四回目
心臓が停まるかと思った。昔々、中学生の頃の部屋だ。
また悪夢だったのだ。
在人は部屋を飛びだし、妹の部屋へ行った。いつきは寝ていて、父母がその様子を見て笑っていた。流星群を見に行く計画が頓挫したからだ。
在人は泣かなかった。こわかった。とにかくこわかった。
「父さん、母さん」
在人の真剣な声に、父母は首を傾げる。
「どうしたの、在人」
「なんだ、こわい顔して」
「いつきは病気なんだ。今すぐ山下病院で検査して、治療をうけさせないといけない」
在人は自分でも、自分の言葉がおかしなものだと解っていた。解っていてもいった。妹を死なせる訳にいかないからだ。
父母は言葉を失ったが、在人の表情を見て、どちらも頷いた。いつきを優しく起こして、きがえもさせず、父母は車へ乗りこんだ。
在人はついていかなかった。部屋に戻って、ベッドに倒れ、泣いた。
いつきは肝臓がんだが、超早期なので心配はない。二ヶ月から三ヶ月、入院加療。前と同じだ。
在人は学校を休んだ。三日、部屋に閉じこもっていたら、前の学校の友人達が尋ねてきた。留島も居る。
「鶴城、元気出せよ」
「妹ちゃん、発見がはやかったから、治療すりゃあなんとかなるんだろ」
彼らは、妹の友人経由で、鶴城家の情況を知ったらしい。妹のもとクラスメイトが、前の学校の囲碁部にいたのだ。
在人はなにもいえなかった。
留島がいった。
「なあ、いつきの見舞に行こうぜ。あいつ、いつもその辺跳ねまわってたから、ベッドに縛り付けられて退屈してるだろうし、俺らで話し相手にでもなろう」
留島なりの気遣いが感じられた。在人は承諾して、仲間達と病院へ向かった。
いつきは本を読んでいたが、在人達があらわれるとはずかしそうに布団をひきあげた。寝間着を見られたくないのだろう。
「いつき、なんだよ、元気そうだな」
留島がざっかけなくいって、にっこりした。
暫くぶりに会う兄の友人達に、いつきはちょっとはずかしそうに喋っていたが、十分もすると調子をとり戻した。そして、突然いった。
「あの、留島さん」
「ん? なんだ?」
「わたし……留島さんのこと好きです」
留島がぽかんとする。友人達もだ。
いつきは顔を赤くしている。
「ずっと好きだったんです。お兄ちゃんが、留島さんを家につれてきた日から。死んじゃうかもしれない病気になって、初めて勇気が出ました。留島さん、よかったら、付き合ってください」
在人は思い出してた。夢のなかでいつきは、健康になったのに、誰とも付き合わず、結婚もしなかった。留島を思ってのことだったのだろう。
留島は承諾した。
在人は囲碁同好会にはいった。在人のおかげで部に昇格できたと七海は喜んだ。在人は、いつきが退院してから、七海に告白した。
七海は嬉しそうに、承諾してくれた。
いつきは再発も、転移もなく、成人した。在人とななは結婚し、市外に居をかまえた。成る丈、留島とななを接触させたくなかった。
いつきと留島は結婚した。
どちらの夫婦にも子どもが生まれた。事故もなかった。
このまま平穏無事になにもかもが過ぎていくのだと思った。
一郎丸と幡野が結婚したとはがきが送られてきた。さずかり婚で、式は挙げなかったそうだ。幡野は嬉しそうだった。
留島が死んだ。過労死だったらしい。いつきが電話口で泣いていた。遺品の整理を手伝ってほしいといわれた。留島の遺言状があり、遺品整理は在人にしてほしいと書いてあったのだそうだ。
日記はあった。ななへの気持ちが書いてあった。
しかし、いつきもまた、留島にとってはかけがえのない存在で、いつきが居るのにななに心を動かされた自分を責めていた。いつきにその気持ちを見破られたら、いつきを傷付けたらと、おそれていた。
だから留島は仕事に逃げた。そして死んだ。
日記は焼き捨てた。留島の気持ちは解った。どこかに吐き出したいから日記をつけて、でもそれがいつきの目に触れることをおそれ、自分に処分を頼む気持ちで、遺言状を書いていたのだろう。
いつきと同居することになった。なんの問題もなかった。いつきとななは、実の姉妹よりも仲がいい。
子ども達は大きくなった。在人は出勤した。
目が覚めた。