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「おーへ、あー!(外に出たい!)」
赤ちゃん用ベッドの落下防止用柵に掴まり、なんとか立ち上がり私はそう訴える。
その姿は向こうからしたら鉄格子ごしに看守を威嚇する囚人に見えたかもしれない。
禁固一年。そろそろシャバの空気が吸いたい!
「クララ、どうしたの? そうだ抱っこしてあげようか」
困惑した表情で私を抱き上げたのは兄のフレディくん六才。
小さいながらも目鼻立ちが整っており、落ち着いた色の栗毛がマジメっぽさを引き立たせる。
あれだ、アメリカの金持ちの子供で人生勝ち組って感じのいるじゃん。あんな感じ。ハンサムで将来高給取りになりそうな顔。悔しいねえ悔しいねえ。
「あおー」
「あはは、クララくすぐったいって」
だけど私は兄のことが嫌いじゃない。
フレディは足しげく私の部屋に通い、絵本を読んでくれるからだ。
おかげでこの国の言葉もなんとか覚えられたし、文字だって読める。(私の部屋に本はないけど)
「きょうはね、ようせいさんのお話だよ」
フレディは子供用の小さなソファーに座ると、私の腋の下から腕を通して絵本を開く。
小さな兄の鼓動を背中で感じる。
赤子になったからか、人の鼓動はとても心地よい。
「むかしあるところに、それはそれはわるい魔王がいました」
頭のすぐ上から、ゆっくりと読み上げる兄の声。
「王さまたちはあつまって、魔王の城に兵をおくりましたが、だれひとりとしてかえってきませんでした」
魔王がいる設定か……よくある英雄譚だろう。
「こまってしまった王さまたちのまえに、一人の男があらわれていいました。『王様! 私に一振りの剣をください。必ずや魔王の首を献上してみせましょう』
『おお、なんと心強い若者だ。おぬしを勇者とみとめよう』王さまは勇者にピカピカの剣をあたえました」
勇者の発言が過激すぎないじゃないか? 子供向けなんだから。
それに勇者には夢とか希望とかそれっぽい言葉を言わせればいいのに。
「しかし、ピカピカの剣をもって意気ようようと旅立った勇者が、もどってくることはありませんでした」
バックレたのか? それとも討ち死にか……。
どちらにしても、この物語の主人公ではなかったようだ。
フレディは妖精の話と言っていたし。
「次にあらわれた男がいいました。『私に盾をおさずけください。ひとびとのたべものをうばうわるい魔王から、みんなを守りましょう』王さまはいいました。『だめだだめだ! そういって剣をもっていった男はかえってこなかったじゃないか』」
ちゃんと断るんだな。おとぎ話にありがちな頭の悪い王で、なんでも与えてしまうのかと思ったが。
「しばらくして、ピカピカの剣をもらった勇者がかえってきました。『王さま、魔王をたおす方法がわかりました。宝物庫のざいほうをつかうのです』勇者のことばに王さまは怒りだしました。『なんたるふそん! この不届き者を切り捨てろ!』勇者は急いでにげだしました」
王様のセリフをフレディが熱演する。
この本絶対教育に悪いだろ……。
「魔王をたおす勇者がいなくなり、みんなが不安な日々をすごしていると、王さまのまえにようせいさんがやってきていいました。『おうさまたいへんですね。でも大丈夫! この城いっぱいのたべものを用意してくれたら、魔王をおいはらってあげるよ』王さまはよろこびました。『皆のもの、ありったけの食料をこの城にはこぶのだ!』」
妖精が唐突にでてきたな。絵本だしそんなもんか。
「お城じゅうに積みあがったたべものを回収したようせいさんはいいました。『ありがとう、これで当分くらしていけるよ!』言うが早いか、ようせいさんはたべものといっしょに姿をけしました。それ以降、魔王があらわれることはありませんでした。めでたしめでたし」
ん? その書き方だとまるで魔王の正体が妖精だって思われるんじゃ……。
「どうだった⁉ おもしろかった⁉」
絵本を閉じたフレディが興奮して聞いてきた。
ぱちぱちぱち。私は手を叩いて応じる。足腰がしっかりしていたならスタンディングオベーションしてあげたんだが。
「僕も勇者みたいにピカピカの剣を手に入れたいなぁ」
フレディが夢見るようにつぶやいた。
一番心に残ったのがそれ⁉
私としては、妖精の妙に胡散臭いムーブが気になった。
勇者が財宝を請求した後に現れて、先ほどよりも低い条件を提示する辺りが詐欺の手口に見えてならない。
『魔王を討伐した』と明記されず妖精とともに姿を消したのは、やっぱりグルだったんじゃないの? という疑念が残る。
真偽はわからないが、子供に読ませる内容ではない。
「今日はこれでおしまい」
「ぶー」
本を閉じようとする兄を妨害する。
なにか目的があったはずだ、思い出せ。
「クララは本が好きだねー」
「あーい!」
といったふうに、ほのぼのとした毎日を送っております。
――っと思い出した。
今日こそ私は部屋の外にでる!
「あっ……」
私は両腋を支えているフレディの手を弾くと、膝から転がり降りる。
ボテッ……着地成功!
シュババババ――。
私は目にも止まらぬ速さのはいはいで突き進む。目指すは扉、その先。
「クララ待って!」
後から悲痛な声。
待てと言われて待つのはスネに傷を持たぬ者のみ。
もちろん私はスピードを落とさない。
今日こそ扉の外に足を踏み入れるのだ(四足で)。
「ママ――――!」
フレディが叫んだ。
おいおいママは反則だろ。
だがもう遅い。
あとはドアを開けるだけ――
私は頭の上にある鈍色のドアノブを睨みつけ、計画の根本的な問題をようやく理解した。
――とどかねぇ。
始めから出ることなど叶わなかったのだ。
ぺたん。
観念した私は扉の前でお座りをした。
もはや悔いなし。沙汰を待つのみよ……。
しばらくするとメイドを引き連れて母がやってきた。
観念して座り込んでいる私を、母はひょいっと抱き上げる。
「クララちゃんどうしたの」
プイッ。
「どうしていっつもお部屋から出ようとするんでちゅか」
語る言葉など持たぬ! ……舌が未発達ゆえ。
「そろそろクララちゃんもお外に出てもいい時期かしら」
マジ⁉
「きゃあ――――――!!!」
私は手足をじたばたさせて喜びを表現する。
「よしよしよかったわね……それにしてもこの子本当に頭がいいわ。もう言葉も理解しているみたいだし」
O・SO・TO! O・SO・TO!
「ママ僕もいくよ!」
「フレディは学校があるでしょう」
そうだぞフレディ。わきまえろよフレディ。
しょんぼりとする兄を尻目に、私は明日の計画をシミュレートし始める。
ひとまずは庭が見たい。私の野望を叶えるために。
もしアレがあったなら、きっと世界すら思いのままだ。
「ぐふふ」
「ママ見て、クララが笑ってるよ」
「あらあら、きっとお外に行くのが楽しみなのよ」
というわけで、次回お外編。