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「でねぇな」


 カラフルな数字が上から下へと流れていくのを眺めながら俺は呟いた。


 親の顔よりよくみた光景。

 パチンコスロット玉々店は今日も平穏だった。


 赤いランプを指先で弾いてから、俺は胸ポケットのタバコに手を伸ばす。

 できの悪いこの台に根性焼きして(おきゅうをすえて)やろうと思ったのだ。

 百均で買った緑色のライターに火をつけようとしたところで「お客様」と後ろから声がする。


「すぃーません、四月から禁煙なんですよ」

「あーそう。どこで吸えばいいの?」

「ええと……」


 店員は汚い茶髪に指を突っ込んでボリボリと掻いた。

 この田舎町にある小さなパチンコ屋には喫煙ルームがない。

 じゃあどこで吸うのか。

 当然路上だ。

 店としては大っぴらに勧められんわな。


『みなさんあちらからでられてますよ』


 待っていたらこのフレーズが引き出せるかと思ったが、困った顔をするばかりだ。

 そのうちインカムに指示が入ったようなので「いっていいよ」と逃がしてやった。

 いつか俺が地獄に落ちたとき、お尻から糸を出して助けてくれ。



 パチ屋の前には横切るようにそこそこでかい道路が通っている。交通量もなかなかのものだ。

 通過するばかりでここで停まる車はあんまりないけどな。


「タバコタバコ」


 ニコチンに操られた脳が命令を出し、口が勝手に動く。

 そうだった。タバコ吸いに来たんだった。

 

 俺は慣れた手つきでケースから一本だけ取り出した。

 そして口にくわえると、ライターを近づける。

 弱弱しい火が風ににかき消されないように、手で口元を覆い隠した。

 俺が守ってやらないとホント駄目なんだから……!

 気分はDV彼氏に尽くす主体性のない彼女。

 依存かな?

 ――依存だわ。



 ……現実を直視したら急に冷静になった。

 これを機にタバコを辞めるべきだろうか。

 国に税金とか持っていかれるし。


 とっくにタバコを吸う気分ではなかったが、俺は惰性で火をつけた。

 ――シュボッ。


 記憶にあるのはここまで。




 クララ・ベル・ナイト・フォース。一才でーす☆

 タバコすいてぇ。


 という訳で、気が付いたら赤子になっていました。

 生まれてから一年間なにをしていたかと聞かれたら、『げんこつ山の狸さん』の歌詞と同じような生活だと言って伝わるだろうか。

 え、転生してなにか一言?

 チンコ返せとしか……。現場からは以上です。



 まず家族構成。

 おっぱいがでかい母におっぱいがない姉、おっぱいがない兄。

 二人ともまだちびっ子だからかな。

 あと胸筋がすごい父。これは忙しいのかあんまり見ない。

 おっぱいに基準が寄りすぎ?

 赤子なんてそんなもんよ。吸えるか吸えないかの世界。

 それに何人かメイドさんもいる。本当はたくさんいるんだろうけど私のお世話をしてくれるのはそのくらいだ。



 ああそうだ一人称が私になりました。

 マザーテレサいわく思考が人生に直結厨するとのことなので、一人称に気を付けて内外ともに最強の美少女を目指す方向で。

 正味私がかわいいかどうかなんて鏡を見たことないから分からないけど、部屋に訪れた人はみんな私をかわいいて言うから、世界で一番かわいいんだと思う。マジで。


「かわいーにゃあ」


 話をすれば。

 落下防止柵がついた赤ちゃん用ベッドであおむけになっている私を覗き込む影。

 フリフリのメイド服を着た中学生くらいの少女。

 私の世話をするメイドの一人だ。


 男から圧倒的な支持を得て、女からは「あいつマジでぶりっ子だよねー。あそこまで男に媚びれるのは一種の才能だわー」って言われそうな容姿。

 それに猫耳まで生えてるんだからやりすぎだと思う。

 よく通っていた、品質を捨てて価格の最安値に挑戦している某スーパーの揚げ物コーナー担当と同じくらいに丈の短いスカート。

 同じっていうのはあくまで切り詰める姿勢の話で、揚げ物担当のおっさんがミニスカ穿いて働いてたわけじゃないぞ。

 

 ~うちのメイドのスカートの丈が短すぎるんだが~


 一昔前のライトノベルみたいな響きだが仕方ない。

 父の方針で全館メイドは丈を詰め、膝上三十センチ。スカートが長いと風紀検査に引っかかる。執事はみんな全裸。

 というのは嘘で、私の部屋に出入りするメイドの大半はロングスカートだ。

 そんな中で、どうしてこの猫耳だけが性的搾取みたいな恰好で働いているのかといえば、過去に大変な粗相をしでかした罰ではなく、しっぽのせいだと思う。

 スカートの下からするりと伸びるしなやかなしっぽには感覚器官の役割があるようで、これを外に出しておいた方が落ち着くようだ。

 胸はそこそこ。吸えないこともないけど母親に比べると安心感がなーって感じ。

 性欲が消失した今となっては、胸は三大欲求の『食欲』にカテゴライズされています。


「う~」

 

 私は猫耳メイドのニヤけ面に手を伸ばした。

 ちょっと面貸しな(物理的に)

 スカッ。

 ……届かんか、仕方ない。

 手のひらをくるりと回して自分に向けると、指を曲げては戻しを繰り返し、『こい、こい』する。


「どうちましたぁ~」


 目じりを下げたメイドはそのまま顔を近づける。


 『こい、こい、』と『いけ、いけ』。

 これがこの世界にきてから私が編み出した意志表現。

 欲しいもの、興味を持ったものには『こい、こい』

 いらないもの、遠ざけたいものには『いけ、いけ』

 言葉は話せずとも、これで大体伝わる。



 メイドは柵から身を乗り出し、まんまと私の届く所まで顔をもってきた。

 その頬をえんりょなく両手でつかむ。

 つるつるのぷにぷにだ……私ほどじゃないが。

 猫の特徴をもつ彼女だが、体毛が濃かったり、髭が生えていたりはしない。


「クララさまー。そんなにミュシャのことが好きですかにゃー」

 

 すっかり油断しきったメイドのミュシャ。

 のどを撫でると気持ちよさそうにゴロゴロとする。

 

 でもな、今は掃除の時間なんだ。

 拭き掃除をさぼって私を眺めていたミュシャには、罰を与えなければならない。

 むふむふ言いながら私のおなかに顔を乗っけているさぼりメイド。

 リラックスしきってぺたんとなったその耳を――パクッ。


「みゃ――!?」


 突然の刺激に飛び上がるミュシャ。

 猫耳全体がそうなのかこのメイドの性癖なのかは分からないが、耳とかしっぽとか猫に起因する部分がとても敏感だ。

 私は懐かしさを感じる黒い毛も、触り心地の良い耳もしっぽも大好きだ。

 だが触ろうとするといっちょ前に警戒する。

 だから、今日は触りませんよーゴロゴロするだけですよーと油断させてから一気に楽しむ。


「ミュシャ、なにかあったのですか?」


 扉の向こうから不審そうな声がした。

 そりゃそうだ。掃除をしている途中に出る声じゃない。


「な、なんでもっ、ありませんー!」


 慌てて取り繕うミュシャ。

 余談だがミュシャは人前では「にゃあ」とか言わない。あれは日本でいう方言みたいなもので、どうやら恥ずかしいらしい。



「本当に大丈夫なのでしょうね。クララ様になにかあったら――開けますね」


 掃除をさぼって赤ちゃん用ベッドに体を乗りこませ、お嬢様に耳を食べられているミュシャ。これは見られたら大目玉だ。


「お待ち、を! ……あっ、少々、お待ちを!」


 ハムハム……ハム。

 最近歯がムズムズするからこの猫耳はちょうどいい。

 私が歯の生えていない口でハムハムするたび、ミュシャの腰がビクンと跳ねる。


「クララさまぁ、どうかお許しを……」


 主人である私を振り払うこともできず、震えながら嘆願してきた。

 きっと涙目なんだろうなぁ。

 正直グッとくる。

 性欲はなくても萌えはちゃんと感じられるのだ。



 満足した私は口の中からミュシャの左耳を開放してあげた。

 ミュシャは弾かれたように扉に向かうと、先輩メイドに頭を下げる。


「すみませんっ! 両手がふさがっていて扉を開けるのに手間取ってしまいました!」


 こうやって平気で嘘をつくところ、私は好きです。


「仮にもクララ様のお世話をさせていただいているのですから、もっとメイドとしての――」


 お説教に「はい!」と元気よく答える姿は向上心溢れる有望なメイドにみえる。

 いわく、私のお世話をするメイドたちは選りすぐりのエリートらしい。

 ミュシャが自称しているだけなので本当かどうかはわからないが。


「――くれぐれもその立場に驕ることなく、日々フォース家のためになるよう鍛錬を積みなさい」

「はい! ご指導頂きありがとうございます!」


 ぴしゃっと直角に頭を下げるミュシャ。


「ところで貴女――左耳が濡れていますが、どうしたのですか?」


 お嬢様にハムハムなめなめされてました!

 そう正直に答えるわけにはいかない。

 ミュシャはなんて答えるのか。私は扉の隙間から注意深く見守る。


「これは――バケツ、そう、バケツに耳だけ浸しまして……」


 言ってるうちに自分でも苦しいと思ってしまったのか、尻すぼみになっていく。

 先輩メイドの顔は見えないが、この様子だと説教追加だろうなぁ。

 こんな感じでぼろを出してしまうとこ、私は大好きです。


 だけど、これに懲りたらさぼるのもほどほどにしてほしい。


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