十一回目
逃がしてくれない。この世界は俺を逃がさない。
在人は部屋を出て下の階へおりた。階段下に工具箱がある。そこから金槌をとりだした。
階段をのぼって、いつきの部屋へはいった。
両親がいつきの寝顔を眺めている。
まず父親の頭を殴った。
いつきが泣いている。あしもとには父母が倒れている。在人は顔の血を拭う。母親に反撃された。戦った。母は強かった。在人の頭には傷がついている。なにかで殴られた。
「お兄ちゃん」
いつきを見た。「どうして……? 一緒に、流星群、見に……」
この子は殺せない。絶対に。
在人は外に出た。きがえもしないしくつもはかない。血に塗れた金槌を持って走った。
学校へ。
登校中の生徒を襲った。単なる通行人も。手当たり次第に殴った。生死の確認はしない。とにかく傷付けた。在人は走った。誰も在人を捕まえられない。在人はあしをひねろうと誰かに反撃されようとなにもかまいやしなかった。
学校について、どんどんひとを傷付けた。
生徒会の仕事でもあったのだろうか。幡野が居た。一郎丸もだ。幡野を殴ろうとしたら一郎丸が庇った。一郎丸を殴った。一郎丸が倒れた。幡野も殴った。一郎丸の上に倒れた。
こんな簡単なことだったのだ。
七海はいつもはやくに登校する。
だから居た。在人のことは誰かに聴いていたのかもしれない。在人が血塗れでも、寝間着でも、金槌を持っていても、彼女は驚かない。
「鶴城くん」
「七海、好きだ」
在人はいった。
七海は頷いた。
「わたし、どんな鶴城くんでも、好きだよ」
邪魔がはいった。在人は七海の手をひっぱって、逃げた。邪魔をする人間は殴った。金槌はなくなった。血で滑ってどこかへ飛んでいったのだ。
七海をひっぱって走り、笑った。七海も笑っていてくれたらいいなと思った。七海はしあわせであるべきなのだ。彼女だけは。彼女だけは絶対にしあわせでないとおかしい。彼女が傷付き泣くなんて、世界のほうが間違っている。
在人は武器を手にいれたかった。
適当な民家に這入りこんで金槌を手にいれた。
七海は泣かないし、喋らない。
走った。走り続けるしかないからだ。
「七海」
「うん」
「俺のこと好きか」
「大好きだよ」
七海の声は湿ってもいない。
「ごめんね」
在人が以前通っていた、安斉中学は、隣の校区だ。そんなに遠くはない。在人は息切れさえしていなかった。
囲碁部は朝練がある。
留島は居た。
血塗れの在人と、在人に手をひかれた七海を見て、留島はなにかを悟ったみたいな顔をした。
在人は留島を殴り、留島は倒れ、悲鳴が上がった。在人は囲碁部の生徒を無差別に襲った。
何人も殺していないだろう。在人はむちゃくちゃに腕を振りまわしていただけだ。煩わしい、おぞましいなにかから、逃げたくて。
後ろから車にはねられたと思った。懐かしい感触だったのだ。最初に死んだ時と同じような、でも違うような。
目が覚めた。