り口近くに立つ案内板を眺めながらそんな風に感傷に浸っていると、


「ちょっと、ボケっとしてないでよね」

 朝霧が俺の背後に立って唇を尖らせていた。


「悪い、ちょっと懐かしいなって思ってた」

「遊びに来てるわけじゃないんだから、しっかりしてよねっ!」

「そうか? ほとんど遊びみたいなものだろ?」

「それは……そうかもしれないけど、あたしたちには仕事があるってことを忘れてほしくないんだけど」


 そう、今日ここに来ているのは学校行事の一環。いわゆる遠足ってやつだ。

 だから、俺たち専門委員会にはこなさなきゃいけない仕事がある。

 今も生徒たちが園内に入場したあと、俺たちはバスの運転手と帰りの時間などを打ち合わせていた。

 普通の学校なら、こういった面倒な仕事は先生たちが受け持つんだろうけど、俺たちの学校では生徒たちがしなければならない。

 生徒に自由というか、裁量が大きく持たされている分、責任も大きいのは仕方ない。


「でも、全学年合同での遠足なんて花香会長も面倒なことを思いついてくれるよね」

「面倒だってのは否定しないけど、クラス替え直後に親睦を深めるためにはこういう行事もいいと俺は思うけどな」

「それはそうだけどさぁ」


 朝霧は肩を落として続ける。


「生徒会は発案するだけだからいいよ。でも、実際に取り仕切るあたしたち専門委員会は大変だよ」

「そういう役割分担だから仕方ないだろ? 生徒会がいろいろ企画して、専門委員会がその企画を実行するっていう仕組みになってるわけだし」


 実際、そういう仕組みで俺たちの学校は運営されている。

 生徒会がいわゆる立法を受け持つとすれば、実際の行政的な仕事は俺たち専門委員会の管轄になっている。

 だから、この遠足みたいな時に俺たちがもろもろの事務作業をしないといけないのは仕方のないこと。

 そんな当たり前のことを伝えたつもりだったのだけれど、


「あっ、伊達は花香会長の肩を持つんだ?」


 朝霧は身を屈めて、挑発的な視線を向けてくる。


「いや、肩を持つとかじゃなくて、俺はただ事実を言っただけだぞ」

「ふーん、伊達が花香会長の味方をするってのが事実なのね」

「だから、違うって。そんなのじゃないって」

「あたしの魅力だって花香会長に負けてないと思うんだけどな」

「いや、さっきから何の話をしてるんだよ? 花香さんと朝霧を比べてるわけじゃなくてだな、これは学校の仕組みだから仕方ないって俺は言ってるんだけど」

「あっ、そうやって話を逸らすんだ?」


 ……しつこい。

 と、思わなくもないけれど、そんな風にやきもちをやいてくれるのは、かわいいとも感じてしまう俺がいる。

 それに、ほら、今も体を屈めた時に胸の大きさが強調されてドキッとしちゃったし。


 朝霧たちと付き合い始めて一週間ほど。

 周りにばれるわけにはいかないという事情もあって、まだ休日に遊びに行ったりとかはしていない。

 でも、確実に俺の生活が充実しているのを感じている。

 彼女たちの何気ない行動や仕草一つで、俺の心は踊る。


 毎朝、毎晩、「おはよう」や「おやすみ」とスマホにメッセージを送り合うのだってそうだし。

 学校の廊下ですれ違った時に周りの生徒に気付かれないようにこっそりと特別な笑みを向けてくれたり、胸の前で小さく手を振ってくれたりするのだってそうだ。

 世界が色づいて見えるってのは、こんなことなのかって実感する毎日だ。

 季節の花はそれまでより鮮やかに見えるし、小鳥のさえずりも気分を高ぶらせてくれる。 春らしいさわやかな風が吹けば爽快だし、満月の輝きも増したように思える。


 ――だから、初めは戸惑った三人の彼女との関係を、今は守りたいって思ってる。


 アマギゴエさんにも『普通の男女交際と比べるといろいろ大変だと思うけど、頑張れよ』って言われてるしな。

 ここは、朝霧のご機嫌を取るってわけじゃないけど、俺から一つ提案してみよう。


「なぁ、今しなきゃいけない仕事はだいたい終わったよな?」

「あっ、あたしと花香さんのどっちがいいかっていう都合の悪い話はやっぱりしたくないんだ?」

「それはもういいだろ?」

「よくはないけど……。まぁ、そうだね。だいたい今やらなきゃいけない仕事は終わったよ。昼食の会場にも連絡は済ませたしね」

「それならさ、ちょっと園内を見て回らないか?」

「えっ? だけど、誰かは連絡係として入り口の辺りに残ってなくちゃいけないでしょ?」


 朝霧は俺の提案に心を惹かれたようだけど、首を傾げている。

 でも、俺は責任感の強い朝霧なら持ち場を離れることに抵抗を覚えるであろうことは、当然想定していた。

 だから、ちゃんと事前に準備はしている。

 俺は胸を張って朝霧に告げる。


「あぁ、それなら大丈夫。連絡係は副委員長に頼んでるから」

「そうなの? けど、委員長のあたしが残ってなくていいかな?」

「いいんだよ。それに、ちょっとだけでも、その、ほら……」


 これまで使ったことのない言葉を発することに、俺は思わずためらってしまう。


「ん、どうしたの?」

「あれだよ、ちょっとしたデート?みたいなことをしたいなって?」


 恥ずかしさのあまり朝霧から顔を背けながらやっと『デート』と言えた。


「…………」


 けれど、返事がない。

 あれ?

 朝霧にも喜んでもらえるかと思って恥ずかしさを一生懸命こらえたんだけどな。

 仕事が優先でしょ、って怒ってるのかな?

 そんなことを考えながら、そっと視線を戻すと、


 ――朝霧は両手で口元を覆って顔を真っ赤に染めていた。


「で、でっ、でっ、でっ、でっ、でっ、でっ」


 ようやく口を開いた朝霧は目をグルグル回しながら「で」しか言えなくなっていた。

 俺よりはるかに恥ずかしがっていた。

 普段は堂々としてるのに、意外と恋愛に関しては奥手なのかな?

 けど、それはそれでかわいい。

 なら、ここは俺がリードするしかないか。

 ……やっぱりちょっと恥ずかしいけど。

 朝霧が口元に当てたままにしている手を無理やり取って、俺は


「さっさと行くぞ?」

 と、手を引いて歩き出す。


 すべすべして小さくてちょっとだけ俺の手より体温の低い朝霧の手をそのまま握っていたい欲望にかられるけれど、周りの生徒に俺たちの関係を悟られるわけにはいかない。

 ちらりと振り返って朝霧が俺に付いてきているのを確かめると、俺はそっと手を離した。


「……意外と、伊達って強引なんだね。もっとヘタレなのかと思ってたけど、でも、それはそれでいいかも……」


 二歩後ろを歩く朝霧がつぶやいた声は、なんとか俺の耳に届いた。

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