第七十六話 僧論俱毎螺武:瑞鳳から『義郷』へ
第七十六話 僧論俱毎螺武:瑞鳳から『義郷』へ
『唐船奉行』は特任大臣のような形になりそうだな。遣明船を発する毎に任命し、その船団の組織から使節の選定、各守護大名との調整等を一手に引き受ける事になる。
奉行衆は幕府創設期に定められた約六十人ほどの世襲の集団で、仕事が増えても役職が増えないので、そのうち別の組織を立ち上げないと問題が起こる事になりそうだ。
奉行衆には恩賞方衆と御前未参沙汰衆と別れ、前者の中の更に数人が「訴訟手続」「奉行人奉書」を発給する。また、宿老たちとの連絡も彼らを通して基本的には行われるのでお忙しい。その数約二十人が相当する。
もう少し、将軍の側近で廻さないと難しくなりつつある。特に、特任奉行の数が増えていくことになるので、奉行衆に限らず適任者を当て別組織にする必要がありそうではある。
因みに、今後の唐船奉行は、どこかで聞いた飯尾氏に頼むことになると思われる。まあほら、罰を与えたら次はチャンスも与えないとね。
飯尾為種は南都奉行・八幡奉行・東寺奉行などの別奉行を兼務し、『評定衆』でもある。鎌倉幕府では三権の最高意思決定機関として考えられていたが、室町幕府では所謂名誉職に過ぎないのだが、まあ、文官の最高位クラスと言ってもいいだろう。
だから、それ相応の権力と欲が付いて回るわけだ。いかんよ、政は私欲で行っちゃだめだよ。まあ、寺社関係が強いから、唐船奉行も任されちゃうんだよね。正使が五山の僧だし、出資者も五山が含まれるからね。
確かに、叡山や五山はエリートの集団、優秀なものが多いんだけど、俺が欲しいのはずる賢い奴なんだよ。出来れば、タフな奴が良い。
「どこかに、善きものはおらぬかの」
「五山の僧の中には如何でしょか」
最近すっかりくたびれ果てた満済さんが声を上げるのだが、まあほら、勉強エリートって折衝とか苦手そうじゃない? 守護の庶流辺りで良い人材が欲しい。応仁の乱で家督争いしそうなやつを集めるのも手だな。それが無難かもしれない。野心があって能力のある奴が良いな。
斯波義郷を還俗させていないから、あれがいるはずなんだよな……
「そういえば、武衛殿の兄が相国寺の鄂隠和尚の弟子をされていると聞き及んでおりまする」
はい出た『瑞鳳』君です。艦これじゃないぞ!
「一度会ってみたいものであるな」
相国寺は花の御所に隣接する五山第二位の寺だ。つまり、こいつは禅僧としても外交僧としても使えるってことだよね。ご近所さんでもある。
予定を合わせると、瑞鳳は俺の所にやって来た。大和親征に叡山での騒乱山徒の討伐と悪名が多少高まっている「悪御所」なので、どのような反応をされるのか少々不安でもある。
瑞鳳は、細面だが意思の強さを秘めた面貌をしていた。斯波義将の孫の一人だけのことは有ると感じた。
「大樹公、初めてお目にかかります……」
「いや、堅苦しい挨拶は抜きにしよう。率直に言うが、俺の政の手助けをするつもりはないか」
「……はて、どのようなことにござりましょうか。愚禿は一禅僧に過ぎませぬ」
面倒ごとは御免という感じではないな。俺の心底を見定めるつもりか。ならば話は簡単だ。
「幕府の宿老も世代交代でな、そなたの兄は若くして残念なことになったが、畠山も山名も赤松も年老いた。そして、満済殿もな。これから、明との関係を考えまた、諸国の守護大名の統制を高めるためには、側近として優秀な者が大樹の枝葉となり、言葉を繋いでくれる必要がある。
禅師は斯波の一門、言い換えれば将軍の縁者でもある。また、武衛家の血を引く現当主の兄でもある。斯波の当主より、禅僧であるそなたの方が、政に関わるにふさわしい立ち位置だとおもうのだが、如何に」
頭のいい男に、建前は不要だ。どの道聞いちゃいない。俺が思うに、斯波の当主として守護代の顔色を見ながら仕事をするより、俺のブレーンとして直接幕政に参画する方がこの男の性格に合っているだろうと思うのだ。
地位ではなく才を発揮する場を得たいと考えていると判断したのだ。
「即答は致しかねます……と言いたいところですが、私の後始末の時間を頂けるのであれば、喜んでお仕え致しましょう。ですが……」
瑞鳳曰く「愚禿より世に詳しく血筋も高貴な方はおわすではございませんか」と聞かれたのでこう答えた。
「曲がった世を正すには、自らが真直ぐにならねばならぬであろう。あの、女犯毛坊主である野狐禅師では、嫌味や挑発は出来ても人を心服させる事は出来ぬ。また、あのような者を重用する等という事は、幕府の真摯な姿勢を見誤らせることにもつながるであろうな」
と一休宗純なんかと関われば馬鹿がうつるという事を遠回しに伝えたところ、酷く納得してもらえたわけです。やっぱ、禅僧としてもありゃロック過ぎるんだろ
うな。
瑞鳳改め『義郷』は、こうして俺の腹心の一人となったわけだ。坊主なら落馬しないだろうさ。




