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二回目


 時計を見ると三時四十分だ。

 在人は泣いていた。

 とても悪い夢を見たと思った。


 うとうとしていたらしい。父母と妹の楽しそうな声で、もう一度起きる。なんて悪い夢を見たのだろう。在人は吐き気をこらえて、朝食の席に着いた。「どうしたの、お兄ちゃん?」

 向かいからいつきが話しかけてくる。在人は泣きそうになって、黙って頭を振った。自分は転校で、だいぶ参っているらしい。そう思った。

「流星群、見損ねちゃった」

「だからいったでしょ。いつきは徹夜なんてできないんだから」

「眠ってから起きたらよかったな」

 在人はむりやり、朝食を口に詰め込んで、家を出た。妹が元気で、ほっとした。


 昼休み、七海と一郎丸に呼びとめられて、部活について説明された。「それでね、あの、お願いなんだけど、よかったらうちの部にはいらない? 鶴城くん、前の学校で囲碁部だったって、いつきちゃんからきいたの。うち、同好会から昇格したばかりなんだけど、昔は強かったから、OBのひと達がたまに来てくれてね……」

 やっぱり夢だったのだ。囲碁部がある。同好会じゃない。

 在人は七海がまだ説明しているのを遮った。

「是非、入部させてくれ」


 囲碁をしながらでも勉強がおろそかにならない自信があった。それに、折角強豪校にはいって、囲碁の腕が鈍っていたのでは意味がない。

 七海のいうとおり、アマチュアだが段位を持っているOB達が、度々顔を出した。在人は棋力を上げながら、勉強にも真剣に取り組んだ。模試の結果は上々だった。

 七海や一郎丸と遊びにでかけることもあった。いつきと、留島達、前の学校の仲間も一緒にだ。一郎丸と留島は、なんとなく雰囲気が似ている。喋りかたや、声も。顔もどことなく似ていた。なにかの話の拍子に、遠い親戚だと解って、みんなで笑った。


 一年経って、いつきが倒れ、病院へかつぎ込まれた。


 また悪い夢だと思った。在人は泣かなかった。泣くことはなかった。

 自分の責任だと思った。

 一年前に妹を病院へ連れて行けばよかった。


 最後の病院で、わずかだが症状が好転したことを思い出した。

 父母に掛け合って、いつきをそこへ転院させた。内部進学に切り替え、七海と一郎丸が泣いてくれた。幡野(はたの)(ふじ)というクラスメイトが、いつきの話を聴いて、見舞に来てくれるようになった。幡野は学校の理事の娘で、生徒会に所属している。副会長として無視はできないわといっていた。幡野はいいやつだ。


 いつきは好転し、再発し、治療し、転移し、治療し、再発した。完全寛解へは至らなかったが、成人した。在人は嬉しかった。いつきは留島に恋心を抱いているようで、二度、デートにでかけた。それくらいの元気はあった。在人も、七海も、一郎丸も、幡野も、ふたりが少しでも一緒に時間を過ごせるように、祈った。

 肺へ転移した。

 それが最後だった。いつきは死んだ。


 駈けつけた留島と一郎丸が泣いている。在人も泣いた。朝からついてくれていた幡野が呆然と座りこんでいた。在人は外に出た。

 仕事をぬけると電話口で泣いていた七海が来た。

 七海は在人に抱き付いて、泣いた。

「鶴城くんまで死なないでね」

「……俺?」

「お願い」

 七海は本当に、在人が死ぬかもしれないと怯えていた。「わたし、鶴城くんのこと、好きなの……」


 いつきの葬式は終わった。いつきの友人達は泣いていた。彼ら彼女らは、あまり見舞には来なかったけれど、手紙をくれたり、寄せ書きをくれたりしていた。いつきは友人達に愛されていた。

 いつきが日記に、留島が好きだったと書いていた。それを聴いて留島は泣き崩れた。


 在人は七海と付き合い始めた。留島は暫く寝込んでいたが、幡野が外に連れ出した。

 いつきの一周忌が終わって、在人と七海は旅行へ行った。その晩、初めて、同衾した。七海ははじめてでないことを申し訳ながったが、そんなことはどうでもよかった。

 在人と七海は数年後、結婚した。その結婚式で、留島と幡野が婚約したと報告された。留島は申し訳ないみたいだったが、いつきも彼のしあわせを願っているだろう。

 そこから二年たって、留島と幡野が結婚した。在人とななには娘が生まれ、話し合うこともなく、「いつき」と名付けた。


 長男が生まれた。父母と同居していて、長男を母に任せ、ななは娘を保育園へ送った。車でだ。ななは仕事を続けていた。保育園へ娘を預け、そのまま出勤する筈だった。

 追突された。

 ななと娘は死んだ。即死だった。


 在人は父母の協力を得て、息子を育てた。再婚の話はあったが、そんな気持ちになれなかった。息子は成長し、成人し、恋人をつくって結婚した。

 父母が死に、息子は独立した。

 在人はひとりで余生を過ごした。

 淋しくはなかった。

 ななと、妹のいつき、娘のいつき。その三人が、いつも一緒に居るような気がしていたから。

 在人はある日、眩暈がして倒れた。


 目が覚めた。




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