第七十五話 夏の終り:対馬と九州対策
第七十五話 夏の終り:対馬と九州対策
いやー 明の使いとの対面はなかなか面倒だったな。ほら、普通はこっちが格下で皇帝様のお使いを受け入れるだけの簡単な仕事だけれど、日ノ本には『帝』がおわすわけで、本質的に明の使い程度なら『大樹』である征夷大将軍より格下なわけだな。
土民上がりの明の皇帝などとは格が違うんだよ本来な。易姓革命なんて、下克上が当然の蛮族の発想だから。
ということで「表向き十年に一度しか来ないけど、こっそりうまくやろうなベイベー」という打ち合わせも終わり、この先、どのように明とつき合っていくかを方針として提示しなければならない。
先ずは少弐と対馬だろうか。
未だこの時代の記憶に新しい、『元寇』だが、応永二十六年に朝鮮が対馬に侵攻した『応永の外寇』の件を片付けなければならない。
倭寇に対する予防策として、その根拠地と考えられる対馬を討伐しようと朝鮮が一万七千の兵で攻め寄せてきた。幸い、内陸部におびき寄せ奇襲で少数が多数を倒し追い払うことが出来たのだが、朝鮮の言い分は「自国内の辺境に巣食う盗賊討伐」ということだろう。
――― ま、六百の盗賊に一万七千が負けたんだけどな。
民を百人ばかり殺し、更に家々を千数百も焼いたらしい。弱いものには強いというお国柄を察する攻撃だな。
ここで対馬の宗氏も問題なんだが、その背後にいる少弐にも問題があると言えるだろう。元寇以前から太宰少弐である少弐氏は、元寇の功績では筑前・豊前・肥前・壱岐・対馬等の守護を賜っている。このことが自分たちの存在を規定しているのだろう。兎に角、幕府とは敵対的な関係が続いている。
まあ、今川了俊が北朝方についた少弐冬資を謀殺したり、その後、南朝方の少弐氏が全力で反撃したり、その前には足利尊氏と直義の内輪もめの最中、九州に下向した直義養子である足利直冬に娘を娶わせたりと、常に反幕府なのだ。
南朝方という事でもない、この間に南朝の征西将軍懐良親王と菊池氏の軍に大宰府を陥されているからだ。
土着の勢力の旗頭と言うところなのだろうな。
そんな少弐の当主少弐満貞は昨年、大内持世と戦い秋月城で戦死、息子の資嗣もその後肥前で戦死。弟の二人は対馬の宗氏を頼って落ち延びた。後日、宗氏経由で和睦を願い出てくるのが下の弟である『少弐教頼』だ、因みに、鍋島直茂はこの男の玄孫であり、応仁の乱の最中に大内氏の出兵の隙に挙兵して旧領を回復するために戦っている……この祖先にしてあの子孫ありだな。俺の治世に葉隠はいらないので、サクッと処分だな。
倭寇の件は勘合貿易再開ということで、大内や大友らに討伐を依頼すればそれなりに……というか倭寇って貿易していないときの仕事なんだろ?商品を扱っている時は商人、無いときは海賊ってそういうもんだろ?
切取り強盗が武士の習いなら、それを海の上で行うのが『倭寇』ってだけの話だ。首領格は日本人が多いらしいが、実勢は明人や朝鮮人が多数を占めているというのが認識だろう。
日本を一つに纏める過程で、北九州の豪族共は相当数刈り取る必要があるだろう。秀吉の九州征伐も、肥後で一揆は発生したり、黒田如水が下した豊前の豪族も騙し討ち同然に族滅されたりしている。秀吉の性格が露骨に出たものか、周辺地域を従える為の必要策であったのかは何とも言えないが、古い一族を滅ぼすくらいは考えねばならないかもしれないな。
博多だけ抑えて後は放置でも構わないんだけどな。
今のところ、博多の大商人たちが勘合貿易の仲介、琉球経由での対外貿易や、朝鮮相手の交易を担っている。正長の初めから港のある『息浜』を大友が、内陸の『博多浜』を少弐が治めている。大内としても、ここを自分の支配下にしないと、山口だけでは「出張所」扱いなんだろうな。
大商人の宗金が外交官宜しく幕府や有力守護の代理人を務めているのだという。商売は、信用と人間関係が大切だから、仲介役はとても大事なんだろうさ。
「『大樹』なにをおかんがえでございまするか」
「ん、子供の中で学問好きがおれば、五山の禅僧に育てたいと思ってな」
「……叡山ではございませぬか」
まあ、ほら、五山の禅僧というのは遣明使の正使・副使になる存在なんだよ。漢字・漢籍を通じた共通の国際言語を学んでいるし、鎌倉時代から南宋や元・明の僧侶を招いている五山は、最も国際的な存在なのだ。
この時代の外交は各国の『禅僧』によって担われており、また日本においても胡散臭いが『中立』と『無縁』を標榜する僧侶は敵対する勢力同士の話し合いの仲介をする役割を担っていたりする。
太原雪斎や安国寺恵瓊あたりは、有力国人や守護の血を引く存在だしな。一休宗純なんて……だしな。あいつは使いに出せないけどな。
「まあ、明に行ってみたいってだけでもやる気になると思うがな」
「二年がかりの旅、生きて帰れぬかもしれませぬが」
三男以下で公家の血を引く者が良いだろう。日野さんの息子はちょっと無理だな。側室選びも更に考えねばならないだろうな。また家族が増えるってことかも知れない。
まだまだ四十歳、あと二十年は頑張らねば!




