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「うまうま……」


 私はパンを咀嚼する。

 家族で食事をとるための、そこまで広くはない食堂。

 私専用の足が長い子供椅子が、シックなテーブルにぴたりとくっつけられている。


 隣は兄のフレディがいて、向かいには姉のキャロライン。

 テーブルの奥には母のアンナ、そして家長にしてわが父、エリオット。

 珍しく、朝から一家大集合だ。


 それにしてもパンがうまい。

 最近離乳食をおさらばしたので、みんなと同じ食事をとれるようになった。

 一口サイズに切り分けられたパンをジャムに浸して食べる。

 ほんのりとしたバターの香りと、でろっとしたジャムの甘みがたまらない。

 パン切れを口に運ぶたびに文鳥に餌をやってる気分になるが、それでも幸せだ。


「パパの分も食べるか?」


 フレディと同じ栗毛にがっしりとした体つき。家族のなかで一人だけ背が高いので、巨人と小人のお食事会みたいになっている。


「ううん、もうおなかいっぱい」


 親の分まで食べたいが、胃が膨れてしまったので断念する。



「いやぁ、久々の我が家はいいな!」

 

 心底嬉しそうに父が言った。


「たまの休日なんですから、ゆっくり休んでくださいな」

「なにをいうアンナ。せっかく帰って来たんだから子供と遊ぶに決まっているだろう」


 父は遠くで仕事をしているようで、月一程度でしか帰宅しない。

 私がおいしいものを食べて暮らせるように頑張ってほしい。


「クララ! 今日はパパと遊ぼうか!」

「きょうはひるねするの」


 父の誘いを間髪入れずに断る。


「ハッハッハ! じゃあパパと一緒に昼寝しようか」


 めげない父に私は無言で首を振った。

 別に父を邪険にしているわけではない。

 スケジュール帳が普段は真っ白な私だが、今日だけは用事があるのだ。

 今日はアイツを捕まえる、作戦決行日だ。



「キャロラインはどうだ? パパと買い物でも行こうか」

「こんな田舎町ではこの間行ったときと品物が変わっていないと思うの。だからお父様が一人で行けばいいと思うわ!」

「そうか……」


 突き放すような言い方をする姉。

 言い方がきついが悪気はない。

 ただ買い物に行く気分じゃないだけだ。


 だから代わりに――


「おかいもの!!」


 私を連れていけ!


 先日二歳の誕生日を迎え、お庭に出られるようになった私。

 うちの庭は森を丸ごと飲み込むほど広く、窮屈な思いはもうしなくてよくなった。


 だが、森にお店はない。

 生まれてこのかた外部の人間を見たことのない私は刺激を欲している。

 町に出ればそれが満たされるはずだ。


「おおっ! クララはパパと行くか!」

「パパといく!」


 父はガッツポーズした。

 ほんと子供好きだなこの人。

 パパと呼ぶことを強制してくるのが少しうざいが、甘い物くれるから好き。


「よおし、パパがなんでも買ってやるからなぁ」

「きゃあ————!」

 

 わかってるやん! まだ見ぬ甘味を想像し、私はよだれをたらした。

 アイツを捕まえるのはまた今度だ。


「失礼します」


 猫耳メイドのミュシャが、私のよだれかけを取り替える。

 おやおや、いつもすまないねぇ。

 まだ、三回に一回くらいおしっこもらしてしまう私。ミュシャを筆頭にしたメイドたちにおむつを替えてもらっている。

 おしゃべりできるようになっても二歳ってまだ赤ちゃんなのだよ。



 よだれが染みこんだ前掛けを交換してもらっていると、


「ダメよ」


 まさかの母が反対した。


「いいじゃないか。クララももう二歳だ」

まだ(・・)二歳です。クララちゃんになにかあったらと思うと……」

「わたし歩けるよ!」


 母と言えども赤ちゃん呼ばわりは聞き捨てなりません!

 つかまり立ちからわずか数ヶ月で二足歩行を習得した私をなめないでいただきたい。


「だからよ! 歩けるようになってから、メイドの目を盗んで庭に出ようとするんだから!」

「うっ」


 これは痛いところを突かれた。

 一歳のころ、タバコを探しに庭へ出ようとしては毎度使用人に捕まっていた。

 勝手に出るくらいならと、こないだの誕生日からメイドの同伴を条件にお庭に出ることを許された。

 そのときは、『ゴネ得ッ!』て思ったけど、母の信頼を損ねてしまったようだ。


 これは、すこし……。


「うう……ぐすっ」


 涙で視界がぼやける。

 感情をコントロールできないから赤子は困るんだ……。

 こんなときは感情が決壊する前に誰かに慰めてもらうに限る。


「すん、すん……ミュシャ」

「はい!」


 大きく手を広げると、ミュシャは待ってましたとばかりにわたしを抱き上げた。


「――――母のとこまでつれていって」

「あっ、はい……」


 ミュシャは猫耳をぺたんとしおれさせ、私を運んだ。



「おかいもの……」

「だーめ。クララちゃんは一人でどこかに行っちゃうでしょう?」

「いかないもん……」


 向かい合うようして乗った膝の上。母は優しい声で諭してくる。

 私はそのおなかに顔をうずめて涙をふく。

 ダメなのか……私はお買い物行かれないのか。


「かあさん。クララを連れて行ってあげようよ」


 ずっと話を聞いていた兄のフレディが加勢してくれた。

 やっぱり兄貴は、後から生まれてくる妹を守るために先に生まれてくるんだなって。

 最近は剣術も始めて、ただのマジメなやさ男で終わる気は無いのかもしれない。

 我が家の頼れるお兄様ランキング一位を独占しているだけのことはある。

 なお、うちに他の男兄弟はいない。


「わたしも賛成! クララだけお外に行ったことがないなんてかわいそうだわ!」


 キャロラインまで……。

 外部から作法の先生を呼んで稽古をしてもらうようになってから数か月。

 なにも変化を感じられなかったけど、こうして心の内に成果は表れていたんだ。

 『立派なレディの作法を教えてあげるからついてきなさい!』といって私を呼びつけて、玄関で盛大に転んだときは笑ってごめんね。

 あなたは最高の姉だよ。


「アンナ……考えなおしてくれないか。ちゃんと護衛もつけるし、田舎の町だからほかの貴族と会うこともない。そのためにここに越してきたんだから」

「でも……」


 それでも母は首を縦に振らない。

 ならばもう一押し、これで決める。


「母……」

「でもクララちゃんから目を離すと心配で……このあいだもトイレでパパのお皿洗っていたのよ」


「「えっ……」」


 みんなが一斉に私を見る。

 ちがっ、あれは良かれと思って……。


「それにフレディちゃんの剣を使って玄関に穴を掘ったり……」

「……どうりで鞘に土がついていたんだ」


 それは、ほら。玄関に置きっぱなしにしてあったから……。


「わたしあの穴に引っかかってコケたわ! クララが犯人だったのねぇ……」


 流れ変わったな……。

 買い物に行ける雰囲気から一転、処刑用BGMが流れ始める。

 他人事じゃないぞ、いったい、いったいどこで間違った⁉


 お皿を洗ったことに関しては完全に善意だから。私おむつだからあれがトイレってことを忘れてただけだし?

 玄関の穴を掘ったのも知的探求心を満たそうとしただけ。決して姉をすっ転ばそうとしたわけじゃない。


 というか、これらのひまつぶしは母には見られていないはずだ。

 だというのになぜ知られてしまったのか……。

 内通者がいるな。

 

 私は過去の記憶を呼び起こす。

 たまにはメイドさんに孝行するかとお皿を洗っていたらそこがトイレだったとき。

 家の下に沢山の金貨が埋まっていて億万長者になった絵本をフレディに読んでもらい、貴族の屋敷ならいくらでも埋まっているだろうと玄関前の土を掘り起こしたとき。

 この二つの記憶に共通して映っている人だーれだ。答えは――


 ミュシャだ!!


 側に控えるメイドたちのなかからミュシャを見つけると、ヤツはしっぽをピンと立てた。

 やはりか……。

 ミュシャが私の悪行を母に密告していたならば、昨日のアレも母に伝えたのだろうか。


 私はアイコンタクトで問いかける。


『昨日のことバラしたんか?』


 ミュシャは動かない。


『母の口紅で壁に絵を描いたのバラしたんか?』


 ミュシャは答えなかった。

 その代わりに、猫耳メイドは深々とお辞儀をした。それはもう見事なお辞儀だった。



「あはっ、わたしおでかけいかない! おりるね、かえるね!」


 急いで母の膝から降りようとしたが――


 むにっ

 母に頬をつままれた。

 両側持たれてしまったのでもう逃げられない。


「あの口紅――高かったのよねー」

「おへんひゃひゃい」


 

 ご想像の通り、おでかけは中止になりました。

 そのあと父とフレディは剣の稽古をしたそうだ。


 あほらし。


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