第六十三話 冬の二人:斎藤妙椿転じて『教利』
第六十三話 冬の二人:斎藤妙椿転じて『教利』
そういえば、あれだな、三管領四職の奴らにも同じような認識があるな。『将軍』を誰にするか、自分たちで選べるという勘違いだ。直系の成人もしくは元服間近の嫡子がいればいいが、そうとは限らない。死んだりするしな。
そうすると、宿老が合議で決めたりする。帝が日ノ本を治めるべく任ずる征夷大将軍を、宿老ごときが決めるというのはどうなのか。そりゃ、自分たちの都合のいい奴を選ぶだろうし、選ばれたい奴は良い条件を提示するだろう。
信長も嫡子は決めていたが、その後を決めてなかったから秀吉と家康にいいようにやられたわけだろ。馬鹿でも信雄と決めておけばよかったんだよ。
アメリカの大統領は副大統領の次が下院議長とか国務長官とか結構先まで決まっているのは、建国以来ずっと戦争している国だけの事はある。どこかのナチスが終戦時に序列上位がみんな死んでしまって、敗戦の申し入れも出来なかったという問題もある。
なんで将軍家は決めておかないんだろうな。遺言じゃないが、定期的に更新して奏上しておけばいい。病気や寿命で死ぬから、入れ替わっていくだろうけどな。
つまり、宿老なんかにゃ決めさせないという事だ。あくまでも、決定するのは現職の征夷大将軍であるべきだろう。まあ、意見は聞くが合議では決めない。干渉できることが当たり前という感覚を排除すべきだろうな。
鉄砲伝来以前の兵科革命と言えば足軽の登場があげられるかもしれない。『悪党』と称される商業系武士とその影響下にある雑兵。水上戦、山岳戦、機動戦を前提にした身軽な装備に簡易な武具。今日から誰でもなれる気軽な武士だろうか。
専業兵士と言えば聞こえがいいが、ようは住所不定無職の農村から弾き出された余剰人口だ。ドイツ傭兵も同じ出自だな。人口増加と職の供給が釣り合っていないから起こる現象の一つだ。
「まずは、百人で一隊教導隊を作る」
「……はあ……」
番衆に新たに設けられた七番組。その番頭は新参の元坊主である。名前は……斎藤妙椿。
番衆の人数も他の数百人規模からすれば、その数分の一でしかない。故に、番衆の頭と言えども近習達と比較してもやや低い地位にある。応永十八年生まれ、二十歳を少し過ぎたばかりであり、残念ながら葱坊主である。
美濃守護代・斎藤宗円の子、本来の歴史においては応仁の乱以降、美濃守護被官であと同時に将軍直臣という室町幕府奉公衆となり、官位も従三位権大僧都に昇る。
だが、これを美濃で坊主をやっている時点で探し出し、還俗させた。今の名は、斎藤『教』利だ。この人は、ちょっとバサラ入っているので、『バサラッシュ』と心の中で呼んでいる。見た目は怜悧で優し気な雰囲気だが、タガが外れていると思う。いい意味で。つまり、野心家であり、俺の期待に応えてくれる……が、将軍を殺す事はないだろう。俺は天下人へ無理になるに必要はない。既にそうなりつつあるが、室町将軍が天下人になるのは何も俺が初めてじゃない。
「今の武者働き一辺倒では、多くの兵士を抱える事になった場合、容易に統制が取れなくなる。違うか」
「一人の武者を討取れば、変わりは簡単には育ちませんからな」
「そうだ、将棋と同じこと。強い駒を弱い駒で取り除くことが出来れば、戦は回を重ねるごとにこちらが有利になる」
「……なるほどでございまするな。こちらはいくらでも替えの利く雑兵を集め、その者たちは勝てずとも良いと」
「負けても構わぬし、戦わずとも良い。ただそこに存在することが大切なのだ」
負けたって、相手が消耗してくれればいい。怪我でもしてくれれば大いに有難いし、戦死してくれれば万々歳だ。「勝たねばならない」相手と、「負けても構わないが、出来るだけ相手を傷つけ草臥れさせる」と割り切れる軍隊が対峙したらどうなるだろうな。
戦場での勝敗と言うのは、先に陣を退いた方が「負け」なのだ。最後まで戦場に大将が居残っている方が『勝ち』なのだ。
歩をどれだけ使い潰そうとも、大駒や将を取られなければどうとでもなる。そもそも、この時代の将棋はチェス同様、一度除去された駒を再び持ち駒として再配置することはできない、本質的にウォーゲームなのだ。
「その人員は如何になさいますか」
「今、桔梗屋という口入屋経由で、力のある流民を集めさせておる。なに、既に力仕事の経験のある真面目に努めておる者の中から選んでおるので、その辺り、馬借や神人どもより余程信用ができる」
「……なるほど」
その者たちで先ずは『槍足軽』の部隊を編成する。足軽といっても、応仁の乱から戦国初期のそれじゃないぞ。スイス傭兵団のような結束力と、軽装でも団結力で騎士をも叩き伏せる集団を作るんだよ。
「教導の任が十分できるものは、中間・足軽に取り立て、一隊を任せると伝えるように」
「流民が、武士にですか」
「なに、坊主が将軍になるのだ、流民が足軽くらいなんともなかろう」
元坊主同士可可と笑う。
「二人で世を変えるのも面白かろう」
ちょっとやり過ぎちゃうかもだけど、元坊主だからしょうがないよね。




