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五回目


 中学生の時の部屋だ。どうやって死んだ。俺はどうやって死んだ。


 在人は自分が狂っているのではないかと思った。もしくは、狂いそうになっている。繰り返しの所為で。


 いつきを病院へつれていくよう父母に云った。在人の目付きがおそろしかったのか、ふたりとも怯えを見せた。でも、妹を病院へつれていき、検査をうけさせることは承諾してくれた。

 在人はついていかなかった。学校へ行った。


「七海」

 休み時間に呼びとめると、彼女はぼんやり笑って、うん、と頷いた。在人はその笑顔がなんだか可哀相に見えて、胸が痛んだ。彼女はなにかに打ちひしがれた様子だった。とても傷付いている。

 どうすればいいというのだろう。

「なに、鶴城くん」

「紹介したいやつが居るんだ」

「紹介?」

「七海は囲碁部だろ。俺は、外部進学で囲碁をする余裕ないけど、前の学校の友達で、強いやつが居て。こっちの囲碁部と、練習試合してくれるかもしれないし。どうだろう」

 つとめて明るくいう。七海は喜んだようだった。


 突然の呼び出しに留島は渋々という様子だったが、七海を見ると黙った。

 在人は留島の腕をひっぱる。留島はたたらを踏んだ。

「こいつ、留島アンリ。フランスとのミックス。囲碁部の次の部長に内定してる」

「え、すっごい。安斉って囲碁部、強いわよね」七海はくすくす笑う。「鶴城くんが単なる友達みたいにいうから、……そんな凄いひと、紹介してくれるなんて」

「いつきが世話になってるからな」

 在人は軽く返し、七海を示した。

「こちら、七海ななさん。うちの囲碁部の、女子の主将。留島?」

「あ、ああ。宜しく、七海さん。俺のことはアンリと」

 留島と七海が握手した。在人は吐きそうだったが、笑みは崩さなかった。


 いつきは入院した。すぐに治って、退院した。留島と七海は高校進学のタイミングで付き合い始め、成人してすぐに結婚した。

 在人は普通に進学し、就職した。見合いをすすめられたら相手が幡野で、お互い文句はなく、結婚した。

 幡野……藤は、聡明で、優しく、なにか傷付いたふうだった。一郎丸とのことがあったと教えてくれたのは、ふたり目ができてからだ。藤と一郎丸は付き合っていたが、一郎丸が留学先で強盗に遭い、亡くなった。それから恋愛やなにかに興味がわかず、ただ生きていたのだと。

 でも、あなたと一緒になって、よかった。藤はそう括った。だから、在人も、七海のことを話した。憬れていたが、友人に紹介したら、そちらで巧くいってしまったのだと。藤は笑ってくれた。在人はそれで気が楽になった。


 いつきのがんが再発した。

 転移もしていて、もう助からないといわれた。

 定期検診をさぼり、仕事ばかりしていたのだ。

 妹は病室に、在人しか立ち入らせずに、話した。

「あのね、お兄ちゃん」

「ああ」

 いつきの声は掠れ、頑張らないと聴きとれない。どうしてこんな状態になるまで、放っておけたのだろう。それが不思議でならない。

「わたし、留島さんのこと、好きだったの」

 在人は呼吸が苦しくなるのを感じた。

「でもね、ななさんも大好きだから、しあわせそうだから、じゃまなんてできないよね。ね?」

 自分が妹の死期をはやめたのだと在人は悟った。留島を死なせたくないばかりに、いつきをこうやって苦しめている。

「こんなこと、お兄ちゃんにしか話せない」

「いつき」

「ごめん、死ぬ間際に、いうことじゃないよね」いつきは微笑んでいる。「留島さんの写真、沢山、とってあるの。はずかしいから、処分しといて。お願い、お兄ちゃん」


 それは最後の会話だった。いつきは死んだ。


 在人は自分が理不尽に怒っていると、解っている。

 でもとめられなかった。

 留島が憎かった。いもうとを苦しめ、七海を自分からとりあげた、留島が。

 在人自身がやったことがきっかけだというのに。

 在人は泣きながら留島邸へ向かった。


 留島は在人が泣いているのを見て、いつきの死を悟った。慰めてくれるつもりだったのか、快く在人を家に迎えいれた。在人は背後から留島に殴りかかり、うまのりになって殴り続けた。よく解らない感情が渦を巻いていた。留島に対して恨み言をいっていた。いつきが死んだのはお前の所為だといった。自分から七海をとりあげたと詰った。


 七海が怯えていた。

 リビングの隅で泣いていた。

 在人は七海も殺すつもりだった。でも、できなかった。


「ごめんね」

 七海が謝っている。七海と留島の子どもは、どこだろう。目の前にあらわれたら殺してしまう。そう思った。

「わたしも、鶴城くんが、好きなの」

 ななは泣きじゃくる。「でも、留島くんは、とても繊細なひとで、わたし、わたし……」

 彼女は結婚しても俺のことを名字で呼ぶんだ、と留島がいっていた。俺の時もそうだった。

「いいんだ」在人は掠れた声を出す。「解ってる。こいつは君と一緒になれなかったら、死んでただろう」

 実際そうなったのだから。


 在人はななの手をひいて、外へ出た。向かったのは丘の広場だ。おあつらえ向きの高台から、ふたりは一緒に飛び降りた。


 目が覚めた。



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