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 お馬でパッカパッカすること一日。私は城に着いたらしい。

 ソフィアの膝越しに感じる揺れが弱くなる。

 馬車の乗員は、私に父とメイドのソフィア――青髪の近衛ちゃんのこと――だ。

 この馬車の前後には護衛が乗った馬車を走らせており、ちょっとした大名行列みたいになっている。

 私の初外出だからと言って大げさだ。


 大げさと言えばこの馬車も相当なものだ。

 内部を覗き込まれるのを嫌った、日が差し込まない厳重な造り。

外の様子がちっとも分からないじゃないか。

 貴族の馬車はみんなこうなのかもしれないが、おかげでせっかくの旅の風景を楽しむことができなかった。



「……どこの馬車だ。許可証を出せ」

「見ればわかるだろう。フォース騎士爵の誇り高き紋章が見えないのか?」


 前の方で男たちが何やら言い争いをする声。

 どうやらもめ事が起きているみたいだ。

 緊張した空気がここまで伝わってくる。


「門番となにかあったようですね……様子を見てきましょうか?」


 冷静沈着な様子でソフィアが言った。

 すらりとしていて絵本の王子さまみたいな彼女なら、荒事でも軽く鎮圧できそうだ。


「いや、私が出よう。君はこの場所に良い思い出がないだろうから」

「いえ私が――」


 ソフィアが言い終える前に、父は腰を上げた。


「クララはいい子にしてるんだぞ!」


 いつもの笑顔で、マントを翻して馬車から出ていった。

 その背中に私は訴える。


「わたしいつもいい子」


 そこはちゃんとわかってほしい。

 そうだよね、とソフィアに同意を求めようとして、思わず押し黙る。


 閉ざされた扉の先を見つめる彼女の顔は、見たことのない暗いものだった。

 思わず手を握ると、「大丈夫ですよクララ様」と私を落ち着かせるように笑みをつくった。

 慰めたいと思ったが、ソフィアを守れるほどの力を持たないから、「心配しないで」と言うことができない。

 

「ソフィアがいるからあんしんだね」


 代わりに信頼していると伝えた。

 今の私にはこれが精いっぱい。


「そうですね――あなたのことは必ず私が守ってみせます」


 壁の向こうにあるであろう城を見据え、決意を(みなぎ)らせた目をするソフィア。

 えっ? お城ってそんなやばいの⁉

 招待状で釣ってから処刑の確殺コンボ極めてこないよね⁉

問い詰めようと思ったが扉の向こうから怒鳴り声が響き、私はタイミングを逃す。


「だからこの紋章こそ騎士爵の所有する馬車である証だ!」

「くどい。許可証を持たぬ者は何人たりとも――」


 まーだもめているようだ。先ほどよりもお互いの語気が強くなっている。

 不備があったようで、うちの馬車は王城に入れないようだ。

 帰ろう? Uターンしてこのままおうちに帰ろう?

 けっこう強そうなソフィアがこんなに警戒してるんだもの、お城怖い。



「双方そこまで。証明が必要であれば当主たる私自身に勝るものはないだろう」


 騒動の中心に誰かが割り込んだ。

 少しの間、時が止まったかの如く辺りがしんとなる。

 聞き覚えのある声――

 父のものだ。

 遅れて父の姿を認識した、周囲の人々がざわめきだす。


「これは――団長殿!」

「そう固くなるな。今日は団長としてきたのではない」


 先ほどまでと変わって門番の言葉に熱がこもる。

 敬意、熱望が込められているようだ。

 ひょっとして、父は有名人なの?


「王の用命にて参った。門を開けられたし」


 屋敷にいるときとは違って重厚な、威厳に満ちた低音。


「かっ、開門――――!」


門番の号令とともに、金属のきしむような音がとどろく。

 門が空いたのだ。

 これにて一件落着。

 えー、入れなくてもよかったんだけど。

 


「父いがいとスゴかったんだね」

「団長――いえ、騎士爵様は偉大な方ですから」


 顔を出すだけで事態を収められるのは、流石は現役貴族といったところ。

 ……そういやお城で働いているんだっけ?

 だったら顔パスもあんまりすごくないかな。社員証忘れて顔なじみの警備員に融通してもらった感ある。

 オートロックのとこみたいにほかの貴族が登城するときに一緒について行ったら面白かったのに。


 それにしても『団長』ねぇ……。

 規模は分からないけど、父は人の上に立っているわけか。

 誇らしそうに笑みを浮かべて父のことを語るソフィアは、先ほどとは違って自然な笑みを浮かべていた。


「ほえ~」


 その話に、私は努めて興味のないふりをする。


「どうされたのですか? クララ様」

「べつに~」


 顔を覗き込んでくるソフィアに、私はそっぽを向いた。

 ソフィアの笑顔、本当は私が取り戻したかった……カッコ悪いから言わないけど。



「すまない、待たせたなー! これで馬車が動くぞ」


 しばらくすると父が帰ってきた。

 馬車に屈んで入ると、私たちの向かいにドスンと腰を下ろした。


「城に入ったら、すぐに陛下と謁見できるはずだ。なぁに、緊張することはない。あちらから呼びつけたのだから、粗相があっても笑って許してくれる」


 いつもと変わらぬ父は、先ほどのことを誇る様子もない。

 人としての小ささを露呈してくれたなら私も気が休まったというのに。


「あいさつのしかたわからないのも、だいじょうぶなの?」

「ああ! 大丈夫!」


 いや、大丈夫じゃないだろ!

 下手を打ったら処刑されかねん。

 今から向かうのは、あのソフィアですら縮みあがる伏魔殿。

 うまく立ち回れるよう頭の中で予行演習しておかねば。



 舞台は玉座、王の御前。

 ――アクション!



『名を名乗れ……』


 獅子のような獰猛(どうもう)さを体現した世紀末覇者がいかつい玉座に体を預けている。

 その全長は二十メートルほどで、椅子もきっと特注だ。


『わ、わた、わたたたた……』


 私は恐怖で体が震えて、ろくに自己紹介すらできない。

 そりゃそうだよ。王様がその気になったら私なんて一口で食べられてしまうくらいに大きいんだもん。

 あっ、おしっこ漏らした。


『見るに堪えん。連れていけ』


 最初の挨拶で失敗した私は、どこからともなく現れたムキムキの軍団に引きずられていく。


『おたすけ~』


 必死に手を伸ばす私を、


『大丈夫だ!』


 父はサムズアップで見送った。


 ――カァーット!!


 ダメじゃん。私連れていかれちゃったよ……。

 王様怖すぎるよ~、絵本のゆるい王様と違った。

 というか何故に第三者視点?

 ムキムキに連れ去られて絶望する私の顔が、しっかりと確認できたんだが。


 この予行演習でいくつか事実が判明した。


 一つ、王様はでかい!

 一国の王たるものその威光はすさまじく、器たる肉体も人間とは異なるようだ。

 機嫌損ねないようにしなきゃ……。

 

 二つ、おもらしをしたら処刑される!

 神聖な場でおもらししたら、幼女未満の私でも許されないと。

 謁見前にちゃんとトイレいかなきゃ……。

 

 三つ、父は当てにならない!

 子供が連れ去られるというのに、なにサムズアップで見送ってるんですかね……。


 超絶美幼女クララちゃんαの犠牲は悲しいものだったが、私は同じ轍は踏むまい。

 必ずや暴虐の王から、この命を守ってみせる!


(あほなこと考えているくらいなら、私の話し相手でもするかしら~)


 頭の中に直接響くソプラノボイス。

 妖精のコレットだ。

 暇に飽かせてこうしてテレパシーで話しかけてくる。

 ほかの人には姿が見えないようで、私の頭の上に乗っかってくつろいでいるその様は、賃料を請求したくなるほど。


(かんぺきなシミュレーションだった。おちどがあるならいってみて)


 そんなに小さな頭で思いつくわけないけど。


(前提条件としてサイズが間違っているわ~)

(サイズ? そんなはずはない)


 フレディが読んでくれた絵本どおりの縮尺で再現したのだから。

 絵本では一際大きく描かれた王と、その側に控える小柄な騎士たちという構図だった。

 それに勇者が謁見し、ピカピカの剣をくださいと交渉するシーンだ。


 手前で首を垂れる勇者はページの下半分ほどを占めていたが、あれは勇者が手前にいるから大きく書いているだけだ。それを巨人であると錯視するのは頭が固いおばかだけだ。

 奥に座る王様も遠近法に従って、勇者の顔に体が収まるほどに描かれるべきだが――この国の王は違った。

 手前にいるはずの勇者と同じくらいに大きかったのだ。

 ちゃぶ台を囲んでいるシーンならともかく、謁見の場での対話だ。相当に距離が離れていたことは想像に難くない。

 だというのに遠近法を無視した王のサイズは両脇に並ぶ騎士が子供に見えるほどで、それすなわち、王が遠近法を狂わせるほどの巨人であることを示していた。

 

(よ~く考えなさい。王様があんなに大きい――――――なら部下のムキムキも普通の人間よりも大きいはずよ~!)

(た、たしかにっ!)


 私に電流走る!

 二人して根本的なところを間違っている気もしたが、コレットの意見はもっともだった。


 王がデカけりゃ兵士もでかい。

 どうして気づかなかったのか。

 ここまで来たら門番もきっと巨人だったろうに、それを簡単に従わせた父はすごいのかもしれない。


「パパすごいね。みんないうこときいてた」

「ははは、門番がうちの部下だったからな、偶然だ。さあ降りるぞ。呼びつけたからには菓子くらいは用意してあるだろう」

「おかし!」


 おかし! おかしあるの⁉

 すべての思考を放棄した私は「はやくはやく!」と父をせかす。

 元を正せば、私がお外に出たかったのは、未知なるお菓子を堪能するため。




 ソフィアに抱えられて、私は馬車を降りる。

 ――眩しい!

 私は一日ぶりの日光に目を瞬かせた。

 

「これが我が国の国王が住まう場所――カイザーデュークキャッスルだ!」


 私は城を見上げる。

 大きすぎてほぼ首が直角だ。

 そのままひっくり返りそうになったが、ソフィアが後ろから支えてくれた。

 

 この世界にもこれほど高い建造物があったのか。

 外敵からの侵入を阻むようにそそり立つ石壁には、傷を補修した後がいくつもみられる。

 補修に用いた石材アスファルトだろうかも元の壁と同じ色合いをしていることから、争いがあったのは遠い昔のことなのだろうと勝手に想像する。

 この城は王の力を示すと同時に、国の最終防衛ラインに違いない。

 そこに今なお移り変えずに住んでいる事実が意味することは未だ外敵を警戒している証拠で――

 

 あっ、そうだ。馬車でおもらししたのは想像の中の私であって、現実ではしていないからね?

 これだけはわかってほしい。

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