第八十八話 君に巡る栗棲鱒:武田甲斐に帰る
第八十八話 君に巡る栗棲鱒:武田甲斐に帰る
今川の当代は京育ちの範忠。この後、関東征伐で活躍する予定の男。 応永十五年生まれ二十八歳である。
「久しいの民部大輔」
「この度の駿河下向、誠に光栄に存じまする」
今川は了俊の時代から文武両道の家柄だからな。坊主であったなら、側近に加えたいくらいだ。
今回、一旦、主力は残すが京に俺は戻る事になる。その際、範忠の次男を僧籍に入れる為連れて行くことにしている。最初は、我が子らの遊び相手となり、やがて十歳になる頃には五山のいずれか……建仁寺あたりに行かせるつもりだ。
「見事な街になりつつあるな」
「……畏れ多いことにございます。こののち、外側に新街区を設ける事も考えておりまする。そこは、ある程度新興の商人たちに開放し、馬の市や月の市なども開かせる予定でございます」
門前町に市が立つという場合、フリマみたいな感じになるんだよな。まあ、少々の金を払い、場所を借り受け自分たちのもちこんだものを金に換える。店で買い取りするよりは直接売る分、高く売れ、安く買える。間に商人が入る方が目利きの分手数料もかかるので、直売の良さも悪さもあるが、
市場を広げるには重要なことだろう。
「関東を治めたのち、上杉憲実がこの地に住みたいと申しておってな」
「聴き及んでおりまする」
「苦労人であるから、その方の善き助言者となるであろう。如何か」
範忠は早速、隠居所に相応しい駿府からほど近い場所を当たるという。半日も離れれば、それなりに閑静な場所もあるであろう。
「できれば、京の者たちが下向した時に尋ねられる富士見のできる館がよいな」
「左様でござりまするな。必ずその通りにいたしまする」
富士を見に、西から客が訪れる。それが、宿老や公家かも知れんが、何よりの馳走になるだろう。
――― 富士山見せるのに金はかからないからな!
「上杉憲実様、到着にございます」
さて、ここで三者面談を始めるとするか。
俺はまず、この持氏討伐が終わり関東が落ち着いたなら、この駿府に屋敷を用意し隠居を許可する旨を憲実に伝えることにした。
「隠居とはいえ、今川の相談を受けたり、関東の諸将への手紙を書いたり、京から来る者たちの面談など、それなりに仕事はあると思うが、あの馬鹿の相手をせずに済む分、いくらかましであろう」
「はは、お心遣い恐悦至極に存じまする」
「憲実殿、大樹から富士の見える館を用意するよう承っておりまする。楽しみにして戴きたい」
「……まことに……まことに……」
上杉憲実、涙もろい男である。多分、今までの人生が馬鹿に振り回されて子供の頃からえらい目に会ってきてブロークンハートなんだろう。これから良いことあるさ☆ 明日があるさ!!
俺の側近たちと今川範忠、上杉憲実、武田信重に嫡子信守、次男信介。河内郡を支配する武田庶流の穴山氏の後継がいない為、次男信介が継承することになる。駿河今川と甲斐を繋ぐ重要な場所が富士川沿いの河内郡である。
「さて、甲斐守の添状、憲実に頼みたい」
「……然り、承りまする」
元とはいえ関東管領で山内上杉の当主であるから、実質的には関東管領のままなんだよな。だって家業なんだもん。つまり、鎌倉公方の元からは離れるのは奴が『朝敵』であるからであり、京の将軍も、その背後の帝も上杉憲実を頼りにしているという事を……添状を書かせることで国人共に知らしめ、持氏に「おめぇの席ねぇから!」をアピールする事にある。
「大樹、実は……」
憲実曰く、この六月、持氏が嫡子天皇丸が元服をするという。今年で十二歳だが、少々親が健在な者としては早い。
「鶴岡八幡宮にて、関東の諸将を招聘し、八幡太郎義家様に因んだ元服の式を執り行うとのことにございます」
「……なるほど、子供の名前と言い、元服の式と言い、形だけは一人前ということか、あの愚か者は」
「……」
どの程度朝敵の息子の元服式に人が集まるのか楽しみではある。出れば朝敵認定するぞと俺と憲実で手紙を書くか。あと、国人共には憲実と範忠、信重が書状を書いてやってくれ。
まあ、身内以外出席してくれれば、朝敵認定して持氏と一緒に京の河原に梟首してやることにしようか。
お話の続きが気になる方はブックマークをお願いします。
「更新がんばれ!」「続きも読む!」と思ってくださったら、下記にある広告下の【☆☆☆☆☆】で評価していただけますと、執筆の励みになります。




