第七十一話 とくべつなこと:叡山と首桶
第七十一話 とくべつなこと:叡山と首桶
時は過ぎ、刈り入れ時も終わり、冬の足音が聞こえてくる十一月。今、幕府の軍勢が比叡山を取り囲んでいます。寒いから、そろそろ帰ろう。正月の準備もあるしな。
事の起こりは、今年の七月、大和遠征の後始末の目途がようやく立った頃の事。延暦寺山徒は幕府の山門奉行飯尾為種や、光聚院猷秀らに不正があるとして弾劾訴訟を行った。
確かに……その事実は認めたうえでだな、一応尊重して訴えた内容の飯尾と猷秀には所払い的な処罰をしたんだよ。で、これで勘違いしたのは原告山徒どもでさ、「もっと厳しい罰下せ!」と俺の御聖断に文句を言い始めたんだよ。え、まあほら、俺左大臣だから。
俺も子供じゃないから、文句言うくらいは大目に見てやっていたんだが、八月には訴訟に同調しなかった園城寺を焼き討ちする事件を起こしやがった。こうなると、完全に犯罪だよな。意見が違う、同調しないと焼かれるんだとさ。
――― なら、俺の判断尊重しない叡山、俺が焼いても文句ないよね?
訴えた内容は、光聚院猷秀らが幕府の権威を脅しに使い、簡単に言えば借金取りに利用して法外な取り立てをした……というようなところだな。
俺は「目糞鼻くそ」と思ったのだが、内容が事実であり山徒の者たちが被害を受け幕府の権威を貶めた事自体は認めたよ。処罰もした。初犯だし、まあ、最初から重罪を貸すのは『遡及法』みたいでいやじゃない?
つまり、今後は幕府の権威を私的に利用するのは許さんと公にしたわけだ。だから、次に同じようなことが為されれば、闕所とか公職追放的なことも行っていくつもりだったんだよ。
ところが……気に入らないと暴れるってんだから、それを受け入れるつもりは無いと公にしたわけだ。
「で、叡山からは何と言ってきているのだ」
「……降伏するので許してほしいとの事でございます」
「こちらの条件は受け入れたのであろうな」
なに、気まずそうな顔してんだよ。さっさと結論を言え。と思っていると、燃やした園城寺を回復することは認めるが、騒動の責任者の処罰に関しては叡山に委ねて欲しいというのだ。
馬鹿か! 中立だ無縁だと都合のいい時だけ言いやがって、俺が治める天下において、意見が異なるからと言って近所の人間の家に火をつける人間を許す分けねぇだろ。
「……都合のいいときだけ、坊主の振りをするなと言え。こちらで処刑するか、そちらで処刑して首を差し出すか、どちらか選べと伝えるがよい。なんなら、このまま山ごと燃やし尽くして、園城寺とお揃いにしてやっても良いとも付け加えよ。返事は今日のうちにな。明日は、攻め登ると伝えよ」
「……っ、は、はあぁ!!」
俺が『餅公方』として頑張る師走を迎えて、火付け野郎の後始末にいつまでもかかずらわっている時間はないんだよ。そもそも、匿っているお前らも同罪であると何でわからないのかね。
はっきり言って、言いがかり付けて山門寺門の争いを始めただけじゃねぇか。お前ら元々仇敵だろ。なんで同調するとか言えるわけ、フザケンナ!
さて、俺は優しいので翌日、坂本の街を焼き払ってやった。冬は寒いからね。焚火でもしてみんなで暖まろうという事で盛り上がったよ。お使いは戻って来なかったので残念だが、先ずは坂本君から燃えてもらった。馬借ムカつくからってのもある。
抵抗する奴は皆殺しだ! とは言わなかったが、何人かは死人が出たらしい。うんうん、犯罪者をかばい立てするからいけないね。
翌日、首桶を掲げたお使いがやってきて、今回の訴えを起こした者で暴動を扇動したものの首を持ってきたという。なるほどちょっと遅かったね。それに、こんなもんで許すはずないだろ。
「数が足らんな」
「……はあ?」
「この者一人が火をつけて回ったのか。我らが坂本の街を焼くのに数百の兵が必要であったが、どのような法力であれ程の寺院を一人で焼き滅ぼすことが出来たのであろうか」
「……」
「関わったもの全ての首をさしだすか、全山の首をこちらで刈り取るか、明日の朝までに答えを貰おう。年の瀬も迫っておるのでな。そろそろ皆、京に帰りたいのよ。
暴徒の首を刎ねて極楽で新年を迎えさせてやれば功徳になるのではないのか?」
使いの坊主はプルプルしていたが、寒いからだよね。ほんと、義尚が風邪ひいて死ぬのもよくわかるわ。
翌日、五十ほどの首桶を持参した使者の列がやって来たので、俺は「これで終わりだ」と告げ陣を払った。ハムラビ法典の「目には目を」という有名な文言は、罪と罰の釣り合いを示したのであり、過剰な報復を防ぐ為だと言われている。
自分たちの特権意識が肥大している奴らが多すぎるのが『中世』なんだろうと思わないでもない。どこかの中くらいの大国とかだな。
これにて第六幕終了です。次幕は『宣徳要約』となります。気になる方はブックマークをお願いします。
「更新がんばれ!」「続きも読む!」と思ってくださったら、下記にある広告下の【☆☆☆☆☆⇒★★★★★】で評価していただけますと、執筆の励みになります。
よろしくお願いいたします!




